5 武器屋と酒瓶
フィーが落ち着きを取り戻した頃には、朝の日差しを気持ちよさそうに歩く人が増え通りが騒がしさを増していた。2日ぶりに外に出れたことに喜ぶ人々がなぜあんな天気になったのかと噂を交えて話し合い、まるで祭りの日のような様相を作っていた。
広場の中にある屋台で軽く朝食を取って、彼は師匠から昔教わっていた武器屋へ向かう。
前パーティーで使っていた武器は使う必要がなくなったので新調をするためと、この武器屋の状況の確認をするためだ。本来はレガードがこの街にやってきてすぐに顔をみせてほしいと言われていたのに赤に鳴く鳥に加入した慌ただしさに呑まれて顔を出していなかった。
その武器屋は大通りのさらに表通りにある店とは違い、煤こけているとさえ言われそうな店構えをしていた。店の扉を躊躇なくあければ、鍛冶場も併設されているのか店の奥から鎚で金属を叩く音が響いている。
受付には誰もおらず、彼は声を上げた。
「ヴァルカンさんは居ますか」
奥からたくましい体つきの初老を思わせる人族の男が顔を覗かせる。鎚が鳴らす音が一つ減ったので先程まで作業していたのだろう。
観察するようにヴァルカンがレガードとフードを外さないイリスフィーネを観察する。
「お前さん、誰だ」
「僕はレガードです。連れはフィーと言います。彼女がフードを外さないのは理由があるので許してください」
「フィーと申します。主様の従者です」
「ふん、理由があるなら我慢してやる。代わりに一人で来させんじゃねーぞ」
「はい、ありがとうございます。僕は、師エヴラールとの約定をヴァルカンさんに履行してもらうためにきました。」
その名を出した瞬間ヴァルカンの表情が驚愕と変わった。ガン! とヴァルカンの握りこぶしで木のテーブルが強く叩かれ音を立てる。
「エヴラール、エヴラールだと!? あのくそ野郎は生きてんのか!?」
「師とは5年前に別れてからわかりません。別れる時も酒を抱えていましたよ」
「5年前か……。俺が最後に会ったのは20年以上前だ。あの酒好き野郎は、とっくに死んじまったと思ってたぜ」
「師エヴラールは武器で金に困ったらヴァルカンを頼れと言ってました」
「はぁ~? 逆に金をもらいたいぐらいだぜ。どれだけ武器へし折って打ち直させて、そのままツケにして旅立ったと思いやがる」
ヴァルカンが心外だと顔に出して言うので、レガードは苦笑いを浮かべた。彼の記憶しているエヴラールも金をまともに払うなんて思っていなかったからだ。
「ええ、だと思いました。酒に酔ってる時に改めて聞いたら、できるだけ金を持っていけとも」
「今更あいつのツケなんて見知らぬガキに払ってもらう義理はねーよ。ふん、安く武器がほしいなら表通りの店に行きな。エヴラールの弟子なんざ、またいつ踏み倒されるかわかったもんじゃねーな!」
ガハハと豪快に笑うヴァルカンの前に、一つインゴットを置く。師匠が唯一これは自由に持って行っても良いと言って渡したものだ。師匠はその代わりの物を魔法袋に入れていった。
レガードが出したインゴットはオレンジ色をした屋内のランプに当てられながらも、それらを無視するように青みがかった色をしていた。
「こ、これは。鉄やその合金、銀とも違う。魔灯の光を受けてんのに、青みがかった色のまま。魔銀……ミスリルか? なんでこんなもん持ってやがる!?」
「師匠が代わりに置いていったものです。これで武器と防具を作ってもらえと」
「ちっ。だがな、これぽっちのミスリルじゃぁ」
「これぐらいで足りますか」
併せて15個のミスリルのインゴットを並べる。目を大きく広げたヴァルカンがまるで詐欺師にあっているのか疑うような眼差しを彼へ向けた。
レガードは腕に付けていた物を見せて、ヴァルカンへ改めて発した。
「師エヴラールとの約定を履行してもらいに来ました。迷宮都市スピアーノにおいて、唯一“これ”を知るヴァルカンさん」
「……お前さん。冗談でもなく、エヴラールの弟子か」
「はい、紛うこと無く僕はエヴラール師匠に教わった弟子の一人、レガードです」
「一人、一人かぁ。他にもいんのか、あいつの弟子が」
「ええ、居ます。ですが、彼らがこちらに来るかはわかりません」
「いや、そうかぁ、あいつが弟子を。取るつもりは無いって言ってやがったくせに、あいつは」
それまで力強く立っていたヴァルカンが椅子に座り込み、うつむいて力なく笑い声をあげた。
「あいつは酒癖が悪くてなぁ。いつも飲んでは実家を出たことを人に絡みながら愚痴っていやがった。親や親戚と反りが合わないってな。楽しく最期まで酒を飲んで生きるのが人生だってよ」
「ははは、周りに愚痴が言える人がいないのか師匠はいつも一人で静かに飲んでましたよ。あと、これは師匠からです。機会が合えば渡してほしいと」
魔法袋からインゴットではなく、酒瓶を取り出す。この都市で買えば高値がつくような西側の教国で有名な地方の名前を関した酒だ。封されたままのワイン瓶の中で液体が揺れた。
時間がほぼ進まない魔法袋から彼が出したそれは、買ったときとあまり変わらない品質だと信じたい。
ヴァルカンは瓶を巻かれた紙に書かれた文字を見て笑みを消して天井を仰ぐ。
「あいつはぁ、本当に馬鹿野郎だ。こんな高い酒を自分で全く飲まずに俺に送るとはな。とうとう耄碌しちまったか? レガード、エヴラールに次は自分で持ってこいって言っておいてくれ」
「……はい」
酒瓶を持ち上げて、一度奥に行ったヴァルカンが戻ってきたときには、先程までの空気はなくどんな仕事でもこなしてやるよと言わんばかりに手に持った鎚を景気よく振っていた。
「ま、ミスリルを持ち込んだなら良いぜ。値段もまけてやるよ。どんな武器を要望だ? エヴラールの弟子なら武器は大剣か? あぁー、でもお前さんヒョロヒョロじゃねーか」
「僕の武器はこれを参考にお願いします。大剣は使えないんです。連れは短剣2本です。ふたりとも両腕にガントレットをお願いします。体の防具は革鎧の既製品の予定です。金属は重すぎるので」
「ふん、嬢ちゃんの腕に合わせるのに腕ぐらい採寸はさせてもらうぞ。防具は本来専門外だが、エヴラールに作らされたからな、久々だが問題ねぇ。ミスリルはただミスリルとして使うより魔物の素材を混ぜ合わせて錬金された合金の方が良い。ま、一度作るとミスリルのインゴットに戻せないせいで使い捨て扱いされちまうがな。
何か魔物の素材があるなら出しな。エヴラールの弟子ならなんか用意してんだろ」
「これでお願いします。氷狼の骨とこっちはガントレット用のどこぞの巨大魚の鱗らしいです」
彼はそう言って、何本かの骨と鱗を取り出して置いた。氷狼の骨と呼ばれたものは、冷たい気配をたたえておりそれを見てヴァルカンは納得したように頷く。そして合わせて忠告も彼に残した。
「氷なんて付いた魔物や魔獣の素材を知ってるやつに見せるんじゃねぇぞ」
「ええ、分かってます。存在しないですからね」
細かく採寸や武器の大きさなど打ち合わせを終え、レガードとイリスフィーネは武器屋を出て雑貨屋へ向かう。昼からとはいえ、軽くダンジョンに潜ろうと考えてその下準備のためだ。
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