27 やはりこいつはおかしい
「なんだ?」
先程までの論争がピタリと止んで、ゴースポーが口を開いた錬金術師へ目を向けた。錬金術師はお聞きいただき感謝いたしますと頭を下げてから、注目を集めるために前へ歩いてレガードを指差した。
水を向けた男をじっとレガードは観察して、そういえばシャウラ治療時にも見かけた顔だと気づいた。あの時は身なりで医者か執事だと勘違いしていたが、今錬金術師の公認タグを着けてローブを着ている。その姿は公的な場で自身は腕の立つ領主おかかえ錬金術師という意識を明確にするためだからだろう。
「シャウラお嬢様の奇病は誰にも治療の術もわからなかったものです。にも関わらずみすぼらしい冒険者が治療方法を知っているなどという偶然、あるのでしょうか?」
「あなたは僕に何を言いたいのですか?」
「お前はなぜ治療出来たと言えるのだ? 治療薬などどんな文献にも載っておらんはずだ」
わざわざ男が出てきた理由をレガードは理解できた。知りたいからだ。なぜ対応できたのか。それは錬金術師としてではなく、別の目的として、だ。
「僕はシャウラを治療しました。彼女が自由に動き回ることが出来、痛みもない状態は事実、治った証拠です。では、あなたはなぜ治療できないと断言できる?」
「お前はおかしい! 何を知っている!? こんなことあるはずがない!」
「ははぁ、あなたは聡明な方のようだ。であれば、あなたにこれを研究していただきたい」
レガードは男に真面目に応答することなく、笑顔を浮かべて隠し持っていた白い布を取り出す。男が不思議そうな顔でそれを見てから、レガードはゆっくりとその包み開いて、男へしっかりと見せつけるように近づいた。
錬金術師の男は不思議そうな顔をしながら、その布を観察して中にあった黒い宝石を見た瞬間、驚愕に目を見開いて慌てて一歩後ずさった。
「こ、ここここれは」
「おや、どうしました? お受取りください」
「な、なぜ平然と持っていられる!?」
「なんだ? 錬金術師、答えよ」
「りょりょりょりょ、領主様、やはりこいつはお、おおおおかしい! もて、持てるはずがない! わ、わざわざ宝石を囲った聖水晶をは、外すなど。頭がおかしいのか!?」
「? お前は一体何を言っている」
領主たちは錬金術師の言葉に意味がわからず首をかしげた。
レガードが錬金術師へ向かって一歩進むと、錬金術師がまた一歩後退する。そして執事の一人も、逃げるように立ち位置を変えるのがレガードには見えた。その顔を覚えておいて、レガードは間抜けな錬金術師を笑った。レーナルカーダを崇拝する組織以外、穢土に関わるものを触ろうとするものはいない。師匠のエヴラールから教わったことはあったが、実体としてわざわざ人の身に悪影響を与え治療もできぬ穢土を望む組織が存在することを彼は初めて認識した。
「ははは! これが奇病の原因だと知っているのは治療できた僕と原因を作ったお前だけだろう! だが、これは最初ネックレスとなっていた。お前がそんな物を貴族に贈れるような立場ではない。さあ、もうひとりの共犯者を言え!」
「そ、そんなことは知らない! 私は知らない! ありえない! 治療などできないはずだった! 私は確かに治療にもならぬと。あの、あの薬師の女だって治ったなどと大嘘だと思っていたのだ! なのに、どういうことだ!」
「デュドール殿! この錬金術師と、扉の前にいる執事の男を拘束いただきたい!」
「なに!?」
「フィー!!! 扉の前の男を!」
デュドールの反応は鈍い。レガードとしてはくだらない茶番劇だと思っていたが、想像よりも多くの人間がこの下らない劇にわざわざ集中して踊らされていたようだった。
レガードは宝石を布で隠すように握りしめて、錬金術師に足払いをかける。とっさのことで動けなかった錬金術師はあっさりと床に倒れ伏した。さらに膝で背中を蹴り込みレガードの体重で抑えこむ。
ぶざまに錬金術師は床に伏して動けなくすることが出来たが、フィーの方を見れば扉へ向かう前に騎士たちに邪魔される形となっており、とうに執事の男は逃げおおせた後だった。
内心で騎士たちに舌打ちをして、フィーがとてつもなく申し訳無さそうな態度をするのをなだめた。
「主様、申し訳ありません。捕まえることも追うことすらできず」
「いや、邪魔されて向かえなかったなら仕方ない。とりあえずこの錬金術師に話を聞こう」
「レガード、なんなんじゃ。一体これは」
「デュドール殿、この奇病は誰でもかかるのです。これは秘境へ行けば誰でも影響を受ける可能性があるものだ。だが、人は秘境へ近寄らなないためこのような奇病が街に出ることなどありえない。秘境にあるクラフィリサイトを持ち込みでもしなければ、です」
「おい、冒険者! どういうことだ!」
領主息子のゴーダン何がなんだかわからないという、わからないことへの怒りを見せながらレガードたちに寄ってくる。デュドールの指示でそばにいた騎士たちに錬金術師の抑えを変わってもらい、真っ白な布をきつく巻き直してから片付ける。
