安達の鬼
そして、最終ピリオド。
観客全員が立ち上がらんばかりの白熱した試合となった。
両者、お互いに譲らない。点の取り合い。シーソーゲームだが、
やはり朱雀高校のメンバーは疲労が蓄積し、足に来ている。
ラスト20秒、2点差で引き離された。
相手のチームはパス回しをして時間を稼げばよいのに、点を取りに行った。
それを見逃すはずがない。ダブルチームで当たり、ドリブルカットをし、
パスを必死につないだが、残り5秒。ハーフライン超えたところで、やっと
キャプテンにボールが渡った。
迷っている暇はない。キャプテンは覚悟を決めてスリーポインを打った。
奏絵に指導してもらった完全なる脱力からの全身を精密に用いたシュート。
体育館にいるすべての者が固唾を飲んで見つめる中、ボールは大きく宙を
舞い、ボードに当たることなく、リングのネットに吸い込まれた。
スバッ
その直後、試合終了を告げるブザーが鳴り響く。会場内から、歓声が
嵐のように沸き起こる。朱雀高校のメンバーは全員、涙を流し飛び跳ねて
喜んでいる。ハイタッチの音がパチパチとうるさい程だ。
悲願の初優勝。チーム全員でつかみ取ったものだから、無理もない。
この時のシュートの感覚をキャプテンは生涯忘れることはできないと、
後に語った。このキャプテンが後に日本を代表する選手となることも、
後の話だが、二木川高校に異変が起こった。
「お前らのせいだ。あのお方に、顔向けが出来ぬ。クソ~。」
相手のキャプテンの安達が頭を掻きむしり、うずくまる。
それでも、メンバーが黙ったままであったが、安達が立ち上がった瞬間、
恐怖に脅えた。安達の頭に角が生えている。瞳は真っ赤に燃え、吊り上がり、
口に虎のような牙が生えている。安達が鬼に変化したのである。
「オマエラ ユルサヌ・・・」
それにシンクロするかのように、残りの四人も鬼に変化しないものの、
精神に異常をきたした。
そこからは、世にも恐ろしい女鬼、髪を引っ張り合い、顔をかきむしり、
腕に噛み付つく般若のような争いに、観客は悲鳴をあげ、出口へと殺到する。
中には、実際に気を失う者もいた。
「いけませんわ。」「承知。」
若い頃、結婚まで誓い合った二人だけあって、以心伝心。
一階へと階段を駆け下りる。
奏絵さんの五感はこれ以上なく研ぎ澄まされ、乱闘騒ぎの中心に静かに歩み寄る。
一番近い女鬼の肩に触れた。決して、つかんではいない。ただ、触れただけで、
その手で小さく円を描いた。それだけで、その女鬼がストンと腰を床に落とす。
ポカンと口を開けて見上げるが、殺気は消えていない。
奏絵さんにすぐに襲い掛かるが、体に触れることはできず、宙を舞う。
祖父も、残りの女鬼と同じように、闘っている。一切の手加減なんかしない、
容赦ない。当身も入れまくる。僕の祖父は武術の世界、闘いの場において国籍、
男女、年齢の差は関係ないといつも言っている。クソ・リアリズムだ。
しかし、実際、いくら床に叩きつけてもすぐに起き上がってくる女鬼どもに
手を焼いているのも事実だ。
「奏絵、笛じゃ。笛を吹け。」
「承知。」
奏絵さんは、いつも持ち歩いている龍笛を吹き始めた。
龍神祝詞をイメージした曲だ。途端に、五匹の女鬼の動きが鈍くなる。
耳を抑えて、苦しみだした。勝機とばかりに、祖父は龍神祝詞を
唱えながら、気をため、念を込めて額を打つ。
「破邪」
祖父は、四匹の女鬼を次々と倒した。
見る見るうちに、四人の普通の可愛い女子高生に戻る。
「あのお方とは、誰じゃ。」
祖父は、残った安達の鬼に叫んだ。
「ソレハ イエナイ。イエバ コロサレル。」
「なら、仕方ない。」
「破邪」 祖父は同じように、龍神祝詞を唱えながら、気をため、念を込めて
額を打つが、あまり効果がない。
「そうか、ならばこれじゃ。」
祖父は見たこともない奇妙な舞を始めた。心得ある者が見れば、成る程
然りと頷くであろう。普通の者には見えないが、祖父の全身から青白い
清々しい気が立ち上る。
「破邪。怨霊退散」
祖父は、両手で安達の頭を挟み込むように打った。
ゲエエ~
安達は悶え苦しみながら、口から何かを吐き出すではないか。
見たこともない気味の悪い大きな寄生虫・・・・・。
やっと、安達は元の人間体へと変化する。
祖父は、その寄生虫を踏み砕く。普通、食べないよね。
「終わったようですね。ところで、今の舞は。」
「60歳の還暦の同窓会で朋輩に教えてもらった魔物封じの舞よ。
高校の校長をやっていたが、退職して実家の神社の宮司をやっておる
変わり者じゃ。ワシの大東流合気柔術に陰陽道を融合させたら面白いと、
無理やり覚えさせられたものじゃ。あの時は必要ないと思ったが、あやつ、
この日が来るのを予知していたのかもしれぬな。ほんに、助かった。やはり、
持つべきものは、友じゃのう。」
「まあ、それは良いお話をお聞きしました。魔物封じの舞ですか。心強いこと。
これなら、次も安心ですね。」
「次ねえ・・・・。ありそうじゃな。」
武神の領域に近づいている二人は、人間でありながら、神通力も
持ち始めていた。二人の予知能力は、確かなものであることを、
僕たちは後から思い知ることとなる。