EX-8 フラグ、立つ
「俺がルーナと会った階段、覚えているか?」
「え? うん、あの壊れた階段でしょ。それよりふらぐって何?」
削夜は階段を降りながら、もう一つの階段について説明をする。全部の階に分けられた自分達以外に関係者を人を見ていないのであれば、恐らくこれで全員だということを。そしていい加減ルーナのフラグへの探究心が面倒になってきたので削夜は少しだけイラッとしながら答えた
「フラグってのは……そうだな、平たく言えば『条件』って感じだな。旗であるフラッグとかけて立てるとかへし折るとか使われるんだ」
そこにゲーム好きの陽が割り込んでくる。
「元々は俺達の世界にあるゲームの言葉なんだよ。特定の条件が揃うこと、みたいな。だからさっきフラグで開くって言ったのは『俺達が全員揃ったらどこかの扉が開く』って言いたかったんだ」
「へえーそっちの世界も面白そうね」
「ああ、ゲームは本当に面白いんだ……それをあの禿……」
ぶつぶつと目を濁らせて下がる陽を綾香が支える。
「じゃあ、サクヤさんがいたホールの扉を開く鍵が私達ってこと」
「そういうことだ……と、どうやら別のフラグも立ったみたいだぞ」
フレーレが扉を破壊した部屋から外に出ると、さっきまでは全然無かった『気配』があった。削夜がレイドを手招きして呼び寄せる。
「どうしたんだ? ……ものすごい殺気だな」
「ああ、あんた達に会うまでこんなことは無かった。どうやらビンゴらしい。今のところ戦えるのは俺とレイドさん、それとルーナにフレーレだ。陽と綾香、クリスさんは武器がないから戦闘からは除外だな」
「……若いように見えるけど慣れているな……」
「なに、ちょっと死ぬ目にあったことがあるだけだ」
レイドが削夜に一目を置いていると、足元に狼親子と、レジナの背に乗ったベティちゃんが寄ってくる。
「ガウ!」
「わんわん!」
「きゅんきゅん」
「コケコ!」
「はいはい、お前等も頼りにしているよ」
削夜が動物達を撫でていると、レイドが口を開いた。
「それじゃ俺達で前を固めよう。案内はサクヤ君、宜しく頼むよ」
「削夜でいいよ。それじゃ行こう!」
通路へ躍り出て元の道を引き返す一行。殺気は屋敷内に広がっており、すぐにエンカウントすることになる。
だが、エンカウント自体よりも出会った魔物に驚愕する。
グォォォ!
「嘘!? デッドリーベア!?」
「知っているのか? つかでけぇなこいつ!」
通路を塞ぐように立っていたのはデッドリーベアだった。ルーナ、レイド、フレーレの三人が驚きの声をあげる。
「か、片目……!? あの時の……」
ブルリと身を震わせるフレーレを綾香が抱きとめる。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。色々な魔物と戦いましたけど……あの隻眼ベアは……トラウマなんです……」
「仕方ないわよ。あの時は必死だったし、背中にケガも負ったからね。ここで倒して克服といきましょう!」
「ああ!」
ルーナ達が武器を構え、対峙する。
「何か因縁があるんだな? まあ、俺も熊にはえらい目にあったけどな……大丈夫、この面子なら負けないって」
削夜も刀を抜いて笑うと脇からサッと飛び出す影があった。
「コケー!」
「わぉぉぉん!」
「ってベティちゃん!?」
「シルバ!? 危ないわよ!」
二人の制止を聞かず一羽と一匹が飛び出した! それを見た隻眼ベアはわずかに口元を緩ませたように見えた。
「このままじゃ餌になるよ!」
陽が叫ぶと、レイドが踏み込みながら言う。
「そうはさせん、あの時とは違うということを――」
意気込んで突っ込むレイド。しかし、レイドの剣が隻眼ベアに届くことは無かった。
なぜなら!
「コケッコ!」
「わう!」
シルバの背に乗っていたベティちゃんが跳躍し、隻眼ベアの目の前へ躍り出る。隻眼ベアは格好の餌食と剛腕を振るう。
「危な……!」
「何だと!?」
綾香が目を瞑りクリスが叫ぶ。
「ガウウウ……!」
グォォ!?
剛腕が届くその前に、シルバが隻眼ベアの足に噛みつき引き倒していたのだ。
「すごいですよシルバ!」
「あの時、あいつはまだ小さかったからなあ。足に噛みついていたけど振り払われていたっけ」
「シルバはシルバでリベンジしたかったのかな」
ズゥゥゥン……
巨体が倒れ、ベティちゃんがその腹の上に乗り、とことこと顔に近づいていく。
ウガウ……!
もがく隻眼ベアの手をひらりと逃れ、そのくちばしを眉間へと振り降ろした!
「コケー!!」
ドッ……
グォォォゥ……!
断末魔をあげ、息絶える隻眼ベア。その身体はべしゃりとスライムのような形になって潰れて消えた。
「消えた……?」
「アリシアの時と同じか、どうやら偽物らしいな」
「どういうことだ?」
レイドが尋ねると、代わりにルーナが答えていた。
「みんなと会う前にサクヤさんのお嫁さんの偽物が襲いかかってきたのよ。まったく同じような感じで消えちゃったからそう思ったんだと思う」
そこへ陽が顎に手を当てて喋り出した。
「こりゃ、あれかな? 俺達の記憶から恐怖とか嫌なものを再現する、とか」
「ありそうね。こいつはルーナさん達の世界で脅威だったの?」
「うーん、もっとヤバいのはいたけど、隻眼ベアに襲われた時は私達にとっては脅威だったわね」
ルーナが考え込むと、サクヤがシルバを撫でながら言う。
「アリシアは最初俺をつけねらう刺客だった。そういう敵を出してくるなら俺の記憶は結構ヤバい。急がないとまずいことになるかもしれないな」
「……俺達もだな。扉は一階だったか、急ごう」
レイドが剣を収めながら頷き歩き出す。最後に歩いていくクリスは終始無言だったが頭の中では考えを巡らせていた。
「(俺は戦闘というのをした覚えがない。どうしてここに呼ばれた……? それに日記からして嫁さがしというならセルナが居ないのも妙だ……後、みんな強敵と戦っているな……俺にとって最強の敵は子供の頃角材で戦ったゴブリンだっけか)」
クリスはやれやれと肩を竦めながら削夜達を追うのだった。
気付けば一ヶ月を過ぎてました……