帰還
結局、5人と私で依頼を完了させ、報酬を得ることができた。ギースが持って帰った毒ムカデの毒針も売ってお金を分配した。
ハルトらは装備の修理やらでお金がかかるそうだが、毒針を売ったお金や、2層と下層がつながっているという報告をしたことに対するギルド本部からの報酬もあり、当初の想定よりもかなり多い報酬を得られたらしく、みんな上機嫌だ。
私も報酬を受け取るべきという意見も出た。お金と交換したいようなものはないと主張したのだが、人間の形態になれば使い道もあるからと一部を無理やり受け取らされた。実際、あの毒ムカデを倒したのは私だし、もらってやってもいいかと考えを変えた。
お金を直接受け取ったわけではなく、私もギルドに冒険者登録させられたのだ。登録するとギルドに口座というものが作られるのだが、その口座とやらにお金が預けられたのだということだ。
人間を見ていると服装や髪型、持ち物が人それぞれで、それらはみんなお金と交換して得るものだという。それはそれで興味深いので、そのうちお金で何かを手に入れてみるか。
日も暮れた夕食時、白兎亭に住んでいる住民も中庭や食堂に集まりだしている。メルノラはギルドで会った知り合いと出かけたが、残りの3人と私は白兎亭に戻ってきた。
リスタからは、決して人の前で人間の形態にはならないよう念押しされた。人間は服を着ていない状態では人前に出てはいけないそうだ。ベルナは白兎亭の個室に住んでいるので、人間の形態になるなら自分の部屋に来いといってくれている。親切心もあるだろうが、私に人間のことを教えたくてしょうがないみたいだ。まあ、私にとっても人間のことを学ぶのは必要なことだし、招待を受けてやってもいいだろう。
「じゃあ俺はこの後、飲みに行ってくるわ。ハルト、お前も来い!」
ギースがハルトを誘う。
「え? いや、あ、あの」
「他の強えー冒険者とか紹介してやるからよ。ここでやっていくには必要だぞ」
「は、はい。で、でもそこってお金かかるんじゃあ」
「稼いだじゃねえか」
「そ、それはそうなんですけど、装備も直さないといけませんし剣も欠けたので修理したいなと」
「また次も稼げばいいだろ」
「貯えがなくて、今直さないと次の依頼を受けられないんです」
ハルトはかなり困っているな。
「稼いだ時くらい、しょぼくれた食堂じゃなく、ちったあ豪勢にいこうぜ」
なるほど。ギースがここ白兎亭の大部屋に長く住んでいる理由が分かった気がする。お金は使うとなくなるのだ。
「あ、あの、ハルトくん」
魔法使い見習いのベルナ・エルミラだ。3層からの帰り道はハルトとベルナは並んで話しながら歩いていたな。お互いまだ初心者だし、気が合うのかもな。
「な、なに? ベルナさん」
そういうと席を立つハルト。
「お、おいハルト!」
ギースが呼びかける。
「あ、すみません。ちょっとベルナさんが急用があるそうなんで、飲み屋はまた今度!」
そういうとハルトはベルナをせかすようにして外に出ていく。
「なんだよ。ま、しゃあねえな」
ギースはそういうと外に出て飲み屋が並ぶ地域に向かって歩いていく。通りかかった知り合いを誘ったようだ。人間は夕方から夜にかけての時間帯は単に食べるだけではなく、酒とやらを飲むのが目的のやつが多い印象だ。飲み物を飲むだけならすぐに終わるはずだが、大声でしゃべりながら何杯も飲むので長時間になる。しゃべるのが目的でその合間に飲むという感じか。猫にはない習慣だ。
リスタが5層から戻ってくるまでの間、私は朝の食事の後にベルナの部屋に行くのが日課になった。魔法使いの見習いということだが、大部屋でなく個室を借りられるのは、修行の一環で奨学金とやらが出ているからとのことだ。
で、このベルナの個室で人間としての作法とやらを教えてもらったのだ。着る服がないので、取りあえずベルナが作った「服」を着せられた。何かの袋に頭と腕を出す穴をあけただけのような感じのものだ。人間の服装のことはよく知らないが、こんな「服」を着た人間は見たことがない。
ベルナは見た目は優しそうだが、スプーンやナイフとフォークの使い方とか食事の作法にはうるさく、細かなことでよく怒られた。これらの食器は私には大きすぎて使いづらいのだが、このあたりはまったく配慮されない。だが、私の能力からすれば人間の作法やらの習得はそれほど難しいものではなかった。リスタが戻ってくる頃にはベルナも特に怒ることはなくなったことを見てもそれは明らかだ。
人間の姿をしているときの立ち振る舞いや人間の習慣、紐の結び方、ペンの使い方や文字の書き方、扉の開け方、買い物の仕方、お金について色々と教えてもらったが、さらに彼女は私に魔法を教えようとしている。ベルナの魔法は、杖の先に光を灯すのと火炎魔法とやらしか見たことないが、魔法というものは他にもいろいろとできるということだ。魔法が使えるかどうかは人によるらしいのだが、私のように猫から人の姿に変身できるというのは魔法の一種なので、ほかにも使えるはずだというのだ。今のところうまくいったためしはないが、使えればそれはそれでおもしろそうなので、そのまま教えさせてやろうと思っている。
