EX-1 ここはどこ? あなたは誰?
「んあ……朝か? ベティちゃん……珍しく鳴かなかったな……ふあ」
と、あくびを噛み殺しながらベッドから這い出た男の名は出月 削夜。地球で死んでしまい、異世界へ転生した人間である。
いつもなら一緒に過ごしているニワトリのベティちゃんが朝の挨拶がてらに鳴くのだが、先に削夜が目を覚ますのは珍しかった。
しかし、窓の外を見てただ事ではないことに気づいた。
「あれ!? 見たことも無い景色!? そういや俺の部屋じゃねぇな……ここは一体……?」
削夜が騒いでいると、隣のベッドから不機嫌そうな女性の声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、学生服を着た女の子がむくりと体を起こした所だった。
「何よ……陽、昨日は遅かったんだからもうちょっと寝かせてよ……」
「おはよう」
寝ぼけ眼で削夜を見てきたので、片手をあげて爽やかに挨拶をすると、女の子は大きく目を見開き、そして叫んだ。
「きゃああああああ! は、陽じゃない!? 誰よあんた! フッ!」
叫んだかと思うと、女の子は叫びながらベッドから出て、腰の入った見事な突きを削夜へと繰り出してきた。
「うお!? 急になにするんだ!?」
「問答無用! わたしをこんな所に連れ込んだ、ということはやることは一つでしょ! やられる前にやる。これは基本じゃない……この、避けるな!」
「いや、俺も何が何だか分からないんだよ! 気づいたらここで……っと!」
女の子の攻撃をかわしながら説明する削夜。段々動きが慣れてきたところで、改めて顔を見ると、中々良い顔立ちをしていた。可愛い、というよりも美人だ。
「あれ? お前どっかで見たことが……」
「油断させようたって!」
「いやいや、本当だって。……ああ! 思い出した! 朝ゴミ捨ての時に会ってたヤツだ! 俺の住んでたアパートのお向かいさんだろ?」
蹴りをしゃがんで避けつつ、ポンと手を打つ削夜。パンツは青と白のストライプだな、と思っていると攻撃の手を休めてじっと削夜の顔を見ていた。
「……本当だ、見覚えが、あるわ……。というか今思い出したわ。さっきまで全然思い出せなかったけど」
「ああ、俺はあの世界から消えた事になってたはずだからな。あの一緒に登校していた彼氏は元気か?」
『彼氏』というフレーズに気を良くした女の子が笑顔で削夜に向き直り、自己紹介を始めた。
「ふふふ……あなたはいい人そうね! 私は綾香よ。雨宮 綾香! あんたは?」
「俺は出月 削夜だ。まあ死んで異世界に行っちまったけどな……」
「削夜さんも? 私達も死んでは無いけど異世界を助けてくれって頼まれたのよね」
「マジか。意外と異世界の扉って開いてるもんなんだな……ま、それはいいとして、とりあえずここは俺の居た世界じゃない。そっちはどうだ?」
削夜が言うと、綾香は窓の外を見て肩を竦めた。
「私達が居た世界でもないわね。まあ残りの世界のどっかだったとしたら分からないけど……」
「残り……? まあいいか。ちょっと離れててくれ」
「?」
綾香が窓から離れると、削夜は突然魔法を放った。
「<ファイヤーボール>!」
「わ!? 急に!?」
巨大な火の玉が窓を直撃したが、窓はまるでダメージを受けていなかった。
「魔法が使えるのね? よく見たら剣も持ってるし」
「お前も使えるんじゃないのか?」
「私は回復魔法だけね。剣はあるけど機会があれば見せるわ(というかコントローラー、使えるのかしら?)」
「オッケーだ。恐らく窓を破壊するのは無理だろうな。ゲームだと、俺達以外に関連している人間がいるのがテンプレだ。探しに行くぞ」
「そうね。ま、ご近所さんならまだ安心かな?」
もう居ないけどな、と削夜は笑いながら、綾香と共に部屋を後にした。
バタン……。
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ツンツン……ツンツン……。
