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11前 奴隷の首輪

 ◇


 迷宮都市スピアーノの領主の屋敷で、二人の女性がテーブルを挟んで向き合っていた。互いに身なりが良く、この領主の妻と娘だ。お互いに赤い髪が窓から注ぎ込まれる日差しで美しく輝いている。

 彼女は迷宮都市を含んだ領地を管轄する貴族の三女に生まれた。血筋は第二夫人とはいえ悪くなかったが、王国の第三王子との婚約が幼い頃より決まったため、名義上は第一夫人の娘となっている人物だ。婚約の経緯は親の意向というよりは第三王子という子供のわがままが推しとった形になる。

婚約が決まっている第三王子とは、王都とスピアーノが少々遠いながらも少女が王都へ上京した際によく顔をあわせており仲も良好だった。今回も手紙を書き終えてメイドに預けた後の母親とのお茶会であり、それまでは第三王子の話で盛り上がっていた。

 活発的で旅行に行く時に便利だからと魔術の鍛錬をよくしている変わり者だったが、所作は貴族女性らしく優美で、変わり者と言われる片鱗さえ見せず隙がない。

しかし、いまだ成人ではなく幼さを見せる16歳の少女は、母親から受け取ったネックレスを嬉しそうに見つめた。

 水晶が飾るように覆った不思議な黒を帯びた宝石をつけたミスリルの鎖のついたネックレスを手に持ってじっくり観察する。


「これは一体どういうものですか?」

「商会が持ってきたのよ。あなたはどうかと思って。ルビーの赤みを持った黒い宝石なんですって」

「たしかにどことなくルビーの赤を含んでおりますね。不思議な感じです。見ていると吸い込まれそうというか」

「そうでしょう?」

「ありがとうございます、母様。どうですか?」

「ええ、とっても似合っているわ」


 彼女はネックレスをその身につけて母親に尋ねれば、ニコニコと嬉しそうな笑顔で母親も頷いて答えた。



 少女が謎の奇病で倒れたのは吹雪から数日経ってからだった。

左肩から広がる黒いアザのようなシミは一向に治らず領主はとうとう商会の営業を停止させて優先してポーションの確保を命じた。

 そして、同時に治療士や教会関係者さらに冒険者に至るまでに治療魔法やポーション類の作成可能なものへ三女の治療のために半ば強制命令を通達する。

 

 ◇


「おい、そこのフードをかぶったガキ、顔を見せろ」


 騎士が2人近づき、そう声をかけた。レガードは立ち止まり彼女の手を取って傍によせる。騎士が改めて二人に近づいて強い口調で命令を発する。


「不審人物の調査中だ。フードをかぶっているものも含めて検めている。顔を見せろ」

「主様……」

「はい。しかし、騒ぎ立てるのはおやめください」

「早くしろ!」


 レガードは彼女のフードに手をかけ、やましいことが無いと証明するように慌てずフードから彼女の頭を出した。騎士が大きな声をあげたせいで周りに集まってきた冒険者に内心で舌打ちをしつつ、騎士へ言葉をかえす。

 周りの冒険者が、幼さが残りつつも整ったイリスフィーネの美貌に口笛を吹いた。そうして、彼女の存在を知っていた何人かが、フィーの顔を見て驚きの表情をする。


「冒険者のレガードと言います。彼女は私のパーティメンバーで仲間のフィーです」

「その瞳、エルフの血か?」

「はい、彼女にはエルフの血が入っています」

「いや待て。エルフならば、その耳はどうした。なぜそのような。お前が切り落としたのか、耳を!?」

「違います。主様に出会う前から私はこの状態です」

「フィー、無理に話さなくていい」

「しかし、主様が偏見を受けるようなことを」

「質問の答え以外にしゃべるな。そのように耳へ仕打ちをうけたエルフなぞ……。お前たち詰め所まで来い!」

「主様は本当に無関係なのです。私は、あうっ!」


 しゃべるのを遮るように乱暴に二人の肩が掴まれる。


「黙れ、これ以上は詰め所で聞く!」

「わかった。詰め所まで行きます。ですが、彼女のフードを戻させてください」

「フードを戻そうなど、やましいことがある証拠ではないのか!?」


 それぞれ騎士がレガードとフィーを抑えるように手を後ろに回させて掴む。縄で二人を縛ろうとしたところで、レガードが聞きたくもない声が鼓膜を震わせた。

 顔を向ければ、人垣を分け入って朝の食堂でレガードが殴って昏倒させた男が立っていた。その表情はこのチャンスをモノにしようと汚い欲望に満ちた瞳を輝かせていた。


「そ、その女は俺、金級の「重撃の牙」の仲間なんだ。その男がさらって奴隷首輪で命令されてるんだ!」

「貴様、我々はお前に喋って良い等言ってないぞ!」

「そ、その服に隠された首を確認してくれ! それでわかる」

「ちっ。お前、首を見せろ!」


 彼女の首周りを隠す服を強引に引っ張り、首を露出させる。レガードから明確に舌打ちがもれた。勝ち誇ったような男の顔が気に食わない。

 そして、イリスフィーネの首を確認した騎士が驚いたように声を上げる。


「本当だ。首輪のような物があるぞ」

「それは――」

「お前にも喋っていいなど言っていない! 話を聞く! そこの男も含めて詰め所までついてこい!」


 レガードが反論しようとしたところで騎士に顔を殴られて言葉が途切れる。それに反して重撃の牙を名乗った男が嬉しそうに騎士が歩くのに合わせて足を進めた。


「違います。私は違います」

「女も黙れ! 奴隷が口を聞くんじゃない」

「彼女のフードを戻せ!」

「黙れと言っている!」


 レガードの願いは妨げられ、拳が頬を痛めつける。

周りの冒険者や通行人が見世物のように彼らを見ることに、レガードはいつになく怒りを溜め込みながら騎士の後に続くしかなかった。

 レンガ作りで修繕が不十分なボロさがある2階建ての詰め所には、騎士と兵士合わせて十人程度が慌ただしく通路を行き来している。手荒につれてこられた詰め所で男と一緒の部屋に放り込まれた。他にも数人が部屋におり連れてきた人物をまずは放り込む場所のようだった。

