34 それも運命ならば
前話33話にイリスフィーネの挿絵があります
「ばかなぁ……、あなたが」
崩壊した壁門を越えて黒衣の神官服に身を包んだ中年の男が姿を表した。雪を踏みしめて、目の前で起きたことが信じられぬと何度も首を振って、レガードへ近づいてくる。
ふらふらと幽鬼のように歩く男の体の服から露出している多くの部分は痣で紫に黒ずんでいた。
そして、その男をレガードは見知っていた。素材の直接売却先を探し回り、多くの商会に断れ続けた後、こっそりと自身の商会で直接買い取ってくれる話を通してくれた商会の副会長だったからだ。宝石関係に関係する素材が中心ではあれ、そのおかげでレガードはフィーへ余剰資金として装備の融通などができるようになった。そして、パーティーとして自分のために金が使えない中で、自由になる資金を持つことが出来た。自分のソロ活動時の装備の充実に当てられたのだ。
だが、担当者が変わった矢先にバレてしまった。
めぐりくる『雨水龍の通り道』の日、土砂降りの中で冒険者ギルドの依頼を達成して金銭を稼ぐために走り回っていたレガードと同じように、普通は人々が休みを取る日であっても通りを歩き回っていた彼をレガードもよく覚えていた。
そして、雪が明けたその朝に彼とあいさつを交わした。気軽に。こんなことに加担するような人物だと全く思ってもみずに。
「あなたがレーナルカーダに傾倒しているとは思いませんでした」
「私は目の前の光景が信じられない。あなたが毒竜ヒュドラを倒した、と?」
「ヒュドラを知っていると、……あなたがヒュドラを召喚したのですね」
「あなたがヒュドラまで知っているだなんて……。あなたが、あなたがすべての元凶だったのか……。この街で信仰を増やそうと手を回した事件が気づけば誰かに解決されてしまう。子供向けのおとぎ話みたいな英雄が、ぱっと姿を表して解決してしまう様だった。そんなありもしないと思っていた英雄を私が手助けしていたとは、お笑い草だ」
何度か彼の言葉を否定しようと口を開いては閉ざしたレガードは逃げるように世話になり続けた眼の前の商人の肌をみやった。
「……服の外にでているあなたの肌は穢土でひどい状態だ。今は雪のおかげで痛みが無いだけです。けれど、私にはもうあなたを治療する手立てがない」
「こんなことを起こした私に治療が出来ぬことを気にすると? はははは、あなたは馬鹿か詐欺師か何かか」
彼はそれまで持っていた杖を馬鹿らしくなったと言うように雪の上へ放り捨てる。高価な魔石がはまったそれは、冒険者がよく使う魔術増幅用の武器だろう。雪の上に音もなく落ちたそれに男はもう見向きもしなかった。そうして降り続ける雪空を見上げた。
男が長い長い溜息を吐き出せば、白くなった息が空へ上りあっという間に消える。
「私はね、疲れたのです。尽く上手く行かない暗躍に、疲れた。あなたのせいで上手く行かなくて、疲れたのです。だからすべてを壊したかった。それを先導した主犯です。私はせめてこのまま終わるべきだ」
「僕は、あなたに感謝しています。僕は世界をめぐるために資金を集める必要があった。その時が来るまでの時間を短くするのに、あなたが協力してくれた。僕は師匠の成したことに間に合った。だから、感謝しています」
「それなのにあなたは私が望んだヒュドラによる壊滅を防いでしまった。これまでの私が手を回した事件を解決してしまった。私に感謝しているなら、一度ぐらい私の成すことを達成させてほしかった」
「……ヒュドラ以外はすべて偶然、です」
「そうですか。そうですね。偶然、そうですか。すべて偶然、ははは。私の行う意図に気づいたということではなく!? ダンジョンに置いたゴブリンも偶然倒したと!? ははは、これが、これが運命というものか」
ひとしきり笑い続けた彼は腕を広げ、首をレガードによく見えるように晒した。
「この街の組織の生き残りは私だけだ。他の全てはヒュドラの供物となって消えた。私はね、疲れた……」
唇を噛んだレガードがゆっくりとのその口を開いて、声を発した。
「……………………それも運命ならば」
「人を殺めるのに自身の言葉でなく神話から引用するとは。4年経っても、あなたは人に向ける言葉を選ぶのが下手なままだ」
数分、静まり返った雪の上でお互い動きを止め、地面の雪が槍の風圧に舞い上がり、落ちた。
出会ってから4年だ。
それは自分にとってはあまりにも長い時間だった。レガードは世話になりすぎていたことを後悔して、未だ宙に浮かび喚鐘を見上げた。
「暁鐘に還る」
鐘が6度鳴らされて、世界が色を取り戻していく。宙に浮かんでいた鐘が落ち、彼の腕の中に収まった。それを魔法袋に片付ける。
彼が見渡せば雪はかき消え、雪の名残は冷たい空気が風に流れる面影だけだ。
ヒュドラの死体も、分かたれた男の死体も消え去っている。黒衣だけが風にパタパタと揺れ、ヒュドラの跡地には紫色の水晶のような魔石が地面に転がっていた。しゃがみこんで水晶を魔法袋へ回収し、大量の魔力消費と疲労にふらふらとしながら、うつ伏せに倒れているフィーに近づき体を揺らす。
ゆっくりと目を開けたフィーが慌てて起き出し、周りを見渡した。
「主様、一体何が。雪は」
「ちょっと疲れた。休ませてほしい。ヒュドラは倒された、それだけもしもの時は説明しておいてよ。フィーに頼んだ」
「え、え? 主様! 主様!」
華奢な体にわがままをするようにレガードの体が倒れ込む。身体強化をあわてて行い、その腕で彼をしっかりと受け止めたフィーは泣き出しそうな声で何度も彼を呼ぶが眠ったまま目覚める気配はなかった。
フィーはぎゅっと強く強く離さぬようにレガードを抱きしめて、自身の気持ちが落ち着つくのを待った。その間にポロポロと言葉が溢れて、冷たい風にさらわれて消えていく。
「お疲れさまです、主様。……でも、極白天などと、世界を滅ぼす邪神の名ではありませんか。その名を吹聴されれば教国、教会、エルフが黙っておりませんよ」
晩秋の終わりは目前となり、まもなく大陸ノルトペルデレに冬が来る。
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