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30 毒竜ヒュドラ③

 見上げる毒々しい威容に、多くの人は雨の中逃げ回っていた。振り回される首によって崩壊した家屋の瓦礫が宙を飛んで自身の真上、前など無作為に飛び回った。逃げ回る人々には神のサイコロの出目に自身の名前が無いことを願うことしか出来ずにいた。

 領主屋敷まで続く広々とした大通りを横いっぱい埋めるヒュドラの首が動きを止める。4つの頭8つの目が大通りを駆け抜けて槍を構えた男の姿をみて、4つの首が同時に咆哮を上げる。

 肌を突き刺す空気の振動に、フィーが脚がもつれてこけかける。とっさに抱き上げ、彼はフィーに指示を出した。


「フィーは西側の屋根から魔法で牽制して。余裕があれば短剣で攻撃してもいいけど、まずは相手の首の動きを見極める。そして、2つ以上の首と向き合ったときは逃げ中心」

「は、はい、主様どうされるのです」

「あいつは僕を見てる。だから、大通りの真正面から押しに行くよ!」

「危険です!」

「問答するつもりはないよ、大丈夫さ、フィー」


 ポンと、レガードは自分から遠ざけるように彼女の背中を押す。一瞬だけ躊躇した彼女は、彼の目を見て覚悟を決めてまだ無事な家屋の屋根へと登っていく。

 見届けると同時に彼を狙っているヒュドラの首をみて、声を上げた。ブレスレットにある青の宝石から魔法陣が宙に浮かび上がり、青い粒子を撒き散らして一体の獣を形成していく。

 その体は先日の北東の森で顕現した大型犬の大きさではなく、馬と同等の体長をしていた。その欠点としてレガードの魔力が森で顕現したよりも多めに失われてしまう。


「メドリア!」

「キュキャアアアアアア」


 青い翼が羽ばたいて、空に舞い上がり跳ねるように翔けていく。雨が一瞬で鋭く凍りつき氷柱が空からヒュドラへ降り注いでいく。

 レガードは槍を構え。彼を狙って降りてきたヒュドラの頭の1つを槍の刃で斬りつける。しかし力が足りなく、ヒュドラは苦もなく切りつけられた衝撃を無視してその頭を横に強く振るわれる。

 レガードの脚が地面を踏んで、高く宙に飛び上がる。その跳んだ瞬間にあざ笑うようにヒュドラのもう1本の首が動いて噛みつこうとレガードに向かって突っ込んできた。

 その瞬間、彼の左手はメドリアの脚を上空で掴む。メドリアが回転するように動き、レガードは空中で軌道を変えた。


「GYAGYAGYA!」


 虚空を噛んだヒュドラの首が不満げな怒り声を上げて空から首の居ない安全な地点にゆうゆうと着地したレガードを睨みつけた。西側に位置していた首は動こうとして、


「ウォーターボール!」


 バシィ!

 フィーが飛ばした大人ほどの多きさがあるウォーターボールの水魔術で動きを阻害された。通常の威力であればヒュドラに何の通用もなかっただろうが、暴雨の中、いくらでも注がれる雨水によって巨大化して弾けるように飛び速度威力ともに上がっていた。

 フィーはまた首の動きをじっくりと観察して、動き出すヒュドラの首に向けて水魔術で牽制を繰り返す。

 しかし、動きを邪魔することは出来ても、彼女の目に見て取れるのはダメージが一切ないうっとうしそうな目を向けるヒュドラの頭だ。

 遠距離攻撃手段に彼女はかつて得意だった弓を選ぶことが出来ないことが歯がゆかった。


「私の水魔術ではやはり何も効果はありませんか……。主様、でも私は主様から与えられた使命をこなしますっ」


 暴雨とヒュドラを越えた向こうに広がる閉ざされた壁門を開く気配を見せない。これほど巨大な魔竜との戦闘だ。本来はもっと大勢の人間による牽制と攻撃が行われるべき自体だった。しかし、現状助けを呼びに行こうにも門は閉ざされており通ることは出来ない。

 門の向こうは行政区の内情など見ることは出来ないだろうが。唇を噛んでも、状況は良くなるわけではない。彼女が出来るのはレガードの望んだ通りの動きを達成することだけだ。青い羽毛持つグリフォンが空を飛び回っていた。


「私にも主様みたいに動き回って戦える力があれば」


 さらにヒュドラの存在をレガードが知っていることに彼女は驚いた。はるか昔に存在したとされる神話の魔竜であり、黒天教と無関係の古い書物でなければ記載のない存在だからだ。彼女自身は父親たちと家が所有している書物を幼い頃に読んで知ったが、


