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鍵探し。

 「鍵、失くしてしまいまして」


 大人と子どもが程よく同居したような顔立ち、髪を茶髪に染めて、小さなピアスを付けていて、垢抜けた印象もある、バイト先の後輩の女の子は、そう言って困ったように笑った。


「閉店したら大学に行くんです」


 バイト先のスーパー。そのレジ。お客さんが来て会話が打ち切られる。

 ちらりと時計を見なくてもわかる。ここから大学まで、車で二十分。閉店は十時。早く見積もっても、大学に着くのは十一時少し前になるだろう。


「じゃあ、僕も行くよ」


 お客さんを通し終え、サッカー台に行ったのを見送った後、気がついたら、そう言っていた。


「えっ? いや、申し訳ないというか。鍵自体は良く無くすので、慣れていると言いますか」

「女の子一人、夜中の大学に行くと聞いて、放っておけるようなくそ野郎になった覚えは無いよ」


 明日は早いが、まぁ良いだろう。

 背は低い、百五十あるか無いかだろうか。身長を根拠に頼りないというのは失礼だが、どちらにせよ、好きな女の子と、夜中に少しだけ、ドライブみたいなことができる可能性がある言い訳が転がり込んできたんだ。逃すわけが無い。 



 それから、半ば押し切る形で、バイトリーダー権限を私的に利用して、同行を決定。助手席から、横顔を眺めて、視線を窓の外に移してを繰り返している。


「良いんですか? 本当に。このまま家まで送りますよ?」

「乗り掛かった舟って言葉、知ってるか? そうだな……コーヒー一杯で良いよ」

「じゃあ、後でコンビニに寄りますね」


 芳香剤の甘い匂いも、どこかぼんやりとした表情を浮かべながらハンドルを握る運転手を眺めていると、鬱陶しくもなく、嫌な匂いでもない。運転も手慣れている。

 車内に流れる曲、前、お互い好きだと話になったバンドだった。ライブに行った次の日に、仕事しながら感想を語って。チケット二枚取れたら一緒に行こうとか言った覚えがある。

 それから、他愛の無い話が続いた。その間も車は淡々と大学を目指した。

 居心地が良い。彼女の近くは、程よく力が抜けて、一番素直でいられる。僕が彼女のことを好きになった理由だ。

 こうして夜、車という密室。普通の男子大学生ならチャンスだと、近隣の休憩できるホテルを頭の中の地図で検索するところだろう。そういう気が起きないくらい、僕は彼女の前だと、どこまでも穏やかでいられるんだ。大事にしたい、幸せになって欲しい、なんて思ってしまうんだ。




 大学に到着して早速、駐車場で雪を足でどけて、鍵を探しながら、今が冬だと思い出した。

 三日、雪も降らず、冬にしては温かい空気に晒されて、結構溶けてはいるが、鍵という小物を探す場面では、十分に邪魔なものだ。

 ……見つけたら、告白、したようかな。

 バイトをやめる直前に言うつもりだったけど。今かもしれない。なんて思った。

 自分が、彼氏になるのに相応しいとは思わない。でも、伝えたいとは思う。もし、受け入れてもらえれば、僕は来月、大学を卒業して、就職のために今のバイトをやめてからも、彼女の傍にいる理由を、会いに行く理由を、手に入れられるから。

 少しだけ必死になる。冷たい夜風に冷やされた雪を手でかき分ける。

 どかして、どかして。探す。彼女の不安を取り除きたくて。

 きっかけが、欲しくて。


「もう良いです。帰りましょう」


 不意に聞こえた声に、振り返った。月明かりに照らされた彼女に、見下ろされていた。この瞬間が、永遠になれば良いのに、なんて思った。


「でも」

「もう遅いですし」

「……わかった」


 立ち上がって手に着いた雪を払う。少しだけ、痛い。手袋、付け忘れてた。


「切ってるじゃないですか!」


 少しだけ大きい声に驚く。手を掴まれる。細くしなやかな指。冷たいけど、滑らかな手だ。

 車に連れ戻されて、消毒液をかけられて絆創膏を貼ってもらった。

 エンジンがかかる。見つけたかったな。悔しいな。

 でも、不思議な充足感があった。彼女と二人だけの時間を過ごせたことに、喜んでいる自分がいた。


「じゃあ、また。ありがとう。送ってくれて」

「遅いですし。……お世話になりました。あと、エクレアも、ごちそうさまです。コーヒー奢った意味、無いですけど」

「僕が食べたくなっただけだし。ついでだよ」


 手に温かいコーヒーを握って、車を降りる。どこかボーっとした顔に、柔らかい笑みが浮かんでいるのを見た。見送った。

 次の日、外は温かく晴れていた。僕は大学に来た。教学課に用事があった。雪が融けていた。でも、胸の内を支配するのは虚無だった。昨日の充足した時間に比べて、なんて空虚な時間だろうか。気がつけば、用事が済んだのだから、さっさと帰れば良いのに、足は昨日捜索した駐車場に向いた。


「……あった」


 自分でもびっくりするくらい、弾んだ声が出た。

 もし駐車場に落ちているなら、今が絶好の捜索機会だ。その予感は見事に的中した。

 すぐに連絡する。彼女も今、大学にいるらしい。何かのミーティングとのこと。すぐに『食堂で待ってるから、終わったら来て』と返信した。

 胸が弾んだ。温度差に頭がくらっとした。


「告るのは、まだかな」


 とりあえずは、そうだな。デートにでも誘おう。食堂までの道を歩きながら、そのために運転の練習も始めよう、なんて思った。


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