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ノラがいた冬の日

作者: 檜慈里 雅

 玄関のドアを開けると同時に足を突き入れる。


 ひとり暮らしの部屋でもやってしまう。これはもう癖になっているらしい。


 借金の取り立てや悪質な訪問販売をやっていたからではない。猫が脱走しないために必須の技術だった。実家の猫はいつも隙あらば飛び出そうとするからだ。


 そんな対猫の癖をやったとき、こたつの中のノラを思いだした。だから、今回はノラの話。




 飼い猫なのにノラというのは叔父がつけた名前で、クロと2匹で「のらくろ」という意味だったそうだ。キジ柄のノラは、本当に野良猫のような見た目だった。


 隣家の球根を掘り返した、揚げ油を飲んだ、といった数々の武勇伝を引っ提げ、ノラは我が家へ来ることになった。


 ノラはたまに上のようなこともしたが、いつもは穏やかで、とても綺麗な声で鳴いた。なぜか固形のカリカリ飯しか食べなかった。こたつが大好きだった。


 避妊手術がうまくなかったのか、お腹が妙に垂れていて、中には何が入っているのだろうと家族で話し合った。水、脂肪、夢、希望、人間の醜さなどが入っているのではないか、ということだった。


 そんなノラは壁に体をこすりつけながら部屋を斜めに走るという特殊な動きをよく行っていたので、それを僕はノラたるムーブと呼んでいた。垂れたお腹が揺れるのが面白くて仕方なかった。


 家にはいつも何匹か猫がいたので、綺麗とは言い難いノラは来客にはあまり好かれず、それどころかタヌキと間違われていた。でも僕ら家族はノラをとても可愛いと思っていた。




 16年くらい生きただろうか、ノラにも衰えが見えてきた。他の拾ってきた猫が若くして病死するのを、僕らはノラと何度も見届けてきた。


 今度はノラにその番が来たようだった。


 晴れた日、よたつきながら日向ぼっこをしているノラを、僕はいっぱい撫でて仕事に出た。帰りに携帯電話を開くと、母から「ノラちゃん亡くなりました」と猫の泣き笑いのような絵文字を添えたメールが来ていた。


 家に着くと、朝生きていたはずのノラはもう骨になっていた。冷たくなった体を僕は見なかった。


 だから僕は、ノラが死んだことを数年経った今も理解できていない気がする。


 冬、こたつに足を入れるとき、ノラの邪魔にならないよう先に確認する癖が残ったままなのだ。




 毎年、こたつを出す季節になると、ノラが当然のように思い出されて、そのたびノラがいないことに気づく。こたつを覗いて「あれ、ノラは?」と声に出してしまいそうで愕然となる。


 たまに疲れた時など、確認しないで足を入れると何かに当たることがあって、まあ洗濯物か新参者の小太郎なんだけども、なんだおまえか、と少し残念な気分になる。


 僕らは長い間ノラと生きた。染みついた癖は寂しくもあり、誇らしくもある。




 もし冬、僕の家に来る機会があれば、こたつに足を入れて「何かに当たった気がする」と驚いてみてください。


 たぶん僕は「うちではよくあることですよ」などと言って嬉しがると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのとした幸せと少しの哀しみを味わえました。 [一言] ノラちゃんの「幸せ」だった気持ちが形となって家に残っているんだと思います。 だからふとした瞬間に触れることが出来るんですよね。 …
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