人の身には危険すぎるものだ。
「どういうこともなにも、単純にあなたの妹を奇病にしたきっかけを意図的に作った奴が居たというだけです」
「そうではない! 先程の秘境などと何を知っている! 貴様!」
ゴーダンが詰め寄る背後で、わっと声を上げて泣き出した女性がいた。シャウラのそばにいた妙齢の女性である。シャウラが母上と声をかけて慌ててそばによれば、シャウラの母親は拒否するように手で壁を作った。
「私が! 執事の連れてきた商人から珍しい宝石を買わなければ、あなたは病に寄る痕も残らなかったということではありませんか!」
「お母様……」
「私が病にならずあなたにこんな目を」
「シャウラ共々黙っていろ! 今はそんな慰めを――」
「ゴーダン! お前こそ黙っていろ!」
「ち、父上、しかし」
「私が話をする。お前は黙って聞いておれ。口を開けば謹慎とする」
「父上!」
「二度目はない」
ゴースポーの言葉にゴーダンは二の句を告げばすぐに謹慎として部屋へと連れて行かれるのを理解して、黙りこくった。ゴースポーがレガードに向き直る。その表情はそれまでのものからひどく疲れ切っていたように見えた。
「秘密主義は、エヴラールと変わらんのか」
「知らなくて良いことを知らせずにいるのが正しいと、我が師より教えられましたので」
「くだらぬ。貴族に対してそのような態度など。私はエヴラールの時と同じ言葉をお前に送ろう。
助けてくれたのは感謝する。しかし、私はお前が嫌いだ。何も教えず、にも関わらず問題を解決できたから良いじゃないかと告げ、その対価として国の経済を、一つの貴族家の行く末を左右するものを要求する。私はな、エヴラール、そしてその弟子の貴様も反吐が出るほど嫌いだ」
「父様、レガード様にそのような!」
「シャウラも黙っておれ!」
「あなたは貴族だ。平民に対して、好き嫌いで約定を守る守らないを決めるのは仕方がないことでしょうね。迷宮都市領主、ゴースポー・スピアーノ、ならば師の代わりに我が師が魔石を望んだ理由を答えましょう。それを聞きたいと願うのならば、魔石を頂きたい」
「くだらんな。どうでも良いことであろう。酒のために金に汚いエヴラールだ。金のためであろう?」
「答えを、聞きたいと? 師からの言葉をあなたにそのまま伝えることになりますが、聞きたいのですね?」
「ああ、金のためと答えたら魔石はなしだ! 嘘をつくのは許さん」
疲れ切った顔でゴースポーは投げやりにそう応じた。レガードは至極真面目にゴースポーへ師の言葉をわずかの躊躇もなくそのまま口にする。
「私は世界を救いたかった。その足がかりにその魔石が必要なのだ、ゴースポー」
「……世界を救う? ははは、何を言っている。何を馬鹿なことを。そんな馬鹿な話があるか。あいつはそんな人間ではない! 事件の時に姿を現すのは決まって遅れてやってくる。そして苦もなく問題を解決していく。苦もなく問題を解決できるならば、すぐに姿を見せればよいのだ!
酒に困れば人に金をせびる。あまつさえツケを払わず街から何も言わずに去り。姿を見せぬまま、弟子など寄越しおって、なんだその世迷い言は!」
「ゴースポー・スピアーノ、我が師は弟子の育成のために故郷へ戻る直前、あなたの出した高難度の依頼をこなした。パーティー名はネーヴェスリジエ、その名を知っているはずだ」
「その名とリーダーの名前程度知っておる! 各地のダンジョンをめぐり続け、外地に住む強大な魔獣を退けミスリル級と呼称されておったパーティーだ。我が家が長年苦心しておった東の秘境近くに住み、人を襲う手足の生えた大蛇の魔獣を討伐した功労者ではないか!
私はあれのリーダーと直接顔を合わせしておる。枯木のような老人で、もはやしゃべることも出来ぬとパーティーメンバーが代わりに応対するような始末だった! そんな者はあの大剣使いのエヴラールとは似ても似つかんわ」
「謝罪と巡礼を意味する名をもつ人間など居はしない。偽りの名で我が師エヴラールは大陸を巡った。故郷へ戻る最後にここへ来て」
「馬鹿な! あのような、枯木のような体を引きずった老人がエヴラールのはずがない!? 嘘だ」
冒険者ギルドに偽名を登録するなど簡単なことだ。だが、その名を謝罪と巡礼を意味する言葉にするのは、エヴラールの後悔の現れだったのもレガードは理解できた。
自身が助けに入るのが遅れたから、父親を服毒自殺させるに至ったことを故郷ではよく疲れたように語っていたからだ。だが、そうして師は――。
「「「「GRRRRRR、GYAAAAAAAAAAA」」」」
竜の咆哮が破滅を宣告するように、大地を震わし空気を裂いて暴雨を呼び起こす。一瞬で曇天と暴雨に包まれた迷宮都市スピアーノを咆哮が雨とともに駆け巡り、街に住む人々を震撼させた。
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次話は明日18時更新予定です。お読みいただきありがとうございます。




