1 吹雪の出会い
「レガード、お前、金くすねているだろ」
「は?」
外は季節外れの猛吹雪が窓をガタガタと鳴らすそんな日。パーティーで借りている拠点の広間で、リーダーのヤックが僕、レガードに向かってそう指摘した。青い瞳が驚愕に見開かれ、思わず素が出てしまったレガードは慌ててしまう。
金等級も目前と言われている銀等級若手パーティー「赤に鳴く鳥」は、剣士ヤック、魔術師エルミ、神官ヴィルヘ、レンジャーのルドッカと、戦士であるレガードの5人で作ったパーティーだった。
急な吹雪のため本来はダンジョンに潜る予定を休暇に当てたメンバー達は暖炉に使う薪の節約も広間に集まっていた。
そこでいきなりこれだ。
レガードにはいきなりのことだったが、彼が周りを見れば他の3人は特段慌てた様子もない。
「いや、な、何? いきなり」
「ほら、なんだっけいつも取引してくれる商会の商人がさぁ、お前の居ない時に来たんだよ。それでわかった。お前が前日言ってた売れる予定の金額と、商人が俺に見せた納品書の金額が違ったじゃねーか」
「な、商人とは僕が窓口になるってずっと約束だったじゃないか! 商会の副会長さんは何か言ってたんじゃ」
「あ? 今回から担当が代わりましたって挨拶だったぜ」
「な、ならどうして僕を呼んでくれないのさっ」
金勘定が下手なことと、本当に役に立つ素材などをしっかりと区分けして商人と交渉事しなければいけない面倒くささによって、商会との窓口はレガードに一任されていた。
ヤックなどがいれば交渉ごとや明細のチェック中に面倒くさくなり、相手が提示した内容ままでいいと言い出しかねないからだ。かつ、自分のために必要な素材をあつめるのも兼ねていた。
最初は取引先を探すのは上手く行かず、ようやく見つかったのは主に宝石を取り扱う商会で副会長が顔をつないでくれたのだ。その縁でいつも副会長に顔を見せに行き取引をしていた。まれに拠点まで顔も出しに来てくれていたが、担当が変わったとは聞いていなかった。
「うるせぇ!!!!」
ドンっと、木のテーブルをヤックが殴りつけてその大きな音にレガードの体がビクリと音に驚いて震えた。酒を飲んでいればレガードをおちょくる程度で久々に苛立っている態度にレガードはつい驚いてしまった。
「お前、今までくすねた分を何に使ったんだよ」
「ち、違う。みんなの回復用ポーションに」
「嘘つくんじゃねぇ! だったらちゃんと売上の金額言えばいいだろうが!?」
「う、売れた金額全部つ、使っちゃうから。ぽ、ポーションも装備の修理代もた、ただじゃないんだ」
「ヤック、落ち着く。実際私達ポーション代金、財布から出したこと無い」
「チッ」
ゆったりとした服装でソファにくつろいでいた魔術師のエルミがなだめるようにヤックにそう声をかける。ヤックとエルミは幼馴染であり、ヤックはエルミの言うことはよく聞いていた。しかし、エルミはどれだけヤックがレガードに当たろうともほぼ干渉することがないため焼け石に水程度のことだ。今回のきまぐれは珍しい。
「でも、装備の修理? ヤックよりも修理頻度多かったのレガードの方」
「ぼ、僕が一番前だったから。モンスターからの攻撃、受けてたから」
「お前は盾役ぐらい丁度いいんだよ!!」
「そ、そんな」
「レガードはよー、なんで俺たちに相談しなかったんだよ」
「そ、相談? 何を?」
「あ?」
レガードの答えにヤックが怒りを顕にしてにらみつける。ルドッカが肩をすくめた。レンジャーのルドッカはヤックと同い年で元は村の狩人をやっていたが、親と仲違いして村を出てきた。タイミングが合い今のパーティーに所属していた。
酒と女好きで、偶然組むことになったパーティーで十分稼げることに満足しながらだらだらと冒険者業を続けており、もっと稼げるのではないかといつも考えていた。今回ヤックがレガードの不正を告発するという事前の相談にノリノリでどうしてやろうかとネタを提供した一人だった。
ルドッカがやれやれと言った態度で口を動かした。
「金勘定にかんしちゃ、俺だって相談に乗れたぜ? なーんか、何でもただで修理に出してくれると思ってたが。でもよ、相談もなしに俺達に売上の金額に嘘ついたのはダメだぜ」
「……ごめん」
「謝ったってよぉ!?」
「ヤックさんは静かにしてください」
ぴしゃりと長い茶髪を弄んでいた神官のヴィルヘがヤックを止めた。ヤックはさらにイライラするように貧乏ゆすりを続けていくが、さすがに3人ものメンバーに止められたため我慢する態度を見せる。
神官のヴィルへは低位の治癒魔法しか使えず位階<レベル>上げのために冒険者として活動していた。中級以上の練度の治癒が使えるようになれば教会内で治癒対応に従事したほうが楽に長期間稼げるが、一向に上がらないためだらだらとこの楽なパーティー活動をすでに4年も続けていた。
