22 黒真と白偽
投稿遅れてしまい申し訳有りません。
森を出た直後に騎士に拘束されてから丸一日立った晩秋の夕暮れ、レガードたちは街を囲む城壁に作られた門を通過していた。晩の時間を告げる教会の鐘の音が町中に響き渡る。
ガタガタと車輪が街道の上を走り、家路を急ぐ人々を押しのけて領主の館へ向かい進んでいた。
なんだなんだと顔を見せるものもいれば、かかわり合いにならないように顔をそむけて距離を取る人間もたくさんいる。
粗末な荷台の上で体をギシギシと痛めながらそんな光景を見ているレガードとフィーの口には猿ぐつわがつけられ手には縄で自由を妨げられていた。フィーだけはフードを目深にかぶることを許され、野次馬根性の高い人間の目に止まるのはレガードの顔だけだ。
それだけは良いことだとホッとした。
結局、拘束されて以降は最低限の食事だけで、あたかも犯罪人のような扱いをされる事情の説明を少しもされることはなかった。
猿ぐつわも最初はされていなかった。フィーがクレマリーについて何度も尋ねるので、諦めるように着けられた。
(どうなるかな。三女を治療せよと言われたけれど、現状僕の持つ薬の在庫は1つ。この街に薬の伝手は無い。仮に2人目が居た時、僕らはどうなるだろう)
疲労の濃い馬のいななきが発せられて、ゆっくりと移動速度が落ちていく。迷宮都市スピアーノの中心地とも言える領主館がどんどんと近づいていた。
行政区、行政区、商業区、深い堀が間に挟まり下層区、迷宮区と区分けされており、行政区へ行くほど街の奥になる。迷宮区はダンジョンの入り口があり、かつ城壁に面した外に最も近い場所だ。
領主館も塀に囲まれており、正面入口に馬車が付けられる。常ならば見ることもないほど領主に雇われる騎士や、その下の兵士たちが揃い物々しい雰囲気を作っていた。
「ついてこい!」
ギシギシと言いそうなほど痛む体にムチを打って、レガードは荷馬車から降りて歩き出す。フィーが降りる時にわずかにふらついたのを支えたが、それさえ今のピリピリした騎士たちには危険行動と目に余るのか、即座に離された。
広々とした領主館の廊下を歩いて、結局拘束具を外されぬまま館で比べると貧相な応接室へ通され、地面へと膝をついて座らされ頭を下げさせられる。通される場所よりも、すでにそこに貴族である領主が座っていたことにレガードは驚かされた。
通常であれば、下々の者が待つものだからだ。
「お前が黒い痣の病を治せるものか」
老いというにはまだ早い、しかししわがれた男の声がレガードの頭の上に落ちてくる。この段でレガードは頷くことも首を横に振ることもしなかった。ただ静かに頭を下げ続けるだけだ。
領主はそんな姿に苛立ったのか、騎士たちに命じて彼の猿ぐつわを外させた。レガードが反応しないのは拘束のせいだと思ったらしい。
「もう一度聞こう、お前が黒い痣の病を治せるものか」
「たった一人だけであれば可能かもしれません」
「一人、だと? すでに錬金術師を一人治したのであろう」
「今、私の持つ薬は最後の一つでございます。また、症状が進みすぎていればどうしようもできません」
領主の苛立ちを、指先がテーブルを叩くことで現していた。
「とりあえず診ろ。治せるかだけ言え。治せないのであれば治せるものを教えろ」
「承知いたしました。しかし、私が無理であればもはや治せるものはおりません」
「なにゆえだ!」
領主の怒りの声が頭を下げたままの彼の背中を刺す。しかし、レガードは揺らぐこと無くただ淡々と告げた。
「知識を持ちし我が師、エヴラールの一族は滅びたゆえ」
「エヴラール……エヴラールだと。あいつが、師? お前、あいつの、お前はあいつの弟子というのか」
ぷるぷると激情を懸命に抑えるような声がレガードに向けられ、レガードは肯定した。エヴラールと迷宮都市スピアーノ領主、ゴースポー・スピアーノと確執があるのをレガードは師から聞いていたため知っていた。
紫水晶ダンジョンのスタンピード発生時、当時の領主は鎮圧が確認される数刻前に迷宮都市より脱出。騎士と兵士の壊滅の情報が広まれば逃げもするだろう。しかし、スタンピードは一人の男の加勢と当時騎士団長デュドールを中心にした騎士の生き残りにより平定された。その結果、逃亡した領主は息子へ家督を譲り幽閉。3年後に病という名目で死亡した。
