新たな冒険者
ダンジョン3層に行った件はハルトにとって転機になったようだ。この時の報酬で装備を整え、外見も街を歩いている冒険者たちには少しは近づいた。自信もついたらしく、その後のクエストも成功の方が多いようにみえる。
彼がこのように成長できたのも私が3層まで同行したおかげだ。つまり、私が彼を成長させたということになる。ちょっと誇らしい気分だ。もう彼は私が面倒を見てやる必要はないだろう。
さて、いつものように朝食をとり中庭で人間の姿で運動した後、猫の姿に戻って窓辺に座っていると、新たな冒険者が宿を求めてやってきた。
ハルトと同じくらいの若い男だが、身なりは立派に見える。私も人間の服装から、その人間が裕福なのか貧乏なのかの区別はつくようになったのだ。この若者のような姿の男は街ではよく見かけるが、ここ白兎亭の住民にはいない。ここは安さを売りにするところだから、こういった格好ができる人間はここには住まないのだ。宿を求めてやってきたのかと思ったが、もしかしたら宿泊が目的ではないのかもしれない。
宿の受付の前に立った若者が呼び鈴をたたく。
しばらく待つが誰も返事しないためかもう一度たたく。今度は3回連続してたたく。不機嫌そうな表情で背負っている荷物を足元におろす。
「はーい、今行きまーす」
食堂の方からアリナさんの声が聞こえる。
「お待たせしました」
アリナさんが受付に入り若者の方を見る。
「どのようなご用件でしょうか?」
やはりこの若者の姿格好から、宿泊が目的とは考えなかったようだ。
「ここにしばらく滞在したいと考えている」
ちょっと驚いたような感じのアリナさん。
「個室でよろしいですか?」
やはりアリナさんもこの男の服装から、お金を持っていると判断したようだ。
「諸事情により最も安価な部屋にしたいのだが」
「最も安価ですと、大部屋になりますが」
「大部屋とは広い部屋のことか」
一瞬若者の顔を見つめるアリナさん。
「部屋としては大きくて広いんですが、一部屋に22名分のベッドのある部屋が大部屋です」
「なんと。そのような部屋があるのか」
驚いているようだ。大部屋というのは珍しいのだろうか。
「はい。1日4シルバで長期滞在の場合は10日分を事前にお支払いいただきます」
「1日4シルバとは。確かに宿代としては破格だな」
「今は、そうですね、5つのベッドが空いています」
アリナさんが手元の宿帳を見ながらいう。
「なるほど。では、その大部屋とやらを借してもらおうか」
「おひとり様でよろしいですか? あと、どのくらいの期間ご滞在の予定ですか?」
「私一人だ。期間はそうだな、5日もあれば十分だろうが、念のため10日にしておこう」
「そうですか。では40シルバになります。この料金には朝食代が含まれています。あと、これとは別に浴場のご利用は1回1シルバ、洗濯場のご利用も1回1シルバです」
手短に料金について説明するアリナさん。
「おかみ、ひとつ相談があるのだが」
「はい」
「ここに来る道中、強盗にあってしまってな。実際は強盗というか途中から同行することになった男なんだが、そいつに有り金をすべて盗まれてしまったのだ」
目を上げるアリナさん。
「お金をお持ちではないということですか?」
「この街のギルドに冒険者登録はしたから、40シルバ程度はすぐにでも用意できる」
なんか自信満々な感じだな。
「つまり、今はお金がないということですか?」
笑顔で同じ質問を繰り返すアリナさん。
「そういうことになるな」
さわやかで自信に満ちた口調の返事だが、自分がどういう状況かわかっているのだろうか。白兎亭は安いが金にはうるさいのだ。
「そういうことでしたら、方法は三つです」
三本の指を立てるアリナさん。
「一つは、持ち物のどれかを売ってお金をご用意いただく、二つ目は食用の動物を狩って持ってきていただく、三つ目はここで宿代分を働いていただく、のどれかです。ちょうど、浴室や厨房用のお湯を沸かす釜焚き要員が足りないところです。それに加えて夜の厨房のお仕事、お皿洗い等をしていただければ、今夜には8シルバのお給金をお支払いします」
立てた指を一本ずつ折り曲げながら説明する。後者の二つはここ白兎亭の特徴だな。お金を払う代わりにここで働く。
「四つ目はないのかな? 私がギルドの報酬を得るまでの間、宿代を貸しにするというのは」
男が質問する。貸しというのはこの前ベルナがいっていたやつか。