「それで、今そのパーティー用に溜め込んだ資金はどんぐらいあんだよ」
「……この前の攻略でかなりひどかったよね。その修理と補給でほとんどなくて、金貨10枚程度しか」
「ほぉー」「へ~」
それまで真面目くさった顔をしていたルドッカとエルミが嫌な笑みを浮かべて声を上げた。
迷宮都市のここで元々の市民であれば5年は余裕で暮らしていける金額だ。もっと田舎の都市へ行けば10年はゆっくり過ごせるだろう。宿などで貴族向けの高級店を利用したとしても、そこまで贅沢しなければ丸1ヶ月は余裕でまかなえる。
しかし、ダンジョン攻略をしていくとなれば武器防具の修繕や毎回かかる消耗品の補充を考えるとダンジョン攻略だけに当てても2ヶ月持てば運が良いほうかもしれない。ダンジョン攻略は金がかかるのだ。
「その金もってこいよ、どこに隠してんだ?」
「え?」
「俺が持って来い言ってんだよ!!」
「ヒッ、わ、わかったよ」
ドンッと急かすようにヤックによってテーブルが叩かれたことにレガードは怯えるように立ち上がって、広間の一角にあった鍵のかかったボックスに近づく。
レガードを除く全員が驚いた顔をしてその箱を見た。レガードはそんな彼らの態度にそしらぬ顔をして鍵を開けて、その中にあった貨幣用の袋を取り出し、おずおずとテーブルの上に置く。
嫌に袋の中の金属が擦れる音が大きく鳴った。
「おいおい、そんなところにあったのかよ」
「う、うん。いつもみんなの前で開けてたよ?」
「そ、そうか。気づかないもんだな」
「おいおい、レガードよ。まだ何か入ってないのか?」
ヤックが袋をちらちらと見ている中で、ルドッカが鍵のかかっていない箱のいくつかの扉を開けるが、10個程度のポーションが見つかるだけで終わったのに舌打ちをした。
「そのポーションは補充の予備だよ。保存食は調理場の冷温庫内に入れてあるから……」
「おう、レガード。お前の部屋の中には何も無いのかよ?」
「え、武器は冒険者ギルドの個人倉庫だから、部屋は安い本、ぐらいかな」
「ケチな生き方してんなぁ」
「ヤック、ルドッカ、たしかに金貨50枚分ありますね」
「おう、ヴィルヘよ、さんきゅ。へっ、ほんとレガードは意地汚く金勘定はできるんだな」
「あ、ありがとう?」
楽しげに少しの金貨と大量の銀貨、そして銀貨1枚分の銅貨を見ていたヤックが心底満足したように告げる。
「じゃあ、お前クビな。レベルもあがらねーみたいだし。金もくすねるし」
「え?」
あまりの発言にレガードの思考が止まった。ヤックの言葉に笑顔のヴィルヘが続いた。
「レガードさん、当然ですよ。パーティーに嘘つくような人間は信用できません」
「え?」
けだるげで暖炉前のソファでだらけているエルミはいつものようにどうでも良さそうに答える。
「エルミはどっちでもー」
「へ、エルミはいつもそうだな。俺はヴィルヘの意見に賛成だぜ。パーティメンバーに相談せずに勝手に金を回す奴は信用できねー」
「え?」
「だから、今すぐ出てけよ」
「いや、でも、外、吹雪で。明日のダンジョン攻略だって」
「あー、言ってなかったな。俺たちゃ1ヶ月ぐらい休暇なんだよ。ちょいとここから南にある湖の街でゆっくりする予定だ」
「え、聞いてない」
「そりゃメンバーでもない奴に言うわけ無いだろ」
ケラケラとエルミ以外が笑う。そしてヤックが首根っこを掴むようにしてレガードを捕まえて、拠点の正面玄関まで連れてきた。
外の吹雪が朝よりも一層強くなっている。
ルドッカが素早く扉を開けて、レガードはヤックに背中を蹴られて外へ放り出された。真冬を思わせる冷たい空気が彼の肌を刺した。
冷たい雪がレガードの体と服に付くが、さらさらと地面へ落ちていく。
「じゃあな、レガード」
「どうぞ前途多難なレガードに神の御加護がありますように」
「へ、あばよ。良い休暇になりそうだぜ」
扉が閉まる。何度か扉を強く叩いたが、家からの鍵は開けられる気配もなく、窓のすべてはカーテンが閉まった。
こうしてレガードはパーティー「赤に鳴く鳥」を追放されたのだ。
吹雪の中、近くの宿へ向かおうと歩いていたレガードの声が上がる。そこには赤に鳴く鳥で演じていた怯えはまったく無かった。不満げな声音だった。
「いや、本は僕の私物でしょ」
「レガード様」
ゴウゴウと風音が唸る吹雪の中、揺らぐこと無く立ちフードを深々とかぶった少女の透き通る声がレガードを呼んだ。
昼だというのに雪雲のせいで薄暗い世界を道に立てられた魔灯の光が明るく満たし、2人を照らす。
大陸ノルトペルデレ全土を覆う吹雪の日、運命の歯車が回りだす。
『世界に雪はなかった。しかし、神はその身を顕すモノを雪とした。人がその神への過ちを知るのは遠くなかった』
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