26後 領主館での会談
話数管理ミスしたので26話後編投稿です。
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広間には腰に下げた剣の柄に手をかけた騎士と兵士が多数おり、レガードたちは拘束自体なされてはいないが、膝をついてとっさに動けない体勢にさせられる。離れた位置にいるスピアーノ家の当主とその家族の姿が揃って一段高い場所からわざとらしい権威を見せつけるようにレガードたちを見下ろしていた。
当主ゴースポーは老年に近いと言って差し支えなく、その母親も同じ年齢のほどだ。しかし、レガードが治療した三女のそばにも比較的妙齢の女性が座っており、三女シャウラはスピアーノ家と思われる者たちからわずかに離れた位置に座っていた。
レガードの見る限りシャウラは化粧のおかげか、傷のような痕が残ったにも関わらずそれを見つけることは出来なかった。ゴースポーのそばに居る20代の男が険しい顔をしながらレガードを見つめていたが、その視線がフィーへ移動すると途端に不快感が強いものへ変化する。
その視線はフィーがフードを外した時に男たちが見せる反応で、フィーだけでなくレガードも不快感を強くした。フィー自体は不快感から逃れるように、先程まではなにかあればと警戒のために上げていた顔をわざとうつむくことで我慢する状態になってしまう。
(北寄りの街になるとエルフは少ないが、それにしても反応が露骨すぎじゃないか)
そんな気持ちを懸命に顔へ出さぬように我慢しながら、レガードはゴースポーが口を開くのを待った。口火を切ったのは、本来の騎士団長と思われるデュドールに似た30代の男性だった。おそらくデュドールの息子なのだろうとレガードはあたりをつけてじっと待つ。
「冒険者レガード、フィーを連れてまいりました。ゴースポー様」
「よい。さて、冒険者レガード、まずシャウラの治療をしたことを感謝する」
「はい、報酬のある依頼と受け取りましたので」
「……意地汚いエヴラールの弟子め」
「はい?」
小さな、しかし静まり返った中ではよく聞こえたゴースポーの声にわざと聞こえなかったふりで聞き返したレガードに、ゴースポーは首を横に降ってごまかす。聞こえてるぞと冷たい目を向けるレガードを無視するようにゴースポーが口を開いた。
「報酬か、治療に対する報酬であれば妥当な金額を払おう。それは冒険者ギルドへ――」
「私が求めるのは我が師エヴラールとの約定を履行。30年前、未遂行のまま終わった約定を」
「……貴様、約定の中身を知っての発言だろうな」
「はい、私は師より伺っております。紫水晶ダンジョン大暴走時に現れた最奥に住む魔物、フェンリルの魔石を頂戴したい」
「我が家の秘宝を!?」
領主息子が驚愕の声を上げる。当主とその息子、そしてシャウラ、年配の者達がその名前に反応していた。その姿をしっかりとレガードは目に焼き付ける。シャウラは一人表情を変え、私が言うのではなかったのかというのを露骨に表していた。
本当は彼女にこれを達成してもらうつもりだった。しかし、行うにはシャウラが秘宝について知っているという周りへのアピールが必要になるのだ。これでシャウラが言及する段になっても、違和感は少なくなる。
「それは渡せぬ」
「なぜでしょう。エヴラールはスタンピードを救うために報酬として魔石をもらうと契約したはずです」
「そうだ、そうだとも! あいつはな!! 当時の次期当主の私の目の前に立って脅迫と変わらぬそれを約束させた。そんなもの誰が守る!?」
「あなたは命よりもたかが魔石のほうが」
「あれは、ただの魔石などではない!!!」
ゴースポーが立ち上がり、怒りの形相でレガードを睨んでいた。
「あれは、あれがあればダンジョンの魔物が」
「……ああ、正しく、正しく利己的な使い方をしているのか」
「貴様、知っているのか。あの白い魔石の」
「父様!」
「……なんだいシャウラ、今はシャウラの治療の報酬の話だが、シャウラは気にしなくても良い」
「父様、彼は私を治療してくれたのです。あれほど私のことを悲しんでくださった父様がお嫌になるのでしたら、どうして私をお見捨てにならなかったのですか。このような、このような父様の姿を見ると私は物より父様にとって価値が無いのでしょうか」
シャウラが立ち上がって、ゴースポーの手を取る。ベッドの上では解かれていた長い赤い髪は今ハーフアップの形になって整った顔立ちを誰に恥じることもなく晒し、その美しい姿を際立たせている。
そんな娘の姿に父親として本当にホッとしているのか、彼女のほっそりとした手をゴースポーは握り返した。
「ただの物ではないのだ。あの魔石の有無で、もしもの時、そして騎士たちがダンジョン内へ向かう際の危険度が変わるのだ。だから、簡単に手放せるものではない。決してシャウラの価値の高低の話はしていないのだよ」
「父様、私は! 私は父様を信じています。私の治療のために懸命に動いてくださった父様が」
「シャウラ! 貴様、何のつもりだ。どうせもうしばらくもせず第三王子の元へ行くのだ。我が家のことに口を出すんじゃない!」
「ゴーダン! なんだその物言いは! シャウラは王国の未来を支えるお方と我が家の縁を強くするのだぞ。それにも関わらず! お前の妹であろう!」
「父上!」
家族紛争が始まってしまった。自分を置き去りにした口論があまりにも不毛で説得出来るだろうかなどという考えも霧散してしまう。やはり履行は無理か、そんな気持ちでレガードの諦めは膨れ上がっていた。
エヴラールが迷宮都市スピアーノのスタンピードの話をすれば、いつもゴースポーへの擁護があった。
逃げ出した当時の領主は辞任となり幽閉された。辺境の地であるため別家をあてがうのも面倒ということで、前線に残って勇敢に戦い押し返したと語られた息子がなんとか首をつないだ家だ。
そして、幽閉されたその前当主は3年後にゴースポーが直々に命じることで服毒自殺による死亡。それを命じさせるのに至ってしまったことを振り返り、自身の行動がそんなことにつながると思っていなかったからだと、エヴラールは深いシワの奥に後悔を滲ませて語った。
レガードはどうするか悩んで口を開くのを迷った瞬間、壁に並んでいた男の錬金術師と思われる人間が口を開いた。その錬金術師は隣に立つ医師とは違い、両手に革の手袋をつけておりその手を人の目を引くように大仰に振った。
「領主様、その冒険者レガードというものは本当に治療したのでしょうか」
この作品の書き出すイメージで一番にあった吹雪の出会い、吹雪に関わるシーンについて他サイトにて音楽のリクエストをしてみました。
直接飛べずお手間おかけし申し訳ありませんが、よろしければお聞きいただいて楽しんでいただけますと嬉しく幸いです。
https://twitter.com/akasimasuzu/status/1411688123176669189
毎日更新していきます。
次話は明日18時更新予定です。お読みいただきありがとうございます。




