あの子は忙しい。
「知名度が急激に上がった事例って、どういうのがありますか?」
バイト中の後輩に会うために、買い物に来た。レジが空いたタイミングを狙って後輩のレジに並ぶ。少し眠そうだ。最近、大学の課題であまり寝れていないとは聞いている。たまに課題についての相談を受けるが、それなりに難しそうだ。
こういう小さな会話のタイミングも大事にしたい。そして、役に立つチャンスが来た。だから僕は、高速で頭を回転させる。
「そうだな。まずはユーチューバーあたりから考えてみると良いんじゃないか?」
「……ユーチューバー」
「ゲーム実況者とか、そういうの多いと思うぞ。何かの課題か?」
「はい。大学で、温泉旅館をプロデュースするための企画を練るために、急激に知名度が上がった事例を明日のミーティングで話し合うことになりまして」
「ほう」
「それで、ただ調べるだけじゃ楽しくないので、何かいい方法が無いかと思いまして」
急激に知名度が上がった事例を調べるという部分に突っ込みたい気持ちが湧いたが一旦抑える。そこを否定してはやる気が削がれてしまう。
「ふーん。わかった。何か考えて、後で送っておく」
「ありがとうございます。できれば、日付変わるまでで、お願いします」
「任せい」
たまに、こうして課題の相談を受けると、嬉しくなる。
張り切ってしまう。
文章作成ソフトを開いて、指を走らせる。僕の無駄に働き者の脳みそが、僕なりの答えを紡ぎだす。いくつか事例を並べながら、その要因を分析して書き出していく。閉店は十時。十一時頃には彼女の個人チャットにファイルを送信したい。
二千字程度のレポートなら、一時間もあれば雑だが、まとまったものが用意できる。
あぁ、やっぱり。彼女が関わると俺のやる気が違うな。
大事なことは敢えて直接書かない。事例の分析の中にキーワードを散りばめておく。
甘やかすと、手伝うの違いを、弁える。好きだけど、大好きだけど、そこは間違えてはいけない。
知名度を上げるために、何があって、何が弱くて、どこをターゲットにしたくて。既に有名な人達と同じことをしても意味が無いということ。
あえてそれがわかる事例を選んで、そこに考察が至るように分析して言葉を選んでいく。
「まぁ、そこら辺のことが既にわかっていたら意味が無いんだけどな」
あとは、明日のミーティングの方針か。
時計をちらりと見る。そろそろ十時半。彼女の能力なら、既にもう家に帰って夕飯なりお風呂なり。お風呂……。
「せいッ!」
全く、何を考えようとしているんだ、僕は。
無駄に働き者な脳みそは、作業しながら余計なことを考える。
とりあえず、今はあの子のためになることを考えるんだ。
別に、振り向いてもらえなくたって、僕は彼女のために少し頑張った。そんな事実が残れば、良い。
好きな人になら、利用されても、騙されても、良い。
でもあの子は、本当にいい子だ。だから、安心して、使ってもらおうと思える。力を貸そうと思える。『ありがとう』をちゃんと言える子なんだ。
できたレポートを彼女の個人チャットに送る。さらに、ミーティングの方式を提示する。
返信は、五分後くらいに来た。ちゃんとレポートを読んでくれているみたいだ。
『めっちゃまとめてくれてありがとうございます! 参考にします!』
思わず、顔が綻んでしまった。
『頑張れ!』とだけ返した。スタンプだけ返って来た。
これで、彼女の作業が少し楽になって、眠る時間を確保できれば良いんだけどなぁ。
そこは、彼女次第だ。僕が関与できる部分じゃない。
構い過ぎては、手を出し過ぎては、うざがられるし、難しいところだ。
カレンダーを見る。
もうすぐ、彼女もちゃんと大学の春休みに入る。そして、もうすぐ、あとひと月すれば、僕は大学を卒業して、入社、社会人になってしまう。
僕が本当に、本気で告白する日が、迫ってきている。
「二月が終わらないか、三月で時が止まってしまえば良いのに」
デートの誘い文句を考えながら、時が過ぎる残酷さを感じて。でも、それでも、時が動かなきゃ、あの子とデートに行けないな、なんて。はぁ。




