11後 デュドールとクレマリー
応接室のテーブルの上に紅茶が並べられる。詰め所にあったような肌をさすような重圧はなく、そこには紅茶の香りを楽しむ老齢の男性がいた。
「フィー、フードを外してもらえる?」
「はい、主様」
「嫌ならば儂は構わんが」
「いえ、礼儀ですので」
フィーがフードを外せば、油断なく目を動かしたデュドールがまじまじと彼女を観察する。そうして緊迫した空気を誤魔化すようにデュドールが紅茶に口をつけたことで、レガードも見苦しくない程度に紅茶を口に含んだ。
屋敷の中では外の喧騒からは縁遠く、静かな空気が漂っている。
レガードとイリスフィーネはほぼ同時に頭を下げた。
「助けていただきありがとうございました」「私もありがとうございました」
「あー、構わん。エヴラールなど久々に聞いたわ。いや、聞くことも無いと思っておったな。26年前に別れの挨拶したのが最後じゃった。そして、あいつはまだ生きておるんか」
「私が最後にあったのが5年以上前ですので」
「ふん、殺しても死なんような男じゃったからな。ま、大丈夫じゃろ。それでお前さんは今何をやっとる?」
「改めまして、レガードと言います。冒険者です、まだ銅級ですけど。彼女はフィー。エルフで銀級です」
レガードとフィーはデュドールへタグを見せる。
「どっちも冒険者ならば力で解決せんか、力で。一々騎士の裁可に来るんじゃないわ」
「いや、怪しいやつを尋問するという名分で連れてこられたんですけど」
「そうじゃったそうじゃった! はっはっは、エヴラールならばまず騎士を殴ってから殴り返されて連れてこられるわ。弟子のくせにおとなしいの」
レガードとしてはこれほど問題が起こるとは考えていなかった。特にもっと静かにダンジョン攻略を進めて貯蓄とレベル上げをするつもりだったからだ。魔法袋にあるアイテムをポンポン取り出すわけにもいかない。
「師とは生活方針が違いますので。静かに過ごしたいと」
「静かに過ごすのにエルフを奴隷にすると? バカを言うんじゃな」
「彼女は奴隷じゃありません。首輪も騎士の勘違いです。ただのアクセサリーですよ」
「ふん。首に沿うようにつけるアクセサリーがか? まあ良い。儂は約定は守る。それで、お前さんたち今何が起こったか知っておるか?」
神妙な顔をして老人が質問することに、彼らは雑貨屋が閉まったことしか知らないと答えた。その答えにデュドールは少々残念そうな表情を浮かべた。
「今、領主の縁者の回復ためにポーションや作成する薬師、錬金術師、治療師などを手当り次第集めておる。そして同時に怪しい人物がおらんかの調査じゃ」
「それは聞いて良いものなのでしょうか」
「儂は約定を果たした。エヴラールの弟子ならば、仕事が押し付けられる覚悟ぐらいしておかんか」
「あはは、わかりました。断ったらまた詰め所に連れてかれそうですね」
「ふん、そんなことせんわい。……領主の三女が倒れた。それを治すために領主が命令を発したがゆえ、迷宮都市は厳戒態勢になっておる」
商会に対して治療のための伝手を頼らせるのを優先させるため、ポーション類を取り扱う通常営業を強制的に止めたのだ。教会関係者も呼び込むことで迷宮都市の経済は急速に停滞していっている。
ポーションが不足すればダンジョンへ潜る冒険者が減ってしまい、魔石が滞る。さらにごくまれにドロップする一部の珍しい素材も停滞するのだ。
「ポーションが止まるのならば、冒険者の活動は止まるでしょうね。人が減るかもしれません」
「そうじゃ。早急な解決が必要じゃが、対処法がわからん」
「デュドール殿は僕に何をお望みでしょうか。所詮銅級、特段何も出来ませんよ」
「エヴラールの弟子は謙遜がひどいのう。どちらが良い? 治療法か素材集めか」
