15 領主娘の病
閑散とした冒険者ギルドで邪魔な素材を安値で売却する。めったにドロップと言おうとも所詮ゴブリン素材のため、彼らに入ってくるのは微々たる金額だ。受付をした中年の男性職員についても、フィーという冒険者がなぜわざわざあのダンジョンを? という具合の目を向けていた。
しかし、魔石を大量に納品すると受付職員も目の色をかえた。
「まだポーション事情が改善していないのであまり冒険者がダンジョンに行かないため、この大きさの魔石でも助かります。値上げはできないですが……」
「値段は気にしないです。ポーション事情はまだ解決しないんですか」
「領主様が止めておられるのです。治療のためと。領主様から冒険者ギルドに何度もヒーラーや錬金、薬師等呼び出すように指名を受けますよ。呼び出されて行ったらまるで犯罪者のように騎士に捕まっていったと」
「それは物騒ですね……。どうしてそんなことに」
「隠してるわけじゃなくて大きな声では話せないですが、どうにも領主のご家族が奇病にかかったと」
「奇病、ですか?」
そんな危険な病気があるならば、感染などするようならこの街を一時的に離れるべきかもしれない。紫水晶ダンジョン自体はかなり安定して稼げるダンジョンだった。そしてその周辺はほどよい強さの魔物が多いため、魔物の素材集めもしやすい場所なため稼げる金額がかわってしまう。
その場合にかかる移動先や移動費用を頭の中で考えつつ職員の言葉に耳を傾ける。
「ええ、体の一部に黒いアザが広がって痛みを伴うとか」
ピクリとフィーが外套で隠された体を震わせた。小さな反応だったためフードで隠れたフィーの態度に職員は気づくことはない。
(これは顔を出すつもりだったけど、面倒事につながりそうだ)
デュドールに顔を出すつもりだったが、藪蛇となりそうな事態にレガードは顔を出す約束を後回しにしようと決める。自分は何も知らないという立場にするのが重要だ。彼自身が広げられる手の範囲は実際に狭い。
レガードは何も知らない風を装って、不思議そうな顔をして職員の話を聞いた。
「そんな病気は聞いたことがないですね」
「ええ、領主様直々に冒険者ギルドの過去資料と図書館自体にも過去の文献を当たって探せという命令が来ていましてね」
「奇病ってことはまだ何もわかってない状態ですか。感染などするのですか?」
「それもわかりません。しかし、聞いた話では奇病にかかってから屋敷の者に感染したのが見つからないから、感染症ではなさそうだと考えていると」
「なるほど、感染症だったらすぐ逃げましたね」
「ははは、勘弁してくださいよ。迷宮があるのに冒険者がいない都市とか恐ろしいです。私のような職員は逃げられませんからね」
「冗談ですよ。田舎から出てきてずっとここで活動してるんです。今更他のところへなんて気軽にいけませんよ」
「レガードさんも長いですもんね」
言葉の裏にでも銅級ですがという文言が存在する気がして、レガードは内心でため息を付いた。
パーティーは銀級だった。しかし、ボス討伐などにおいて“貢献していなかった”ことになっていたレガードの冒険者ランクは銅級になれただけで十分なものだ。実際に追放されたパーティーのヤック、ルドッカ、エルミ、ヴィルヘは銀級となっている。
冒険者ギルドへの報告書の下地はレガードが作成し、それをエルミかヴィルヘが手直してヤックがリーダーとして提出する。レガードの手から離れた瞬間に、報告書上からレガードの参加内容はサポートとして参加したに書き換わるのだ。
報告による判定といういびつな冒険者ランク制度だ。それを逆手に取ってランクが上がりすぎないようにしているものもいる。金級ともなれば凶悪な魔物への討伐に数合わせとして呼び出される可能性があがるからだ。主軸はミスリル級、その補助に金級という構成になる。
割にあわないと参加を断りたいが、義務としての拘束力は想像よりも強いためベテランの金級の愚痴を聞く冒険者たちは多い。
気持ちを切り替えるためにレガードから話題を変える。
「周辺の魔物狩りで依頼はありますか?」
「ダンジョンの方が助かるのですが」
「しばらく潜っていたので素材集めもかねて」
「残念です。うーん、そうですね。銅級では厳しくなる相手ですが、高位のポーション用素材のために北の森奥にあるルソラ草と、ウォータードラゴンという魔物の牙集めですね。ドラゴンと呼ばれていますが、大きさは子供の身長程度でそれほど強い魔物ではありません。銀級レベルなら余裕という感じでしょうか。期日は今日から7日以内です」
「なるほど」
職員からの提示情報について少々考えてから、レガードは依頼の受注処理をしてもらう。フィーが不安げに彼の袖を掴んだ。通常考えれば森の奥で数日滞在するような依頼だ。エルフで森であれば木の上で休みが取れるようなフィーだけならまだしも、レガードがいれば厳しいと思ったのだろう。
レガードは心配ないとフィーに答えて、依頼票を受け取った。
以前の宿はダンジョンに潜る前に引き上げており、格は落ちるがこじんまりとしつつも落ち着いた雰囲気の宿屋で部屋を取る。併設の食堂は宿主の家族が兼務しており、料理店とは違い庶民的な味がした。
それらを食べて満足し、夕食も取り終え部屋の中で眠る前までの時間を過ごしているとフィーが声をかけた。
「主様、大丈夫、でしょうか。北の森のしかも奥まで行くということになれば。ダンジョンは魔物が近づかない安全地帯がありますから、大丈夫でした。でも、」
「大丈夫だ。……明日、人目のつかない森まで行ったら理由を見せるよ」
「……はい」
不安げに揺れるフィーを無理やり黙らせる形だ。
初めて出会ったあの時、命を助け自立するまでの生活を助力した恩で続けてきたこの関係も、これほどいびつな対応を繰り返せば終わってしまうかもしれない。
そうなったら、彼女はどこへ行くのか。
レガードはそんなことをぼんやりと考えながら見つめていると、彼女は恥ずかしそうに顔をそむけて服を一枚脱いだ。エルフからの血が入っているきめ細かな美しい肌に華奢な体つき。なだらかな曲線を描いた体を薄手の生地だけが目に訴えかけてくる。
「いや、そういうのとは違うよ」
「そ、そうでございますか」
そう彼女に求めているのはそんな関係性ではない。魔術は規模が大きいものを実行しようとすれば儀式としての手順が明確にされている。手順が重要だ。レガードが彼女に真に求めているのは彼への執着ではない。
『巨躯なる白き鳥が人を見下ろして曰く、汝、捧げるものを告げよ。人は青い宝玉を抱いて曰く、我が魂に変えても彼の悪しき獣を打倒さし給え』
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