毒を飲むことを命じたのは現在も当主を続投している、ゴースポー本人だった。葬儀はひっそりと行われ、未だ市民においてはいつ前当主が死んだのか知らぬ者も多い。
「ふ、ふふふ、エヴラールがまだ生きていたとはな」
「師の行方は私も5年前が最後で以後は知りません」
「5年前はまだ生きていたのか! 生き意地汚いことだな! さすが白偽剣のエヴラールだ」
この大陸の宗教、サウレゼリカ教において、「黒真と白偽」という言葉がある。これは、真実を黒きが説き、虚実を白きが囁くという言葉で、この根底は神話の黒龍と白鳥から作られたものになる。
そして、大陸で広く使われる武器の刃で最も品質が高いものは、大陸中央に座し大陸を分断する形で存在する黒天山脈サウレザーナの鉱脈より取れる魔黒鋼と呼ばれるものだ。そのため、格式が高い人間の持つ装備やミスリル以上の品質の装備を求める場合は、漆黒の刃で作られることが至高であるとされていた。
対して、エヴラールが担ぐ大剣はくすみが一切ない純白のものであり、大陸では忌避される色であった。
その大剣が白かったことと、エヴラールの日々の態度が悪かったと吹聴された結果、元々あった白偽に剣をくっつけ、白偽剣という二つ名でエヴラールと呼ばれるようになった。
エヴラールがそう呼ばれるようになり、それは誰の手かあっという間に広まった。冒険者界隈では白偽剣は虚実をうそぶく剣士がよく言われる二つ名となってしまい、その二つ名が広まった冒険者は多くの街で毛嫌いされることになった。
「デュドール! 貴様、こやつがエヴラールと縁の者であると知っておったな!?」
「いいえ、知りませんでした」
「おい、お前、それは真実か!?」
デュドールの傍に控えていた騎士へゴースポーがそう尋ねれば、その騎士もレガードとデュドールの関係を聞いたことはないとまっすぐ答えた。レガードは脱線し続ける話を戻すために、声を上げる。
「病の持つ人の元へご案内いただきたい。治せるか確認させていただきます」
「……お前、どうせ治らないと言うつもりであろう!? 俺が何をしたかあの白痴から聞かされているのであろうからな!」
「領主様、私は師から何一つそのような話を伺ってはおりません」
嘘だ。しかし、レガードはよどみなくそう言葉を吐いた。結局、いくつかの罵倒を繰り返し領主ゴースポーが満足するまでレガードは聞き続けた。レガードは魔法袋をごまかしたかばんを受け取り、その中のさらに隠しポケットの中にあった瓶を取り出すふりをして魔法袋から薬を取り出す。フィーは人質代わりか応接室に残され、レガードと別れることとなる。
泣きそうな、いやすでにいっぱいいっぱいで声を上げぬようにフィーが泣いた後がその頬や首に見えたレガードは、わずかに許された時間で優しく彼女撫でて、落ち着かせた。あえてクレマリーの話をレガードからは領主へ聞き出すような動きはしなかった。
もしもの時、フィーがどちらに振れるかわからなかったからだ。
執事に先導され騎士に警戒される中、廊下を進み件の部屋へと通される。
その部屋は宵の帳が落ちた中で、しっとりとした魔灯の輝きに満たされていた。広々とした部屋の中に置かれた家具などは質素なもので、通常使用する彼女の部屋でない事がレガードでも一目で見て取れた。貴族のご令嬢であれば見栄えの良い家具があって当然だからだ。
薬臭さが充満する部屋に置かれたベッドに近づけば、人が近づくことを嫌がるようにフードとベールで顔を隠した少女が起き上がって身動ぎした。騎士と執事は扉の近くから動こうともせず、少女が常日頃彼らを近づけないようにしているようだ。
レガードだけがほんの数メートル分、彼女へ近づく。
「何者です」
「痛みで動けないと思いましたが。それは貴族としてのプライドですか」
「私は何者ですと聞いたのです」
彼女へ彼は道化のように答えた。そのレガードの表情を見ることができたのは目の前の少女だけだった。
清潔とは全く言えぬ、たまに街中を巡った時に見かけた冒険者と言われるような人々と同じみすぼらしさのある服。善意と言えず、しかして悪意は見せず、冷たい笑顔が彼女の瞳には映っていた。
「この街であなたを治せる唯一の人間です」
毎日更新していきます。
次話は明日18時更新予定です。お読みいただきありがとうございます。