「……申し訳ありませんが、ゴブコボダンジョンに用があります。そちらが片付いたら相談にのります」
「ゴブコボダンジョンになんのようじゃ」
「言えません」
レガードの心を探るようにデュドールの鋭い目がレガードを射抜く。その視線がわずかにフィーへ動けば、フィーも理由を知らぬためにレガードを向いており、そこから何も読み取れぬとデュドールはため息をついた。
デュドールの頭に思い浮かぶのは、気楽に酒を飲み好きなように動き回りながらも、何か事件があれば顔を出していたエヴラールの顔だった。困りごとがあればいつの間にか事件に首をつっこみ、問題を起こしながらも解決していく。ソロに見えてダンジョンに潜るときには誰かしら若い冒険者や、非番の騎士が冒険者の格好をして彼のダンジョン攻略に参加していた。
目の前の青年とは違い、がっしりとした体つきをして立派な鎧を身に着けていれば騎士と勘違いされただろう体躯をしていたエヴラールは、しかしながら迷宮都市スピアーノに定住することはなかった。
ふらっと姿を消してそのまま行方知れずとなったのだ。
「ふん、エヴラールも秘密主義じゃったの。酒を飲んで愚痴を言っても何をしておるか全く言わんかったわい。良かろう。しかし、戻ってきたら顔を出せ。こき使ってやる」
「ははは、本当にお役に立てるかどうか」
「役に立つかどうかは上のものが適切な仕事を任せされるかどうかじゃ。お前さんができることをしてもらい、その仕事内容が奇病を解決する内容に沿っておれば問題は解決する」
「ひどく、合理的ですね」
「なんじゃ。エヴラールから何を言われたか知らんが、儂は無謀な突撃や数のゴリ押しでダンジョン攻略など一度もしたことないわい」
ひどく憤慨してから、自信満々に答えたデュドールがそう反論して、長々と昔話を始めようとするのをレガードが止める。旧知の知り合いについて老人が話そうとすれば長くなるのは世の常だ。さすがに付き合い切れるほど時間的な無駄を消費したくないため、レガードは口を開いた。
「ゴブコボダンジョンにはこれから行ってきます。戻ってきてタイミングがあえばあらためてよろしくお願いします」
「ふん、待っとるぞ。まぁ、その前に解決しとるかもしれんがの!」
強気な声でそう笑って言った老人の顔は微塵も解決できるとは思ってなさそうだった。レガードはフィーを伴って屋敷をあとにしゴブコボダンジョンへ向かう。
手持ちのポーションは少ない。そのためゴブコボダンジョンとは言えかなり厳しいダンジョン深層攻略になりそうだった。レガードはため息をつきながらフィーとお互いの手持ちの消耗品や予備を確認しつつ大通りを避けた路地を回っていた。個人店の雑貨店などが無いかさぐっていたのだ。
この街をよく観察していたフィーの助力を受けて彼女の既知店を回るがどこも扉は固く閉まったままだ。
「主様、やはり私が把握しているところも閉まっております。申し訳ありません」
「いや、仕方がないさ。開いている方が領主に睨まれる」
「あ」
「どうした?」
「……まだ個人で開けておられるかわからないお店ですが」
「行ってみよう」
フィーの案内に従い、表通りから更に遠ざかる方向の深い路地へ足を向ける。空は朝の爽やかな空気はまったくなく、この地方特有の通り雨が来そうな雲が増えていた。
喧騒はなく、フィーが案内した先は店とは言えずこじんまりとした集合住宅の最上階だった。
しかし、ポーションを作成する時に充満する特有の薬草の香りが、換気穴から廊下へあふれだしているようで、レガードが息を吸えば鼻の中が薬草の香りでいっぱいになった。
フィーが扉を叩いて、珍しく声を上げた。
「クレマリーさん、いらっしゃいますか。フィ―です」
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