18 北東の森①
森へ入った1日目でウォータードラゴンの群れにあたったのは森の奥にある泉まであと半日といったところだった。まもなく日も沈みそうな時間が近づいてきており、野営の必要があるためどこか木が少ない場所を探そうとしたところで真っ先にフィーが反応して、続いてグリフォンのメドリアが氷柱を生成して身構えた。
「主様、おそらくはぐれの1匹です」
「はぐれか。群れでなければここで戦えるかな」
レガードも槍を構えて、少しでも見晴らしを良くしようと近くの背の高い藪を槍で切り払う。そこへ飛び出してきた青緑色をした首長竜を思わせる魔獣が先手必勝とばかりに口を開けてた。
3発、ウォーターボールが口を起点に発射される。そこへメドリアが生成していた氷柱がぶつかって弾ける。
「フィー、魔法はメドリア優先。僕らは牽制と切りつけ」
「はいっ!」
木々の隙間を縫って走る槍の刃がウォータードラゴンの前足をかる。素早い動きで足が飛び跳ね槍が虚空を斬るが、フィーが小柄な体のバネを生かして急接近し、槍を避ける動作をしたことでウォータードラゴンがとっさに動かせない逆足をミスリルのダガーで切りつけた。
しかし、彼女の一撃は思ったように滑らず、鱗を深く傷つけることはできなかった。浅い傷だけが撫でられる。節約のため彼女自身の身体強化が余ったことを反省してもう一方の短剣をぶつけた。
ざっくりと逆足にミスリルの短剣が食い込み、それを素早く切り払う。痛みに怒る声を上げた。ウォータードラゴンの足を使った動きが鈍る。
「思ったよりも硬い、です」
「レベルが僕らが考えているよりも高いのかもしれない。でも、魔力は節約気味で!」
「了解しました!」
怒るように長い首を振るウォータードラゴンに向かって、叩きつけるようにレガードが槍の刃をぶつけた。ミスリルの刃はしっかりと首を打ち据え、その鱗に負けずに断ち切ることはできずとも勢いを弾くことはできた。
ウォータードラゴンの首と槍の刃がぶつかり合って反対方向へ流される。メドリアの氷柱がそこへ追撃をかけ、さらに身体強化の魔力を高めたフィーの一撃が氷柱に続いてウォータードラゴンの鱗の下、延髄部分を斬り裂く。血が飛び散り草を濡らした。
「GYAAAAAAA」
氷柱の痛みで叫んだ直後、フィーに切り裂かれたことで声は消え、ウォータードラゴンの首がうなだれ体が地面へと倒れ込んだ。
レガードの想像よりも手間がかかった。
フィーが手早く獲物回収用のバッグ型の魔法袋に死骸を回収する。解体はもっと安全な場所へ移動できてからだろう。現状手持ちにある魔法袋であれば3ヶ月ぐらいの保存は余裕でもつ。
本来はこのような高級品を銅や銀級の冒険者が持つことは出来ない。彼が持っているのは譲りものと拾いものだ。
先程のウォータードラゴンに弾かれた感触を確かめるようにレガードは数回、身体強化の魔力を強めて槍を振った。
冒険者になるような者は全員魔力を使った身体強化を身につける。ダンジョンを通いレベルが上がると身体強化を行う魔力量を増やすことが出来るようになり、どんどんと体が強くなるのだ。
通常日常生活に悪影響がない程度の身体強化を行っている程度だが、それでも一般人よりも冒険者の体は丈夫で力強くなる。そしていざ戦闘のときには体内の魔力使用を増やして戦うことになる。
魔法主体で戦う場合は身体強化の強度を下げて魔法発動に魔力を回すこととなり、レベルが低かったり魔力量がそもそも低ければ身体強化をほぼ切った状態で魔法を使う必要があるなど、後衛職として危機に合わぬように立ち回る難しさがある。
そして、レガードのように“別の魔法や魔術”で魔力を使う場合は、前衛で戦闘するにしてもかなりの魔力量が必要になってしまう。
「身体強化の魔力は多めの方が良いかな」
「あの、私は余裕がありますが、主様は大丈夫ですか?」
「うん? 大丈夫だよ。どうして?」
「あの、主様がどれほど魔力を使えるのか、そういえば私知らなくて……私も魔力をどれほど使えるか主様にお伝えしてないなと」
