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28 毒竜ヒュドラ①

 ◇


 豪奢な屋敷に一人の男が慌てたように飛び込む。この街で宝石系のアクセサリー類を取り扱う商会の店の裏に位置しており、商会の関係者が寝泊まりと執務を兼ねた場所でもあった。本来ならば足止めされるはずの彼も、繰り返し訪れたことにより顔パスで通ることができた。彼の慌てように周りの従業員は驚きの表情をみせる。

 しかし、焦っている彼は取り繕う余裕もなく、副商会長の部屋へと飛び込んだ。目つきの悪い痩せた男が執務机の上に積まれた書類を真剣な表情で読んでいたが、飛び込んできた男を見て目を驚きで見開いてから穏やかに口を開く。


「まずい、まずいんです!」

「おやおや、どうしましたか?」

「し、司祭様!! まずいです!」

「こら、表でそう呼ぶなといつも」

「領主の娘の病が治ったのです」


 執事の男の発言を聞いて、副商会長は首をかしげもう一度目の前の男の発言を考えて理解に至り手を震わせた。最初は冗談でも聞くように乾いた笑いを上げてみせたが、すぐに深刻そうな声で尋ねた。


「はっはっは、なんの冗談を。……治せた、と? どのようにだ?」

「それが、わからぬのです。ただ騎士たちが部屋の中が騒がしかったと」

「薬など作れるものは居ないはず……一体どんな者が。まさかエルフが?」

「いえ、みすぼらしい格好をした男の冒険者で。ただの人間の茶髪の地味な青年なのですが」

「そのようなことありえない。治療法など我らさえ失って久しい」

「そして、その男は病の原因さえ迷いなく当てて見せたのです。黒い宝石が病の原因と明確に言及しました」

「……先日の大陸を覆う吹雪、藤黄水晶のあった南西の街が滅んだというあの連絡。まさかまだ生き残りがいるのか? 馬鹿な。確かにあの一族は滅びたはず」

「司祭様? あの宝石の出処はこの商会、しかも我らはあの宝石を購入させるために直接対応しております。すぐにでも領主の騎士たちが来る可能性があるのです!」

「……はぁ。なるほどな」


 投げやりなため息をこぼした副商会長、否、司祭は天井を見上げた。祖父の代から迷宮都市スピアーノに活動のため根ざし自分ももはや40だ。当初は強大な魔獣がいたため東の秘境へ行くことも出来なかった。そして、魔獣が倒されても秘境へ向かう意味を冒険者たちが持たないため、秘境へ向かう手立てはなかった。本来は東の秘境に最も近い彼が組織をつかって穢土(けがれつち)を集めなければいけない立場だった。

 人は穢土(けがれつち)に触れると不運を免れる。代償は命だが、誰かがその代償をかぶれば良い。だが、その穢土(けがれつち)を収集する目的はほぼ達成できず、長い時において彼の司祭としての活動は信仰者を増やすことだけとなった。


 しかしそれも、芳しくない。

 この街は運命と言うべきだろうか、信仰を増やすための事件がことごとく壊滅的な被害になる前に解決されるのだ。直近であれば、ようやく取り寄せる事ができた穢土(けがれつち)による実験もそうだ。

 経過を見る前に、ゴブリンがいつの間にか討伐される。実験が上手く行けば、本来はゴブコボダンジョン側でスタンピードを起こし、紫水晶ダンジョンにさらに穢土(けがれつち)をまいて魔物を強化して大惨事を起こすつもりだった。

 ゴブリンが強くなかったとは言え、タイミングが悪いと言わざるを得ない。

 司祭自身がそのように上手く行かないように、司祭の両親もそんな何をやっても上手く行かない状況が存在していたようだった。司祭の両親はあたかも誰かに自分たちが監視されているのではないかという妄執の果に自死した。

 息子であった司祭を商会へ丁稚奉公に出したすぐに、だった。


「潮時、いや、この街は邪魔かも、しれないな」

「それは一体、司祭様、どういう」

「紫水晶に封じられし、毒竜を呼び出します。少々魔石は足りませんが、準備をしなさい」

「ど、毒竜を!? どこに召喚するのですか!?」

「ははは、なんと愚かな問をする。当然、この街スピアーノの中に決まっているではないですか」

「それではこの街が毒によって死滅してしまう!? 我々はこの街を」

「ふっ、ことごとく我々の活動が失敗する街など潰したほうが他の街にいる同士たちの役に立つのです。さあ、行きますよ」


 商会内の信者たちに声をかけ、司祭は屋敷を足早に立ち去る。あれほど人が溢れて騒がしかった商会屋敷は静まり返っている。商会長の姿は部屋の中で眠るように椅子に座り机の上に突っ伏していた。幼い頃より彼を育てた人物に毒を飲ませた時の感情を司祭は言い表すことが出来なかった。

 司祭たちが向かったのはかつて黒天教の教会として使われていたが一向に解体されず放置され続け朽ちた神殿だ。ボロボロの扉を通り抜け、隠された地下の祭壇へ向かう。そこには通信魔導装置が置かれていた。