「ありません」
即答するアリナさん。
「なるほど。そうだな、持ち物はどれも必要なものだから売ることはできない。狩りは一人ですぐに成果を出すには弓矢が必要だが、あいにく持っていない。釜焚きとか皿洗い等というのはやったことがないのでよくわからない」
弓矢か。中庭で練習している奴がいるが、あれは実に興味深いものだ。私も弓矢を使ってみたいものだ。
「そうなりますと、三番目のお仕事しかないですね。どれも簡単ですからすぐに覚えられますよ」
笑顔のアリナさん。
「今夜には8シルバをもらえるとのことだが、10日分には足りないのではないかな?」
相変わらずさわやかな笑顔だな。
「そうですね。明日も働いていただくか、先ほど説明した残り二つの方法でなんとかしていただく必要がありますね」
こういう会話でも笑顔というのは続けられるものなのだな。
「今夜8シルバをもらって、そのうち4シルバは今夜の宿泊代になるのか?」
「そうですね。明日の朝食は出ますが、お昼と夜は残りの4シルバでとっていただくことになります」
「4シルバで二食も食べられるのか」
「量はさておき、それぞれ2シルバで食べられるものはございますよ」
「それで翌日も働いて8シルバではきりがないな」
男が腕を組む。
「翌日は朝から夜まで働いていただければ、16シルバはお支払いできます」
「1日働いていたのでは、ギルド本部で仕事の依頼を受けられないな」
話が終わらないな。それじゃあどうするんだよ。
「おう、新入りかい?」
ほうきをもったギースが通りかかる。今日も掃除をしているようだ。
男が振り返る。
「ここの従業員か?」
「ん? まあ従業員といえば従業員だが、ここの宿泊者でもあるな」
ギースがこたえる。
「なるほど。三つ目の提案を実践しているということだな」
「三つ目?」
ギースが男の方を見る。まあ、この場の話を聞いてなかったのだからわからないのも無理はない。
「君は大部屋に住んでいて、その宿泊代のために働いているのだろ?」
「まあそうだが。アリナさん、なんだいこいつは?」
ギースが受付のアリナさんの方を見る。
「この方は大部屋を借りようとしているんですが、お気の毒なことにお金を盗まれてしまったそうなんですよ」
若者が肩をすくめている。
「なるほど、状況は分かった。要はギルドで仕事を引き受ければ宿泊費は払えるが、ここで働いていたんじゃあギルドの仕事ができないってことであれこれいってるってことだろ」
「まあ、端的にいえばそういうことだね」
再度肩をすくめる若者。
「どこのお坊ちゃんか知らねえが、近道はねえからここで働いて何日か分の宿泊費を稼いでからギルドの仕事をやることだ」
そういうとギースは掃除を再開する。
「どうされますか?」
アリナさんが若者に改めてたずねる。
「まあ、この男の言う通りだね。では鎌焚きとやらの場所に案内したまえ」
「その前に宿帳への記入が必要ですね。お名前は?」
アリナさんがペンを持って宿帳に向かう。
「私はカイ・メットブラム。ヴァンストレーム領、領主カリン・メットブラムの三男だ」
もったいぶった名乗り方だが何か意味があるのだろうか。アリナさんは特に何も反応していないところを見ると、単に言い方が違うというだけのようだ。
「カイ・メットブラム様ですね。では、こちらです。中庭に来てください」
アリナさんはそういうと歩き始めるが、すぐに立ち止まる。
「その荷物も持ってきてください」
アリナさんが床に置かれている若者の荷物を指さす。
「ん? 荷物を運んでくれるんじゃないのか?」
そういうと周りを見回す。
「まだあなたは宿泊者ではありませんし、それにここには荷物を運ぶ係はいないのです」
「なんと。そのような宿屋もあるのだな」
驚く若者。荷物を運ぶ役割の人間がいる宿屋もあるということか。
「では、この荷物はどこに置けばよいのかな」
「荷物をお預かりするということでしたら1シルバいただきますが、お金をお持ちではないとのことでしたので、そのまま背負っていただくか、仕事場の近くに置いていただくことになります」
この若者の常識はここではことごとく通用していないようだが、その常識が通用する場所もあるということなんだろうな。それはこの若者の身なりとも関係あるのかもしれない。興味深い。
それはさておき、なんか困っているようなのでちょっと様子を見てやるか。