それから、ベルナの部屋で鏡に映る自分の人間の姿を初めて見た。人間は猫のような体毛がないので、元の体の毛並みは全くなくなったが、頭の部分には面影がある。基本は灰色だが、頭の前の髪には黒い髪があって、猫の時のような縞の模様ができている。
リスタが戻ってきてから、彼女が作っていた人形向けの服を着せられた。偶然にも着ることができた。
「か、かわいいです」
これはベルナ。彼女もリスタの作業部屋に来ている。
「ちょっと長は短いけど幅はぴったり。後で長は直しておくね。この靴はどうかな」
そういうと私の足を持ち上げ、人形が履いていた靴に足を押し込まれる。
「ちょっと小さいかな」
「窮屈だ」
「足のサイズ測らせてね。はい、この箱に座って」
そういうと机の上にあった、布をつなぎ合わせるための道具が入っている箱に座らされる。足を持ち上げられ、平たいひものようなものを足の裏に当てられる。その平たいひもには多数の線と数字が書かれていて、その数字を書き留めている。
「こっちも着てみてください」
ベルナがそういうとあっという間に私の服を脱がせ、別の服を着せられた。
「きゃー、こっちも似合ってます!」
それからリスタが作っていた人形用の服を次々とすべて着せられた。
「こういう格好をしている人間を見たことがないのだが」
腹のあたりから下に広がる布をちょっと持ち上げる。似たような形態の服を着ている人間の女はいるが、こんな派手な感じなものではない。
「確かにこのあたりにはいないですね。いいところのお嬢さんって感じの服ですし」
ベルナがいう。つまり、このあたりはいいところではないんだな。
「この街だと確かに見かけないんだけど、ライゼルに行くとこういった服装の女性を見かけることはあるのよね」
「リスタさんは首都に行ったことあるんですか? 私もいつか行ってみたいです」
「実家がライゼルにあるのよね」
「え? そうなんですか!」
「まあね」
ベルナが驚いたような感じで反応する。首都とやらは何のことかわからないが、その街はいいところということか。
「猫に戻る時は服を脱いでからにしてね。人間と猫だと体の形がかなり違うから」
「確かに、猫の体でこういった服は着れないな」
おおまかには、人間の体は手足が長く胴体が短く細いという感じか。
「どっちの体でも使えそうなものだと、たぶん袋状の形で頭とか手足の穴が開いてるような感じになるのかな」
「かわいくないですね」
ベルナの価値観はかわいいかどうかのようだ。
「そうよね。人間になったシイラちゃんはかわいいんだから、そんな服だとだいなしよね」
ベルナが作ってくれた服がそんな感じだったな。
「そうです、そうです」
ベルナも同意する。だいなしなことを知ってたのかよ。
「この人形の服だけど、気に入ったのある?」
リスタが並べられた人形の服を示しながら私に聞いてくる。
「私はこれがとても似合うと思います」
聞かれたのは私だと思うが、ベルナはそういうと黒い服を指さす。上半身の一部に白い布が使われているが、全体的には黒いという印象だ。ベルナの魔法使いの服装も黒っぽい色が主に使われている。彼女は黒が好きなのだろうか。
「うん。ちょっとかっこいい感じよね。こっちのかわいい感じのもいいと思うんだけど」
リスタはそういうと明るい色の服を指さす。この薄い赤はピンクというのだったかな。
「それも似合ってました。かわいいですよね」
「どっちかというと、戦う系がよいのだが」
人間の形態では爪を出すことができないので、戦うとしたらハルトらのように剣を使って戦うしかない。
「剣士かー。それも似合いそうね」
リスタが手に持ったペンを剣のような感じで動かす。
「シイラちゃんは何着ても似合いそうです。小さい剣とか持ったらかわいいと思います」
いや、かわいいとかどうでもいいのだが。
「装備の修復用のもので余ったのを使えば防具も作れるわね」
リスタが引き出しを開けて中を確認する。
「後、剣は短剣を加工すればできそうだけど、私には無理ね。あと防具の金属部分も」
「鍛冶屋さんに頼めばできると思います」
ベルナがいう。鍛冶屋というのは剣を作ったりなおしたりするところなのか。
「剣士の服や防具を作ってもらうには、お金をいくら払えばよいのだ?」
気になったので聞いてみる。人間の習慣はベルナにいろいろと教えてもらったが、こういった場合のことは聞いていない。
「え? お金はいらないよ。作りたくて作るんだから」
リスタがちょっと驚いたような感じでこたえる。
「人間は物を得るのにお金を払うのではないのか?」
お金のことをよくわかっていなかったのだろうか。
