14 行いは巡る
草原を主軸にした地形をしたゴブコボダンジョンで、ミスリル武器特有の青い刃の輝きが軌跡を描く。青空を模した天井から降り注ぐ魔光を写した刃がゴブリンの首と胴体を断ち切った。
「グギャギャ」
「グゲ」
主にゴブリンやたまにいる小グループのコボルトたちがなぎ倒されて断末魔を上げる。ミスリルの刃が問答無用になぎはらい、位階<レベル>差によって生み出される魔力は、身体強化を大幅に飛躍させて力であっさりと倒されていった。
階層の移動直前まで止まらず深層を駆け抜けていく。草原を踏み込む足裏の感触を確かめながら、体は振り回す槍にぶれることなく動き回る。
両手でダガーを持ったフィーが水魔法を使いながら目の前に現れた犬の頭をもち二足歩行をしているコボルトの首を刈り取った。
ダンジョン最奥まであと2層。4日ほどかけて進んでいるが、レガードの想像よりも順調に進んでおり、本来は6日ほどかけてじっくり進むダンジョン攻略の速度を上回っていた。本来はもっと凶悪化している想定だったのだ。
次の階層前の階段で一旦立ち止まりレガードはこれまでの流れを振り返る。
「おかしい、想定よりも……。いや、全く何も影響がない」
「主様?」
ぶつぶつと呟いて考え事をしているレガードにフィーは首をかしげた。
「フィー、これまでの魔物の中で体の一部でも変に染まっているゴブリンやコボルト、それが明らかに強すぎる魔物なんていなかったよね」
「はい、いつものゴブコボダンジョンだと思います。前回以外は全くこちらのダンジョンに来ていなかったのはありますが。主様はどうしてポーション等の補充が厳しいタイミングでこちらへ?」
「とりあえずもう少しだから、最奥へ行こう。ボスを倒せばすぐに転移石で地上へ戻れるからボスを倒す」
そうして全く冒険者たちが居ない残りの階層を好調に駆け抜けていく。やはりレガードは行く先々で首をかしげては、魔法袋に片付ける前に魔石を確認して眉をひそめた。
ゴブコボダンジョン最奥は区画が3つ存在しており、グループのコボルトが3度出現する区画。そして更に奥にホブゴブリンを中心として複数のゴブリンが出現する区画だ。
コボルトを倒し、ゴブリンを倒せば転移石の間までたどり着くことができる。
コボルト軍団をミスリルの刃に沈め、ホブゴブリンとソードゴブリン等で構成される区画へ足を踏み入れた。
レガードは鋭い目つきでわらわらと現れるゴブリンたちをにらみつけるように観察して、苛立ちを口にする。
向かってくるゴブリンたちへフィーは油断なくしかし緊張は少なめに水魔法で牽制を放ち、容易な接近を許さない。
「最奥にも全く何も影響がない? おかしい。どういうことだ」
「主様?」
「これはおかしい。クレマリーさんはまだ納得できる。どこかの馬鹿が黒真珠みたいなものだと、珍しい物と勘違いしてあれを手に入れて巡り巡ってアクセサリーにした。それだけだろう。でも、あのゴブリンがいたのにこのダンジョン最奥は影響がなにもない? ありえない」
苛立ちを刃に乗せるように槍を奮って、ゴブリンをなぎ倒していく。その姿は荒々しくフィーはこれまでのレガードの太刀筋とは異なる動きに戸惑いを浮かべた。
苛立ちのせいで突っ込みすぎ、ゴブリン集団の攻撃を避けきれず大きめの個体が振るった勢いと体重が乗った攻撃を籠手で受けることとなったレガードはその鈍器のような刃の剣を弾き飛ばす。武器を振り回す力に優先的に回しているゆえに、体の守りはそこまで強化はされない影響で打撲が出来ていた。ポーションを患部にかけることで打撲の痛みを消す。
被害はその程度のもので難なくゴブリンたちを倒しレガードは、フィーに顔を向ける。
最近のレガードの行動が予測不可能なことが多いフィーは、不安げな瞳をレガードへ向けた。レガードはフィーの頭に手をおきごまかすように撫でる。さらさらとした銀髪の感触がレガードの手のひら全体をくすぐった。
先程までのいらだちをごまかすようにレガードは笑みを浮かべる。
「まだ話すべきタイミングじゃない。機会が来たらちゃんと話すよ、フィー」
「はい、主様。申し訳ありません……」
そう話すべきときじゃない。心のなかでそうつぶやいてから彼はどうしてダンジョンがこうなっているのか考えていた。
転移石が輝く部屋で彼はもう一度、扉の向こうのダンジョンを振り返る。
「雪は降った。そうだ、それを考えればそもそもあのゴブリンが居たことがおかしい。逆にダンジョンが沈静化している今が正しい状態……。僕は何かに騙されたのか?」
◇
迷宮都市スピアーノ領主館は、慌ただしく人の出入りが繰り返され喧騒に包まれていた。特になんの成果もなければけとばすように錬金術師や薬師たちが館から追い出され、新たな人間があたかも騎士に無理やり連行されるかのように足早に連れ込まれる。
歓待されることもなく、同じことが日に何度も繰り返されていた。そんな態度をされれば、常でさえ粗暴な態度をするような冒険者たちは苛立ちを高める。特に冒険者として活動しながら錬金も行っているようなタイプの人間は、目減りしていく在庫とパーティー内の不満を受けることでことさら態度を硬化させた。
屋敷前や、追い出されるように外に出た冒険者たちが騎士たちの行動を大きな声をあげて抗議すれば、それを遠ざけようとする騎士たちとひと悶着を起こすなど、領主館の前とは思えぬ状態となっている。
夕暮れ、オレンジ色に染まった部屋の中で領主は執務机を殴りつけるように拳で叩いた。今日の報告も、進展は何も無しだった。もう娘が何日も痛みを訴えてベッドの上で横なって臥せっている。眠りも浅く、顔を合わせれば目の下にクマを作り憔悴したような姿を領主に見せた。
日頃はおしとやかにしなさいと領主が促すほど活動的な娘が、何もできずベッドに横になる姿は領主の心を傷ませ眠る時間を削っていた。
「まだ! まだ治癒方法は見つからないのか!? なぜだ。なぜ娘がこんなことにっ!」
「申し訳ありません。今、それまで声をかけていなかった薬師や錬金術師を呼びつけております」
「遠くから来る商人たちも何も知らぬと!?」
「はっ。この街一番の商会にも探りを入れてみましたが、やはりそのような症状の人間は見たことがないようです」
すでに領主の三女の体は黒いアザのようなものがいびつな形で膝まで広がっていた。熱を伴って痛みを訴える娘に冷たい水を与えることしかできない現状に、領主は苛立つ。冒険者ギルドからは不当な閉鎖を止めるようにギルドマスターが顔を出して文句を言いに来ることさえあった。
領主は窓の外に新たに連れてこられてくる人間の姿を見やる。また一人、騎士に引かれるように屋敷へ連れてこられていた。夕日が灰色のフードとローブをオレンジ色へ染め上げている。
「なんだあの者は? なぜこんな晴れた日にフードを目深にかぶっている」
毎日更新していきます。
次話は明日18時更新予定です。お読みいただきありがとうございます。




