祖父の過ち
国善高校柔道部のみんなが、無事救急車に乗せられたことを
確認した僕たちは、祖父のケータイに電話した。ちなみに、祖父は
未だにガラケーだ。家族のみんながスマホにしたらと勧めているが、
絶対にウンと言わない。必要ないの一言。全く、頑固ジジイだ。
「あなたがおかけになった・・・・」のメッセージが流れたので、
僕は留守番電話にメッセージを録音した。
「国善高校柔道部、優勝。でも、相手達が鬼に変化して、怪我を
負わされて、病院に運ばれた。命に別条がないけど、鬼だよ。
退魔師、わかったよ、美人女子高生、わかってるって、キラちゃんの
方が綺麗だよ、とにかく、退魔師が現れ、退治してくれた。
詳しいことは、電話で話すから、連絡して。」
まったく、困ったものだ。自称、香港一の退魔師の陳 桃陽と
僕の恋人、星のビーナスの森 星明が、両側から牽制しあう。
僕は間に挟まれ、いい迷惑だ。キラちゃんは、これ見よがしに
僕にベタツク。どうして、女の子って、こんなにややこしいの。
僕は、君たちの玩具じゃないからね。
僕たちは、都立体育館の玄関近くの自動販売機でジュースを飲んで、
時間を潰していたら、祖父から、電話が掛かってきた。
「こっちも鬼が出たが、ワシらが退治した。詳しい話は、電話では
できん。ワシの家に、全員集合じゃ。その美人女子高生の退魔士とやらも
連れて来い。よいな。」
一方的にしゃべり、こちらが一言も話す暇もなく電話を切る。
どうして、年寄りってこんなんだろう。うちの、祖父だけなのかな。
「あのう、うちの祖父が是非連れてくるようにとのことですが、
どうでしょうか。」
「只の助べえジジイではなさそうね。鬼を退治するなんて、只者では
ないな。いいよ、行ってあげる。お茶くらい、出しなさいよ。」
「ありがとうございます。はい、美味しい和菓子も用意します。」
祖父を怒らすと怖いが、陳 桃陽に対する僕の低姿勢が気にいらない
キラちゃんはプイと拗ねる。こっちも、怖いよ。
小一時間ほどで、僕の家の広間に全員集合した。
僕こと、近藤 奏夢。恋人のキラちゃんこと、森 星明。
僕の祖父の近藤 義明、キラちゃんの祖母にして、祖父が昔結婚を誓い
合った元カノの森 奏絵さん。
そして、退魔師の陳 桃陽。錚々たるメンバーだ。僕は、いそいそとお茶と
和菓子の用意をした。和菓子は、祖父のお気に入りの銀座の名店で、祖父自ら
並んで買ったもの。要予約で発送&配達なし、カード利用不可。営業時間は
17時までで日曜祝日はお休み。それでも売れるほどの人気っぷりで一度食べたら
忘れられない味の最中の詰め合わせ。
かの有名な小説「吾輩は猫である」にも登場した名和菓子だよ。
こんな時に目上の者に気を遣うことなんかしないし、私はお客よ、わざわざ
来てやってるんだからと、陳 桃陽は、真っ先に最中に手を出した。それも、
祖父が一番お気に入りの最中だ。祖父の顔が醜く歪む。
食い物の恨みは恐ろしい。僕、知らないよ。
「超美味しい。こんなの、香港でもないよ。世界一かも。もしかして、これかな。
昔、私の祖母が日本で食べてめっちゃ感動した和菓子は。子供の頃から、よく
聞かされたよ。」
「そうか、そうか、世界一か。そんなに美味しいか。」
機嫌がいっぺんに良くなり、眼尻が下がった祖父は、自ら墓穴を掘ることとなる。




