12 クレマリー①
こじんまりとした迷宮都市にありがちなレンガ造りの3階建て集合住宅の最上階、木の扉がギシギシと嫌な音をたてて開いた。
そこに姿を表したのは、フードを目深にかぶった何者かだった。身長はレガードよりも頭一つ分小さい。女性かはたまた子供かもしれなかった。しかし、レガードにはマントとフードで全身を隠した人物の姿を見通すことはできなかった。
「フィー、久しぶり。そちらは誰?」
「クレマリーさん、こんにちは。こちらは私の主様でレガード様です」
「レガードです。銅級冒険者をやっていてフィーのパーティメンバーです」
「あなたが、そうか。良いよ、フィーと一緒に入りなよ」
声で女性とわかったが、彼女はフードを取る気配を見せなかった。訳ありか。そう考えて、レガードは何も問わずに彼女の誘導に従って部屋の中へ足を踏み入れる。
応接代わりか居間に通されるまでの間に存在した扉が開けっ放しになった部屋の中には乾燥された薬草の束が見て取れた。
居間にあったテーブルと椅子に向かい合う形で座る。フィーは礼儀かフードを取り顔を晒した。しかし、目の前のクレマリーはフードを外さず口を開いた。
「フィーは久しぶり。1ヶ月ぐらい?」
「そうですね。最近は薬草取りをあまり受けられずすみません。冒険者ギルドの依頼はなるべくこなしていたのですが、吹雪のあった日から今は主様と常に一緒にクエストをこなしているんです」
「ふふ、気にしなくていいよ。それにしても、あの吹雪ね。生まれてからこの時節に雪が降るなんて経験して無くびっくりしたよ。私の家は薪に余裕があるから問題なかったけどね、ケホッ」
「悪化しているのですか?」
ちらりとフードの奥からレガードへ探るような視線が送られたが、すぐにフィーへ戻されるのがレガードにもわかった。わずかに喉を整えるように咳をしてから、彼女は首を横に振った。フードが彼女の動きに合わせて揺れる。
「……あの雪の日からどうしてかかなりマシになったんだよ。外でこのマント越しとはいえかなり雪を体に受けちゃって風邪を引くかと思ったんだけどね。吹雪の前日には動くのも辛かったから、どうして――。いやっ!」
「主様!」
「今すぐフードを取ってください」
椅子から勢いよく立ち上がったレガードが彼女のフードとマントのそれぞれに手をかけて、しかし掴んだだけで止める。フィーが驚愕の表情をして、どうすればいいか迷うように止まっていた。目の前の女性は嫌がるように必死に両の手でフードを守る。
その手を見てレガードは目を細めた。強く鋭い声がレガードの口から発せられる。
「その痣がどこから始まって、いつからだ!?」
「見ないでっ」
「主様、おやめくださいっ!!」
「フィー知っていること言え! これはお願いじゃない、命令だ」
「フィー、この人を止めて! やめて!」
「クレマリーさんごめんなさい……。主様、だから。左手首からと聞いてます。2ヶ月前から」
「どうしてフィー。やめて」
「どこに相談した!? 何を飲んだ。……いや、違う。お前、何を研究している」
彼は目の前の女性のフードを無理やり取り払う。男の腕力に勝てるわけもなく、彼女の顔が窓から差し込む光にあらわになる。長い髪は一部元の色とは違う黒に染まっており、彼女の顔には首から左頬近くまで黒い痣のようなものが広がっていた。
必死に両の手で顔を隠すクレマリーが逃げるのを彼女の肩を両の手で押さえることで妨害し、彼は冷たい声で尋ねた。
「やめて! 見ないで!」
「言え! 何を研究している!」
「ただの、ただの回復ポーションです! 研究じゃないです。作ってるだけです、本のレシピどおり」
「ならそれが左手首にあらわれた頃に何に触れた!? 逃げるな。こっちを見ろ! 答えろ!」
「お、おぼえ、おぼえてない。フィー、止めて。見ないで」
「フィー! この家にいるのはこいつだけか!?」
「あ、主様。フードを。クレマリーさんが嫌がって」
「そうじゃない! 言え!」
「お母上がいらっしゃると」
「クレマリー! 母親はどこだ!? 母親も一緒の症状があるのか!?」
「お、お母さんは。どうして今更そんなこと聞くの!? もういないのよ! お母さんは! もういないの! 放っておいて!」
さらに押さえつけられている体を暴れさせる彼女は、無理やり離れようと彼の腕に頭をぶつけ、それでも動かないと見るや何度も腕に歯をたてる。しかし、レガードはそれを少しも気にせず、片手で彼女の頬を平手で叩いた。
弱いとは言えいきなり現れた男に頬を平手で打たれるという暴力に怯えるように彼女は体を震わせ、彼女の抵抗する動きが弱まった。ボロボロと涙を流して泣き出す彼女をまっすぐレガードは見つめて口を開く。
「同じ症状が有ったか。いつからだ。言え!」
「ひっく。お母さんは1年前から有って。ねえ、もう良いでしょやめて。フィー止めてよ。なんでこんなことするの」
「フィー、この子のフードを戻して抑えろ。話ができるように」
「主様、クレマリーさんは」
「会話なんて求めてない! 早くしてくれ」
「はい……」
クレマリーが暴れるのを抑えるために魔法袋からロープを取り出してフィーが彼女を椅子の背もたれとまとめてロープでぐるぐる巻きにする。さらに足もレガードの指示で立ち上がって動かないように椅子の脚それぞれロープで抑えられた。
レガードはその間に各部屋を見て回る。
それぞれの部屋はポーション作成をするための作業部屋、先程見た乾燥した薬草を保管している部屋、そしてベッドが2つ置かれ片方はシーツも何もない空っぽになった部屋だった。不釣り合いに明るい色をした貴重品箱が棚の上に置かれていた。
その部屋を家探しするように彼は棚を開け、自分が望むものがなければ乱暴に閉じ、最後に躊躇するように貴重箱へ手をのばす。貴重箱をあけてレガードは顔を歪ませた。
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