 身につけているものを剥ぎ取らない連中の行動を罵りながらも、自由になった両手ですぐに彼女のフードを戻して冒険者の男と距離を取る。他の男達は彼らの行動に迷惑そうな顔をして部屋の隅へと移動していった。

 男は勝ち誇ったようにして、徐々にレガードの背後にいるフィーへ近づこうと足を進めてくる。むさ苦しい20代後半の男が近づいてくることに気分が悪くなってレガードは顔をしかめた。


「へへ、正当性を訴えれば俺の願い叶えられるんだ。金級ってのは銀以下とは扱いが違うんだよ」

「もう一度地面をなめたいか。そんなに床の味が好きとは思わなかったな」

「無名の銅級が偉そうに言うんじゃねぇ! 銅級でも俺が知らねぇってことは将来有望な人間じゃねぇってことだ! 有望なら背後の子みたいに顔が見れなくても有名になるもんさ」

「前のパーティーでは補佐ばっかりやってたんでね」

「お前ら、うるさいぞ! たった今来たやつら尋問する! 3名こっちに来い!」


 尋問部屋は手狭で騎士が3名いるためさらに狭苦しい。しかしそのうちの1名が老齢で鎧ではなく身分の高そうな服を着ているのを見てレガードは真っ先に声をあげた。


「迷宮都市スピアーノ騎士団の元騎士団長とお見受けする。私はレガード。我が師、エヴラールとの約定をはたしていただきたい!」

「このガキ、黙れ!」

「待て」


 静止は間に合わずまた一発頬にもらうがレガードにとっては我慢できるものだ。老齢の男はそのしわをさらに深め、低い声が口から発せられた。肌をさすような重圧が部屋を包み、命が削られそうな程の緊張感が彼らの体を襲っていた。


「エヴラールだと? 酒好きエヴラールの縁者か。ふっふっふ、約定? どんな約定だ?」

「そのエヴラールで間違いありません。我が師は30年前の紫水晶ダンジョンの大暴走の解決助力への約定を結んだと」

「でたらめを」

「知らんものは黙っとれ! あれは騎士団のみで解決した何を根拠に約定としようというのか」

「スピアーノ騎士団の名誉のために詳細は答えられない元騎士団長デュドール殿」

「師の威を借るかこわっぱ!」

「それが私が師から与えられたものならば」


 老人が手元にあった剣を抜いて、ぴったりとレガードの首筋に当てる。刃は落とされておらずわずかでも動かせばレガードの皮膚に切り傷が付く。しかし、にらみつけるデュドールの目を逃げずにレガードは見つめ返した。


「何が望みだ」

「私と彼女の身の安全の保証と、その男の拘束を」

「たったそれだけか? ふん。では、互いにゆっくりと話すとしよう。おい、お前たちその男を牢屋に放り込んでおけ。おまえさんたちは応接室へ行くぞ」

「は! いやしかし、デュドール殿尋問もせず」

「騎士が交わした30年も前の契約じゃが、契約は守るものであろう。とっとと行け。それとも儂の決定に不服か? ならば、詰め所にもおらん現団長でもつれてこんか!」

「い、いいえ! 申し訳ありませんでしたああああ。今すぐそのとおりにします!」

「ま、待て! 俺は金級の「重撃の牙」のイジドだ! 俺の方が信用されるはずだ! その女は俺の仲間なんだ! その男にさらわれて奴隷にされたんだ」

「虚偽をする男への処罰を」

「ふん。金級か。ちとめんどいのう。まあ、良いわい。しばらく拘束しておけ。頭を冷やしたら出してやる」


 冒険者の男が騒いで暴れるのを騎士が抑え込む。それらを無視して老齢の男の歩く背に続き、詰め所から離れて兵舎と合わさった屋敷まで案内される。

 調度品はそれほど高級なものではなく、領主館へ案内したくはないが騎士団で顔を合わせるのに都合の良い場所というための館だろうとレガードは考えて、少ないメイドや執事がすれ違う。

 そんな中で一人の執事が立ち止まり不思議そうな顔で訪ねた。


「おや、デュドール様、こちらを使われるのですか? 後ろのお二方はお客様ですか」

「ザルな警備じゃの。もう騎士団の役職もない儂を顔パスにしおって。フードを目深にかぶった人間等怪しすぎるじゃろ」

「いいえ、必要があればいつでもご活用いただくのは当然ですので。応接室は小のもので良いでしょうか」

「ああ、頼む」


 そうして応接室に案内されて、フィーと合わせてソファに座り向かい合った。鋭い目が彼らを観察するように見てから、おかしそうに笑う。その笑い声が応接室に響いた。



『ダンジョンから魔物があふれる。その光景を見た時、私は死を覚悟した。すでに多くの冒険者は死体となり、あれほど期待された騎士団はダンジョン内から戻ってこない。そうして私が神へ救いを求めて祈り続けた先に、白い大剣を持った男が悠然と魔物たちの群れが待つダンジョン入り口へと向かっていく。男は笑って言った。「ちょっと酒を飲みすぎて遅れちまったな。すまねぇすまねぇ。とりあえず片付けるわ」』

毎日更新していきます。話数管理をミスしたので19時頃に11-2を更新予定です。

お読みいただきありがとうございます。

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