「……あー、そうだったね。フィーはエルフだから、魔力量が違うから余裕なんだろう。潜ったところもゴブコボダンジョンだし、なんとなく行けるから大丈夫って状態だったから相談足りなかったかもしれない」
「大体レベルで伝えてもらえれば冒険者ギルドなどで今まで調べて学んできたので、主様がどれぐらいの強さや立ち回りが出来るのかわかります」
「うん、本当にフィーは優秀だね。その魔術紋と宝石にも魔力が回っているのに、戦闘で止まることがないし」
「……あの、私はその」
(彼女は特別だ。魔力量も知識も。10歳でエルフの里を追い出されたにも関わらず、ソロで冒険者が出来るぐらいだから)
レガードはごまかすようにフィーの頭を優しい手付きでなでて、メドリアに声をかけた。フィーに索敵をお願いして野営が出来る場所を探せば、少し歩いた先にあった木が倒れて空が広がった場所を見つける。
「ここが一番でしょうか」
「そうだね。メドリア、朝まで護衛をよろしく」
「きゅきゅー」
問題ないと言うようにメドリアが可愛らしい鳴き声を上げる。テントを手早く設置し中を覗き込めば2人が眠ってもスペースに余裕があるテントが準備できた。
それぞれ寝袋も置いて、魔法袋に入れてある料理店で購入しておいた弁当を手早く食べる。その間ずっとフィーがレガードを伺っていたのを理解していた。
夜の帳が降りた外にでれば、青い羽毛を持つメドリアが倒木の上に行儀よく腰掛けていた。
その傍の別の倒木へ、フィーとレガードは並んで座る。
空を見上げれば、2つの月と、月光に負けない輝きを持った星が天を埋め尽くしていた。
「主様、私は色んなことを聞きたいです。でも、それを聞いて良いのか。嫌われないか、私は、怖いです」
怯えた瞳を持った彼女はそう告げた。月の光を吸い込んだ白銀の髪が夜の秋風にゆれ、月を写した翠色の瞳が不安を湛えていた。端正な顔立ちに、桜色の唇はきゅっと緊張で噛み締められている。
レガードのレベルのこと、メドリアを呼び出した魔法のこと、クレマリーを治療した魔法のこと、たくさん話すべきことがあり。そして、それはまだ彼女との関係を考えれば話すには早すぎると考えていた。けれど、早すぎるのは、彼の気持ちも未だ完全に整理できていないということもある。
結局今もレガードはあの吹雪の日から、目の前に発生する様々な事象に対して場当たり的に解決している状態だ。もしも、自分がもっと計画的なら、もう少し早く師より与えられた計画に対して行動を開始していただろうと彼自身考えてしまう。
レガードは腰を浮かして少しだけ離していた体を動かして座る位置を近づける。互いの体温が布越しに伝わる距離に近づけば、頬をわずかに赤く染めたフィーの顔がはっとしてレガードをまっすぐ見据えた。
フィーの頬に手を置いて、レガードはその瞳を見据えて口を開いた。こんなことを言って笑わないだろうか、そんな不安が鎌首をもたげて彼を苛んだ。
「僕はね、世界を救いたいんだ」
彼女は最初、ぼんやりとして困った顔して口を閉ざした。彼はフィーが何かを口にする前に、そのまま強く彼女を抱きしめた。何も言ってほしくないと態度で彼が示したことで、いきなりのことで逃げようとしたフィーの体も、すぐに腕は力をなくして素直にレガードの肩に華奢な手を置いた。
レガードのバングルとフィーの指輪にある青い宝石から渦巻く魔力が互いを絡みつくように細い糸となって踊る。縛り付けるように拡大していく。
エルフとのキスは甘い花の香がすると言われているらしい。
レガードは目をつむるフィーの顔を見ながら、怯えから逃げるようにそんな下らないことを心のなかで呟いて、彼女の額にキスをした
◇
『北天の頂きにて佇みし白銀の羽毛を持つ巨鳥。遍く広がる銀世界から飛び立つモノを見し。
巨鳥は告げる。「人の願いは叶えし」
されど古龍と共に訪ねし人曰く「かの世界続けば人滅びゆき」
鳥は静かに目を閉じ「なればそれも運命と思えば」
人を連れし黒き古龍曰く「我は人を守りしモノ。盟約に従い汝を討滅す」
白き巨鳥は目を開けず「なればそれも運命と思えば」』
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