バレンタインの夜、月明かりに照らされた雪。
「……チョコですか?」
「うん」
「逆じゃないですか?」
「欧米だと男が気持ちを伝える意味で渡すらしい」
「……それだと、私のこと好きだってことになるのですが」
「そうだぞ」
「えーっと」
バイト終わり。僕は綺麗に包装された箱を差し出した。
二月十四日。駅ビルで一時間かけて選んだチョコレート。和菓子屋さんが出しているという点で面白そうということで選んだ。
一つ一つ。紅茶を片手に味見して選んだ。非常に迷惑な客だったであろう。
彼女はコーヒーは砂糖とミルクがあれば飲める。紅茶はそれなりに飲むと事前にさりげなく聞き出している。
「好いてくれるのは嬉しいのですが……どうしたら良いか、わからない。……経験、無いので」
「まぁ、僕が勝手に大好きなだけだし」
開き直ってそう言った。
「はぁ、そうですか。でも、貰ってばかりで気が引けます。色々奢ってもらったり」
「勝手に奢っているだけだ。それも、君に買った物で、持ち帰るのもおかしな話だろ」
「……ありがとう、ございます。……ちゃんと、お返ししますね」
「……マジ?」
「当然ですよ。貰ってばかりなのですから」
お返しなんて欠片も期待していなかった。それに、僕にとって、こうして彼女と時間を共にできる。それだけで十分という気持ちで。
ガッツポーズをしそうになるのを堪える。クールを装う。思わず、バイト終わりで割と疲れているのに、小躍りしてしまいそうになるがそれも堪える。
「それでは。お疲れ様です」
「うん、お疲れ」
車に乗り込んでいくのを見送る。
ヤバい、今なら何でもできる気がする。
「ん?」
僕、告白、したようなものだよな。そういえば。告白と思っていないのか……。わりと僕、冗談言うからそう思われているのか。
求められるのは、本気の告白というわけか。
自転車を全力で漕いで帰った。冬の風が頭を冷やしてくれることを期待しながら。
次の日も、シフトが重なった。
「はい、どうぞ」
「おー。ありがとう」
受け取ったチョコレート。雪の結晶柄の袋でラッピングされている。
月にかざすように持ち上げた。あぁ、ヤバい。家宝にしたい。今この瞬間、これを超える甘味は存在しない。
「……君だ」
「はい?」
「いや、僕の君に対するイメージが、雪と月だからさ」
「はぁ。私にそんな風情ありますかね?」
「月明かりに照らされた雪というか。うん、そんな感じ。うわ、僕、なんか平安貴族みたいなこと言ってる」
「まぁ、良いんじゃないんですか?」
袋の中身を見る。生チョコトリュフか。
「ん? 手作り?」
「はい、今日暇だったので」
「……ありがとう」
「おかえしですから」
「それでも」
この幸せを噛みしめられる時間は、もう少ないかもしれないから。