 真っ黒な司祭服に着替えた司祭は魔石を取り付け、装置を起動させる。

 別の街の同士に向け、司祭は言葉を投げる。


「紫水晶ダンジョンに眠るスピアーノの毒竜を解放します。スピアーノを壊滅させる」


 偶然起動していたのだろう。同士たちから口々に理由を問われた。司祭は手短に答える。問うてきた人物の中には、先日南西の藤黄水晶ダンジョンによって沈んだ街が壊滅したと報告を上げた人間もいた。


「先日の大陸を覆った吹雪、あの一族は滅んでなど居なかった。スピアーノごと、一族の生き残りと思われる人物を滅ぼします」

「馬鹿な、あの一族は200年も前に滅びたはずです。藤黄水晶ダンジョンが暴走したままヘビ型の魔竜が住み着いて200年全く動きが無かったのがその証拠ではありませんか」


 問うてきたその女の声は藤黄水晶ダンジョンがあった南西の街の状況について知らなかったらしい。司祭はわずかにため息をこぼして答える。


「そう、滅ぼしたと語られていた。けれど先日、大陸中を覆う吹雪は起きた。それによって藤黄水晶ダンジョンから溢れ出たはずの穢土(けがれつち)は魔竜もろともに消し飛ばされたのです。だが、これまであの一族が表舞台に出てきたことはありませんでした。数が少ないのではないかと考えます。ならば、ここでスピアーノごと潰せばさらに減らせます」

「司祭様」

「ああ、準備が整いました。それではレーナルカーダ神のために」


 反対意見を聞かぬと示すように通信魔道具の魔力供給を切る。そして、じっと手にあった魔石を見つめ、目の前にある魔道具をみやった。


「通信の魔道具は存在がバレるとまずいですね。破壊しましょう」

「な!? それではこれからの同士たちとの通信が」

「スピアーノは滅びるのだから、不要ですよ」


 司祭が冷たく言って、身体強化の魔術を使ってそばにあった鉄のハンマーで殴りつける。賊やもしもの時を考えておいてあったモノだが、まさか事前の準備で壊すことになるとは思わなかった。司祭はままならぬものだと苦笑いが出る。

もともとはるか昔から使われボロボロになっていたものだ。なんとか稼働を続けていた魔道具は、司祭の手であっさりと真っ二つにされた。ガラスや部品が転がり地面に広がる。


 破壊されればあれほど大切にされていたと思えぬほどみすぼらしい姿となった魔道具の残骸をもう一度司祭はハンマーで殴りつけた。

 さらに砕かれれば、この部屋に来たものは大きな魔道具があったとはわかるだろうが、どんな魔道具があったかわからないほどだろう。


「ああ、高価な魔道具が!」

「売れないのですから、高かろうが意味はないでしょう。さあ、毒竜を召喚しに向かいます。レーナルカーダ神よ、私に力を」


 あらゆる失敗を許容してきた。それは逃げだったのかもしれない。司祭は目の前に迫った自身の命をかけた滅びの時を見て、そう思っていた。


 祭壇の上には黒い土が盛られさらに紫水晶が飾られていた。地面に描かれた魔法陣に魔石が置かれた空間は、さらに信者たちが魔法陣の要所にひざまずき、祈るように手を合わせている。

 その光景を見ると、司祭はなぜ両親がこのような暴挙に出なかったのか不思議でしかなかった。たったこれだけで事足りるのだ。スタンピードを起こす準備が行えたのなら、なぜ一思いに街を潰さなかったのか。


「さあ、皆さん、祈り歌いましょう。あまりにも小さな我々が唯一仲間とそしてこの街でできる残されたたった一つのことを。

 レーナルカーダ神よ、我らの願いを聞き届け給え」


 信者たちの祝詞が重く響く。ゆっくりと魔力を伴った声がじんわりと世界を鳴動させるように広がっていった。



 紫水晶ダンジョンに眠りし魔物が魔力に呼応して目を覚ます。そこは暗い暗いダンジョンの奥底だった。しかし、その目の前には起動した魔法陣が存在していた。

 はるか昔、白い巨鳥によりはるか深くまで追い込まれ、目覚めの時には尽く白い狼が立ちふさがり進むことが出来なかった。

 毒竜は複数の首を回しあたりを見て、憎い獣が居ないことを嘲笑った。魔法陣に乗れば瞬きの浮遊感とともに毒竜はすぐに外へ運ばれる。

 目の前に広がるのは、黒い世界でもなく、かの毒竜を追い込んだ白き世界でもない、どちらもない世界だった。

 ならば、ここは自由なのだと理解して、毒竜は理解して首を持ち上げる。

 黒々とした紫色の鱗を持ち、手足のない胴体についた4つ首に頭がついていた。4つの口が同時に雷鳴を引き裂くほどの咆哮を上げる。それは人々に天地がひび割れる光景を幻視させた。


 毒竜ヒュドラは2300年ぶりに世界にその咆哮を響かせる。

毎日更新していきます。次話は明日18時更新予定です。

お読みいただきありがとうございます。

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