「まあそうなんだけど、友達の間ではお金とか関係なく物を作ったり贈ったりすることもあるのよね」
「そういうものなのか?」
「そうです。時々、友達だからって無料で何かやってもらおうとする人もいますけどね」
これはベルナ。腕を組んでうなずいている。
「短剣を買うと時や鍛冶屋さんはお金が必要だけどね。まあ、お金の使い方はそのうち慣れると思うよ。それはそうと着替えが問題よね」
そういうと私が着ている服を指でつつくリスタ。
「服を置いてあって、あと他に誰もいないところで人間に変身して服を着ることになるな」
裸のままで出歩くのがだめというのはやっかいだが、ただ人間の体は裸だと無防備な気がする。今はまだ寒いし、歩くと足の裏がちょっと痛い。人間が服を着たり靴を履いている理由がようやくわかった気がする。
「それと、服を何重にも着るのが面倒だな。この下着というのは必要なのか?」
疑問に思っていたことを聞いてみる。
「必須です!」
ベルナが即答する。
「そうなのか?」
腰の下あたりで広がる布を持ち上げて見る。
「ちょっと、ダメです。下着が見えてるじゃないですか」
ベルナが布を下に引っ張る。
「服を着ればもう裸じゃないんだから、下着はいらないように思うが」
「女の子が下着を付けずに服を着るとかありえません!」
男はいいのだろうか。
「外から見えないんだから、下着は着てなくてもわからないんじゃないか?」
「ぜーったいダメです。下着を付けないなら人間に変身するのは許しません!」
いや、変身にベルナの許しはいらないと思うが。
「では、下着だけで出かけるのはいいのか?」
「それもダメです! 絶対にダメです」
なんか怒ってるな。
「めんどうだな」
ベルナが怒った表情でにらんでいる。
「わかったよ」
安心したような表情に変わるベルナ。
「絶対ですよ。約束は守ってくださいね」
しつこいベルナ。
「わかった」
人間の服のことや習慣は人間のいうことに従うとするか。
「最初が裸って、なんかお風呂に入ってから出かけるような感じですよね」
ベルナがいう。確かに人間が風呂に入る時には服を脱いでいる。風呂といえば、ここでは私の体を洗おうとする人間がいない。これはよいことだ。
「ほんと、そんな感じね」
リスタも同意する。
「あ、人間の格好の時はお風呂入らないとだめですよ」
ベルナが思い出したようにいう。
「風呂は嫌いなのだが」
実際、この世界に来てから一度も体を洗われたことはない。猫を洗おうとする人間がいないのは、この世界の良いところの一つだ。
「だめです。女の子がお風呂嫌いとかありえません!」
なんだよ。ベルナは細かいことにいちいちうるさいな。
「そういうものなのか」
「そういうものです。もしかして、しばらくお風呂入ってないんじゃないですか?」
「白兎亭に来てから一度も入ってないな」
「ちょ、ちょっと。この後用意しますから入ってください!」
「えー」
「えー、じゃありません!」
ベルナらと別れたらすぐに猫に戻ろう。
「シイラちゃんの部屋がないから、取りあえずは私のこの部屋は使ってもらっていいからね」
リスタのこの部屋は作業場として借りているところで、寝室は個室を借りている。ここは一種の大部屋だが、各部屋が敷居で区切られているだけなので、上から出入りすることは私には容易だ。
「この人形のスペースをシイラちゃんの着替え用にするのがいいかな」
そういうと並べていた人形をどかす。
「部屋か家があれば洋服をしまうタンスとか置けるんだけどね」
リスタがいう。
「小さい家とかあるとかわいいかもです!」
ベルナは小さければ何でもかわいいと思ってる説を提唱する。
「人間の姿だと家賃取られたりするかな」
リスタが考え込む。
「でも、お仕事してるから家賃はいらないじゃないでしょうか」
「そうだけど、人間だとネズミ狩りだけじゃあ足りないとかいわれかねないかも」
考え込む二人。ここは安いことで評判だが、お金には厳しいと聞いたことがある。
「家賃を払うには、お金を稼ぐ仕事をしないといけないな」
やはり猫の姿でいる方が楽な気がする。
「そうよね」
リスタが腕を組んで考え込む。
「あ、日用品を買い出しに行きたいですね」
ベルナがいう。
「そうね。服は私が作るからいいけど、食器とか鞄とかの小物がいるよね」
「そうですそうです。今度一緒に買い物行きましょう!」
「いいね」
「シイラちゃんもこの服着て一緒に買い物に行くんだよ」
ベルナが人形の服を手に私の方を向く。
「え? ああ、わかった」
どうやら買い物に付き合わされるようだ。
「あと、着替えについてなんですけど、変身系の魔法と空間系の魔法を組み合わせればなんとかなるかもしれません。ちょっとギルド本部の図書室にいって調べてみますね」
ベルナがいう。魔法とやらには興味があるので、この練習には付き合ってやる。




