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26前 戻ること能わず


 曇天が徐々に広がりだした空から差し込む朝の光が窓を通してシャウラの私室を徐々に明るくしていく。明け方、昨晩早く眠りに落ちたシャウラは早くに目がさめベッドから体を起こす。空模様と異なり晩秋の朝は締め切られた部屋の中を心地よいさっぱりとした空気が支配している。

 常ならば目覚めた際にはすぐに鎮痛のための薬を探すタイミングだが、探そうとして自身の体を今まで襲っていた痛みが無いことに気がついた。


 驚いて彼女は自身の手を見る。いつもならばすぐに長い袖と服で隠していた左腕と手には今、布がかかっていない。細いしなやかな指の右手と変わりない左手が目の前にあり、それを自身のものであると確かめるように彼女は何度も手をにぎるのと開くのを繰り返した。

 ゆっくりとベッドから降りて、部屋の中にある鏡を覗き込む。うっすらと僅かに傷のような痕があった。しかし、それを悲しむ以上に、黒く侵食していた痣が顔から消えていたことに喜びがあった。


 涙がどんどん溢れて頬をつたい服の上へと落ちていく。とめどなく溢れたその涙を止められず、彼女はしばらく声を出さぬように懸命に抑えて泣き続けた。

 1時間程度泣き続けた彼女はようやく平静を取り戻して、もう一度自身の体に問題がないこと確認する。自分が見落とした物でまた両親を苦しめることにならないためだ。何度も自身の顔や耳、特にひどく黒ずんでいた左手など見比べる。本当に顔にわずかに残った痕を除けば、もう彼女自身を苛んだ黒い痣が消えていることをはっきりと自覚できた。


(父様母様に治りましたとご報告しないと! そうだ、これは?)


 両親に治ったと話そうという気持ちが出て来る中で、彼女は自身の首に黒を基調にして青い糸が模様を作るチョーカーが自身の首に巻かれていることに気づいた。こんなアクセサリーを持っていた覚えが無かった。自身の赤い髪とはあまり合いそうに無いチョーカーを外そうと手を伸ばして、それがぴったりと肌に吸い付くようについており彼女の爪でさえ肌とそのチョーカーの境を当てられずにいた。

 カリカリと何度もひっかくように触るが、それはもう取り外すことができないと彼女へ示すように部屋の中に入り込んだ陽の光を浴びた。


『白銀の眠りが二人を別つまで』


 眠る前のことが思い起こされた。首に添えられた男性の手は決して自分を許しはしないと告げるように握られたことも覚えている。ざわざわと首筋から這い寄るように彼女の心が急かされるように締め付けられた。

 先程まであって病が治ったことへの嬉しさや父親母親への報告、そして仲の良い友人たちへまた遊ぼうという気持ちよりも首に存在するチョーカーが逃げるなと蝕むように彼女を責め立てていた。


「ああ、もうあの頃の私にはなれないのね」


 ◇


 どれほど時間が経っただろう。起きて扉を叩いても食事さえも出してこないことに諦めて、レガードとフィーは魔法袋から取り出した軽食を食べて誰かが部屋にやってくるの待っていた。狭い部屋の中のため、レガードたちはベッドの上しか座れるところがない。ベッドの上でレガードに寄り添うようにフィーが座って、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


「遅いな」

「早く解放されたいですね、主様」

「そうだね。……クレマリーもさすがに治療の必要がなくなったんだし解放されるだろう。フィー、ちゃんとクレマリーと話すんだよ」

「……私は怖いです。ちゃんと話せるでしょうか。主様は、その」


 言いよどんだフィーの言葉を待ったが、背中を押す必要がありそうだった。レガードはそっと彼女の背中に腕を回して支えるように振れる。フィーがぴくりと体を震わせたから、口を開いた。


「主様は後悔していませんか、クレマリーさんを治したことを」

「僕が? どうして」

「……デュドールさんに捕まる時にそんなことを言っていましたので」

「ああ」

「はい」


 森を出た直後のデュドールとのやり取りだ。レガードがその時を振り返れば、たしかにあの時クレマリーを助けたことを後悔した。そして、助けなかったことを考えても後悔したのだ。フィーに関わることだ。言えるわけがなくて、レガードは苦笑いで少しだけごまかした。


「後悔はするよ。誰だってそうだと思う。善意で助けた相手から知られたくないことを巡り巡って語られ、面倒事に巻き込まれる形で知られてしまった。あまつさえ残った薬の1本も使うことになってしまったんだからさ」

「申し訳――」

「そして、もしも治療できなかったら僕らはどんな目に合わされるかわからなかった。だから、そんなたくさんのことを考えて後悔するのは誰だって当然なんだ」

「当然、ですか?」

「そうだよ。今は後悔してないよ、ホッとしている。シャウラの治療はできた。契約は結んだ。これで紫水晶のピースは揃う。最初のピースだ」

「え、主様? それはどういう?」

「だから、クレマリーとちゃんと話して納得してほしい」

「主様、どうして、ですか?」

(そうか、まだしっかりと伝えていなかった。昨日はすぐに眠ってしまったし)


 フィーの瞳を覗き込んで、しっかりと彼女に言い含めるように彼は言葉を発する。


「1週間以内に次の街、王都へ向かうために出発しよう。だから、クレマリーとは会えなくなる」

「え?」


 フィーが口を開く前に騎士が乱雑に鍵と扉を開けて付いて来いと命令したため、結局フィーはレガードへ尋ねることも反対することさえ何も出来なかった。目の前を進む廊下は針が進むように彼女を急かした。レガードへの反対など口に出来ず、唐突に突きつけられた残りをどうすべきか彼女は悩まざるを得なかった。

話数管理をミスしましたので前編です。次話は19時更新予定です。

お読みいただきありがとうございます。

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