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4 一緒に歩んでいける

 雲ひとつ無くまだ薄暗さを保ったままの空が広がっている。すっかり吹雪が止んだ空を彼は窓から見上げた。2つあるベッドの内、彼が使ったベッドとは別のベッドに規則正しい寝息をして眠り続けるフィーの肢体を掛け布で隠す。

 外にはいっぺんの雪も残っていない。まるで幻のような状況に彼は目を細める。


 窓を開ければ、温暖な風が部屋の中をなでていく。

 この地方のいつもの季節感に戻ったことで外は朝早くにも関わらず、商人や様々な店の従業員が道を足早に動き回っていた。

 その中でも立場や年齢を考えれば動き回るには不適当だと思われる年のいった人物が目に留まる。あちらもどんな偶然か、レガードに気づいたようだ。

 窓をあけていたレガードは彼へ手を軽く振る。相手も軽く答えるようにレガードへ手を振り返した。あの副商会長にも挨拶をしなければとレガードは心に書き留めておく。


「主様」

「おはよう、フィー」


 ベッドで起き上がり、布で恥ずかしげに肢体を隠す彼女に声をかける。彼がすでに着替え終わっているのを見て、彼女も余韻も何もなく大慌てて服を来た。

 彼女の背中には青いインクで書かれた魔法陣があり、その端から左手の指輪まで線を結んでいる。首のチョーカーは肌にぴたりと吸い付くように身についており、彼女の手で一切外すことは出来なかった。

 しかし、彼女がそれを不便と思ったことはなかった。それは彼と始めて出会った時から、彼が付けてくれたものだと教わったからだ。慈しむようにフィーの指がチョーカーを撫でる。

 そして、彼女がフードを目深にかぶりすっぽりとマントをつければチョーカーも服の袖からちらりと見えていた左腕の肌の文様も見えなくなった。


 ひどく早い時間のため食堂はまだ開いていない。しかし、彼らはそれらを承知で外に出た。穏やかな秋の空気と2日も足止めや活動出来なかった商人たちが動き回る街中を迷いなく歩く。そこに先程の副商会長がいた。白髪が増えてきたロマンスグレーの髪をしているが、柔和な顔をしておりするりと見知らぬ隣人と仲良くできそうなタイプだった。

 忙しいのにわざわざレガードが宿屋から出てくるのを待っていたらしい。レガードはそんなつもりは無かったことと待たせてしまったことを侘びて、申し訳無さそうに頭を下げた。


「お待ちいただいたみたいで、すみません。おはようございます」

「長い付き合いのレガードさんなのです、久々なのでいい機会だと思っていますよ。おはようございます。昨日まで雪で大変でしたね」

「ははは、ちょうどパーティーを抜けることになってしまって大変でしたよ」

「なんと、あのパーティーを抜けるなどと良い素材を融通していただいておりましたのに」


 副商会長がパーティーを抜けたことに対して特段の反応も示していないことに、レガードは自分を通さなかったのは故意の行動でなかったらしいと納得した。偶然とは怖いものだ。レガードが何度もうなづいていると、副商会長は不思議そうに首をかしげた。


「なんでもありません。パーティーも抜けたことですし、良い素材が手に入ったら個別に売りに行きますよ。副商会長さんは朝早いですね。仕事の片付けですか?」

「ええ、あの猛吹雪ですっかり仕事がストップしてしまって。もう商会は大わらわですよ。気兼ねなく売りにこられるなら、ぜひうちを利用してください。これからもご贔屓に」

「はい、それではまた!」


 年齢を思わせぬ軽やかな動きで副商会長が通行人の得意先なのかまた別の人へ声をかけながら立ち去っていった。どなたですかというフィーへの問に、昔からの付き合いで宝飾系に使えるような素材を買い取ってくれる契約をしてくれた良い人なのだと、笑って答えてレガードも街を歩き出した。

 雪が来るまではいたわらわらと朝動き回るみすぼらしい貧民層の子供の姿が、今朝は全く見えなかった。いつもならば朝のゴミを探してそこら中を走り回っている時間だ。


(やはり2日も吹雪であれば越えられなかった者が多いかな。真夏でなかっただけまし、だったんだろうか)


 彼の内心の独白は誰にも届くこと無く消えていく。

 しばらく歩いてたどり着いた冒険者ギルドは早くから扉が開放されていても、冒険者はほぼおらず職員が受付カウンター越しの執務エリアで慌ただしく動き回っていた。

 備え付けのベルを鳴らせば、こんな朝早くから来るだなんてと、迷惑そうな表情を一瞬見せてごまかすように営業スマイルをした女性が応対する。


「冒険者ギルドへようこそー」

「銅等級のレガードです。赤に鳴く鳥からのパーティーの脱退処理とパーティー結成申請をしたい」

「きゅ、急ですねー! はい。ではこちらの紙に」

「サインを入れた物を用意済みだ。脱退の分はこれになる。こっちは連れとのパーティー申請書だ。あとこれは僕の冒険者カードに、こちらはパーティーを結成する彼女の冒険者カード」


 手早く大きめのカバンの中にある魔法袋から取り出した紙を並べる。今回ばかりは顔見知りの相手でないことにホッとした。都合よく何も疑問を抱かずに仕事を片付けようとする彼女は勝手が良い。