「主様はどちらで知ったのでしょうか」


 わずかに気がそれてしまいウォーターボールの軌道がヒュドラの首の動きを阻害が不十分な軌道で進んだ。ヒュドラは彼女が立つ家屋が首の動きに寄る衝撃で壁が吹き飛ばされる。


「キャアア!」


 足場が揺れることで不安定になり、彼女は目の前に飛んでくる石が避けられないことを悟った。目を塞ぎ頭を守るように腕を組んだ彼女に石が砕け散る音が届く。パラパラと砂のような物が肌を撫でる感触が伝わった。

 しかし、予想した衝撃が体に届かず、顔を上げると氷柱によって彼女へ向かっていた大きな壁の破片は屋根の上に叩き落されていた。

 目を向ければすでにレガードの傍へ戻ろうとして駆けていった。自分のみっともない姿を反省して、彼女は別の屋根に飛び移ってからもう一度ウォーターボールでグリフォンを狙おうとした首に牽制をかけて、自分へと狙いを戻そうとする。

 そんな戦場に雨音を切り裂いて、男たちの鬨の声が響いた。



 ◇


 常ならばフルプレートに身を包む騎士たちの多くは、フルプレート鎧と比べれば遥かに貧弱な革鎧の装着を主体にしていた。大通りの向こうに広がる4つ首の竜の姿を見て、多くの騎士と兵士たちの手がガタガタと振るえる。

 行政区に配置されており、無事が見つかった者たちを集め、隊を整えていた。命令する者たちは必死に被害を広げる多頭竜へ向かおうとする者たちが先走らぬように押し留めている。

竜の咆哮による根源的な恐怖にさらされた騎士たちは鍛えられた馬へ乗って隊列を整え、命令を待った。

 この騎馬隊の中に魔法を主体に戦う集団はいない。魔法を使う彼らは東側に存在する家屋の、魔物に可能な限り近い屋上から一斉に魔法攻撃を行う予定だからだ。突撃する騎馬隊にそれらの人間たちを配置するのは妥当ではない。

 暴雨の中、並んだ馬のいななきがあちこちから聞こえた。


「みな、聞いてくれ」


 数少ないフルプレートの鎧を来た男が馬の上から全員に声をかけた。彼の目はまっすぐに毒竜を見据え、剣を抜いた。黒い輝きを持つ刃はこの大陸で最も丈夫と言われる黒鋼で出来た物だ。産出が少ないこと、さらに見栄えを重視し黒天教の儀式武具や、教国と王国の騎士たちが大半を専有する形になっている鉱石だ。

 一部許可されたものだけが、市場に高額で出回るのを最上級に位置する冒険者や余裕のある貴族が争い購入する形になる。スピアーノ家も黒鋼の入手は絶望的で、スタンピードよりも前の財政に余裕があった時期になんとか数少ない量を購入した。その結果、騎士団長の剣のみが黒鋼製となることが出来たのだ。

 デュドールの息子である騎士団長は声を張り上げる。


「走り出さぬよう抑えてもらったことを感謝する。我らはぁ! この街を守る砦である。かつてのスタンピードと同じ結果になってはならぬ! 生き残り、敵を倒すまで生き残り戦い続ける! 死ぬことは許さない。

 それはぁ! 貴様たちの命を重んじてではない。我らが! 我らが死ぬことによりあの魔物を自由にするようなことは許さない!」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」」」


 騎士たちの恐怖を払拭しようとする大声が響く。

 彼の宣言とは異なり、はるか先で魔物を抑えているのは2人の人間と1匹の魔物だ。騎士団長の男は自身の言葉が、動き出すには遅いことを理解している。それでも、これから突撃を駆ける中で怯えて逃げることを許さないと目の前の騎士兵士達に言わなければならない。

 突撃を駆けた先で、諦めてあっさりと死ぬことは許さないと言わなければならなかったのだ。


「腹から声を上げろ! 我らは全力を持ってかの魔物を退治する!」


 騎士団長の馬が駆け出し、整列した騎馬兵達もそれに続く。地面を走る馬の足音がヒュドラに負けじと大地を揺らし、暴雨の中男たちの声が響き渡る。

 加速していく馬の上で、男はさらに声を張り上げて叫んだ。


「全隊、突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」



毎日更新していきます。

次話は明日18時更新予定です。お読みいただきありがとうございます。ブックマークいただけると嬉しいです。

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