13 クレマリー②
ただ彼女の泣きつかれて泣き終わるのをレガードは待った。フィーに命令するように待てと告げて。
部屋の中の影の形が外の日が移動することでいびつに変わる。居間で抵抗もできず泣きつかれて体を弛緩させた彼女は、どうしてと何度もつぶやいた。
レガードはそうして彼女の目の前に小さな貴重品箱を開いて見せた。それに触らないでとまた騒がしくなった彼女が黙るまで時間を置いて、彼は再度彼女へ尋ねた。
「これをどこから手に入れた」
「お母さんの。自分は付ける機会がもう無いかもしれないから、私に」
「いつどこで誰から手に入れた」
「わかんないよぉ。私、どうしてこんな目にあうのかわかんないよぉ」
「穢土(けがれつち)という言葉は」
「知らない知らない。私、わかんない」
「主様、どうしてこのようなことを」
「フィーも! どうして止めれくれなかったの。私、止めてって言ったのに。友達だと、友達だってそう思ってたのに」
フィーがひどく傷ついた顔をしてうつむいた。レガードは彼女の身につけているものを確認してから、貴重箱に入っていた物だけを魔法袋から取り出した真っ白な布で取り扱いに注意するようにくるむ。
さらに細い紐を取り出し布が解けないようにしっかりと結んだ。それを彼女へしっかり見せるように置いた。取り返そうとクレマリーは体を動かすが縛られていれば当然椅子をギシギシと痛ましく揺らすだけで何もできない。
「悪いけど、このブレスレットは捨てさせてもらう。他のアクセサリーも、だ。これで時間は伸びるだろう」
「お母さんが、お母さんがくれたものなの。お母さんが残してくれたものを取らないで」
「僕にはこれを没収することしかできない。これであなたの母親は死に、そして、あなたも死ぬからだ。ポーションは意味がない。どうして雪の日に外に出続けなかった。楽になったんだろう」
「雪の日、ギルドにポーション納品、しなくちゃお金、困る、から。それだけ終えて、つらいからすぐに家に帰って。なんなのわかんないよ」
店も持たないそして病魔に侵されてまともに動けない状態の日が多い女一人。薬草の束などが部屋にあったが、彼女の生活はレガードが想像しているより余裕はなく、ひたすら日銭を得るためだけの活動をしているのかもしれない。事実、先程の貴重品箱は箱の大きさに対して入っているものの数も少なく、価値がありそうなアクセサリー類はほぼない。ガラス玉のイミテーションのような物や安い金属を使っているせいで金属光も曇っている。彼女のかぶっているローブもほつれが見てとれた。
本来はポーションを取り扱える錬金のスキル持ちならば金銭を稼ぐのは余裕だ。冒険者ギルドに直接卸すのは安くなるため、稼げるパーティーの内向きの活動冒険者として参加し、ポーションを量産しておけばいい。
だが、そうなれば自由は減る。ダンジョンに潜るスケジュールに合わせてパーティーの希望に合わせたポーションの種類と個数を期日に間に合わせるために日夜作る生活が不定期に訪れる。また、信用できるパーティーへ参加する伝手も必要となる。病に侵された母親がいるのならば、数日朝から夜までずっと拘束されるような立場になどなれるはずもない。
またぐだぐだと泣き出した彼女を見下ろしていたレガードは、袖を掴まれたことでフィーに目を向けるとおずおずとフィーが口を開いた。
「主様、あの……クレマリーさんは友人、です。主様がどうしてこのようなことをしたかわかりませんが、助かるなら助けていただけないでしょうか」
苦しげにフィーが友人と言ったが、縛られ座らされているクレマリーはその言葉に反応し、涙をこぼしながらフィーへ疲労が濃い目を向けた。フィーの言葉にレガードが迷った表情を浮かべてしまえば、フィーはそれでさらに迷惑をかけたと思ったのか顔をうつむかせてしまう。
雪の日、追放されて外へ放り出された彼を悠然と出迎えた彼女はそこには居ない。
レガードはクレマリーへ向き直る。
「……僕はあなたの友人でも縁戚でもない」
「そうよ、だったら放っておいて」
「でも、あなたはフィーの友人だ」
「友達なんかじゃ――」「はい、主様。彼女は私の友人ですっ!!」
クレマリーの言葉は、フィーが発した声に遮られた。そして、レガードは魔法袋から鞘として使用している箱と本、そしてもう2本しか残っていない魔法薬を1本だけ取り出す。瓶の蓋が取り外されてレガードの手で箱の上に置かれた。
通常の回復ポーションは赤か濃い青や紫をしているがその液体はスカイブルーをしており外光を浴びてキラキラと輝いている。
体の魔力が練り上げられて、彼の体に刻まれた魔術紋が光を満たす。魔力が転換し、ゆっくりと部屋の湿度を冷やしていった。
レガードの手に置かれていた本が支えもなく宙へ浮かび上がり、青に輝く魔法陣が表と裏の紙に広がっていく。
暴風が上げる風の絶叫音が彼らのを鼓膜を震わせる中、かすかな鐘の音が隙間を満たした。
「『凍れ凍れ。
流れ落ちる滴は枯れし執着へと溶けた
こぼれ落ちる滴は喰みし妄執へと溶けた
風雲は旅人をさらいて称う。汝、眠りの山から吹き下ろす風
星霜は旅人をさらいて称う。汝、眠りの山から飛び立つ凍り
翼閉じた神は鐘声称う。落ちた羽を言祝ぐままに
さあ、ねむれ
此処が最果ての銀世界』」
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