 目の前の仕事を大急ぎで片付けようとする彼女が手際よく処理をしていき、彼へ申請書とカードを返していく。


「はい、脱退処理を受け付けました。冒険者カードとタグも更新済みです。パーティー名は、「ネーヴェスリジエ」ですね。どうぞ!」

「ありがとう。忙しいところ、助かったよ。手続き料はこれで足りるかな」

「はい、ぴったりです。ありがとうございます! 何か依頼は受けていきますか? ダンジョン内がどのような状況か現状わかりませんので、その調査など昨日からギルド側で検討しています! それ以外は魔石の買取ぐらいしかありませんけど……」

「ありがとう。でも、僕も昨日からの雪で消耗品がすっからかんだから今日は買い物するだけにするよ」

「2日も吹雪でしたですものね。こんな天気初めてです。それではお気をつけて」


 そのまま受付から立ち去ろうとした彼の前を塞ぐ人間が居た。宿屋の食堂で絡んできた男だ。旅装で背中に剣を携え彼らの前に立ちふさがっている。


「商会の護衛依頼の話を大急ぎでギルドに持ってくれば、奇遇だな」

「おはようございます。急いでいますので」

「そいつと話がある。どけ」

「いえ、彼女はあなたと話は無いと思いますよ」


 ドンッと人が殴られる音がして、その瞬間、衝撃とともに彼は床にみっともなく倒れていた。肩から痛みがじわじわと広がっていく。


「主様!」


 思わず声を上げてしまったフィーがかけより、起き上がろうとする彼の体を支える。それを見た男はさらにイライラをつのらせている様子に、レガードは顔をしかめる。

 フィーからの話だけだといきなり殴ってくるほど固執される理由がわからなかった。


「主様に何を!?」

「あんた、ずっと俺たちの勧誘を無視してきたのになんでいきなりそんな弱い奴と組み出すんだ?」

「勧誘? 一体何のことですか」

「ギルドを通して声をかけてただろうが」

「?? 私は知りませんが」

「あんたに、半年前のあの日、パーティーが森から出てきた魔物の足止めにミスした時に商会の馬車を守られた時から冒険者ギルドを通して面会依頼を出していた」

「……はあ、そんな話を一度も聞いたことはありません。そして、ここで答えます。もう関わらないでください」

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇんだよ! 俺はお前のことを考えてパーティーに誘ってんだ。あんたはそんな腕を持ちながらずっとソロだった。俺はそれをもったいないと」


 彼女の服をつかもうとした彼の手に、ピタリと吸い付くものがあった。少女の手に握られた刃が銀色の輝きをもって男の無骨な腕の手首に当てられている。そして彼女は躊躇する気がなかった。


「主様!」


 フィーの鋭い声が響く。赤い血がダラダラと刃の上に落ちていた。彼女がその腕を動かして男の手首を切り落とそうとした瞬間、その刃と彼女の腕を彼のそれぞれの手が掴んだからだ。


「あー痛いなぁ!」

「主様、なぜ」

「お前、素手で」

「あんたさぁ、僕の邪魔をするな!」


 立ち上がったレガードは男に向かって吐き捨てるように告げ、身体強化された拳をふるって男をよろけさせる。とっさのことで反応出来なかった男は木の床にへたり込んだ。

レガードは傷の無い手でフィーの腕を掴んで歩き出す。刃傷沙汰にも関わらず、冒険者ギルド側の職員はあえて何も言わずに彼らを放置して出ていくのに任せる。

 胸中でギルドに舌打ちしながら、彼は彼女を連れて人の目から逃げるように路地へ入った。


「主様、私が」

「ポーション出してくれる?」


 魔法袋からもたもたとポーションを取り出した彼女に、促すように切り傷へかけてもらう。これに布を軽く巻けば1時間もせずに回復するだろう。それほど深い傷ではない。ただ刃が軽くなでた程度だ。回復魔法が上手い者であれば瞬時に回復するレベルの深さだ。回復魔法が使えるものなど早々いないのが問題ではあった。

 朝の薄暗い路地で彼女を壁に押し付ける。フードをかぶったまま怯えるように彼女の体が震えた。冷たい石造りの壁に手を叩きつける。嫌な音が響いた。


「なんでフィーはあんなことしたんだ」

「主様にあのようなことをっ」

「もしもそれで街の警備隊に拘束されてフィーが僕と一緒に動けなくなったらどうする。フィーは僕のために動けなくなるじゃないか。君は結局僕のために動かないんだね」

「主様、主様。違います。私はそのようなことを。申し訳ありません。見捨てないで、私を。ようやく主様と一緒に」


 嗚咽を交えながら謝る彼女へなだめるために頭をなで、諭すようにフード越しに彼女の耳元に声をかけ続ける。ボロボロと泣いて反省と後悔する彼女へ彼自身が望むことを語り理解してもらう。

 思ったよりも早くその時が来たことに彼は目を細めてしばらく語り続けた。自分の行動がなぜこうも外野から束縛されるように動かされるのか。そんな奇妙な流れを苦々しく思いながら、口を開く。


「大丈夫。今、僕は君を必要としている。あの時は君にしてもらいたいことがあったから、これまでソロで活動し続けてもらったんだ。だから、君は僕の望むことして。だったら、今度こそ一緒に歩んでいけるから」




『人は北の山脈に在りし者について語るものと邂逅する。そのものは大陸の中心の山より下りし黒き古龍であった。古龍は語る。人よ、我は古代より人族を見つめしもの。過去の盟約により人族の大地を守りしモノ。人よ、北に在りしモノを汝らが受け入れるならば我はこの大地より去るであろう』


次話は明日18時更新予定です。

お読みいただきありがとうございます。

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