「んー……ぐー……」
ツンツン。
「ふえ……? レジナ……もうちょっと寝かせて……」
ツンツン……すぅ……
「違う!? レジナにくちばしは無いわ!」
「コケコッコー!!!」
「きゃあああああああ!?」
耳を押さえてベッドから転げ落ちたのは、父の治療のため冒険者になり、紆余曲折を経て魔王へと至った女の子、ルーナである。
そして……。
「キーンってなってる! 耳がぁ……!」
「コケー」
ベッドの横で白いニワトリがルーナの横で一鳴きし、ニワトリに話しかける。
「ん? あなたが起こしたの?」
「コケッコー!」
そこにいたのはトートバッグを首から提げたニワトリだった。そして良く見れば、近くにルーナの飼っている狼たちも居た。
「わんわん!」「きゅんきゅーん♪」
「わふ!」
「ああ、レジナ達も起きてたんだ。ってどこから入ってきたのこの子?」
「コケー」
ニワトリは窓の外を羽で指して目線もそちらへ向けた。ルーナが首を傾げながら窓へ近づくと、驚愕の声を上げたのだった。
「窓から入ってきたの? え……何ここ? 魔王城じゃない? そういえばパジャマじゃないし、ベッドも違うわ」
よく見れば装備も一式あり、カバンもある。さっきからじゃれついてくるレジナ達を見る限り夢でもなさそうだと、ルーナは考えた。
「コケコケー♪」
ベッドに腰掛けたルーナの髪をくちばしで啄ばんでから嬉しそうに小躍りするニワトリ。
「ああ、髪の色、あなたと同じで白いからねー……もしかして同類と思われている!?」
ニワトリは尚も小躍りしているが、それを良しとしない子狼であるシルバとシロップの二匹がニワトリへ襲い掛かった。
「あ、ダメよ!」
ルーナが止めるも、二匹は止まらない! ニワトリなど狼の爪と牙であっという間に引き裂かれる。そう思っていたが……。
「コケ」
「わん!?」「きゅきゅん!?」
「つ、強い……!?」
シルバの爪はくちばしで軽くあしらわれ、シロップの牙は足で止められた。弾き飛ばされて床に転がってしまう二匹。そこに子供を倒された母狼であるレジナが、報復に乗り出した!
「ガウウウウウ……!」
「コケッコー!」
レジナの攻撃がニワトリの頭へと繰り出されるが、それをくちばしでキャッチするニワトリ。ぐぐぐ……と、お互い膠着状態になるが、程なくして事態は動いた。
「コケー」
「ガウ!?」
一鳴きした途端、ニワトリの体が輝き始めたのだ! そして……
「え!? 光って……」
ドォォォォン!
爆発した。
「げほ……げほっ! 何、どうなったのよ……」
煙に巻かれたルーナが咳き込みながら煙を払うと、少しチリ毛になったレジナとニワトリがうんうんと頷き合っていた。
「コケー♪」
「ガォォォン♪」
「……何か仲良くなった?」
「わんわん♪」「きゅんきゅーん♪」
ニワトリと狼たちが戯れ始めたのを見て、がっくしと肩を落とすルーナ。さっきまでのはなんだったのかと。するとニワトリがルーナの所へ歩いていき、袖を引っ張りながら羽で出口を指す。
「向こうに行けって事? ……ま、ここに居ても仕方ないか」
「コケー!」
「名前は何ていうんだろ? 懐いているから飼われてたと思うんだけど……」
すると、ニワトリは首に巻かれているブローチをルーナに見せ付けるように体を反らした。抱き上げてそれを見ると、何やら文字が書かれていた。
「んー? 『ベティちゃん』? それがあなたの名前?」
「コケッコ!」
「そうみたいね。じゃ、レジナ、シルバ、シロップ、ベティちゃん! ここがどこか確かめに行くわよ!」
ルーナが声をかけると、動物達は一斉に鳴いた。そしてルーナ達も扉の外へと出て行った。
バタン……!
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「……の……」
「……の、おきてください……」
ゆさゆさと揺さぶられて、神代 陽はまどろみのなかうっすらと目を開ける。すると視界に金髪が揺れているのが見えた。
神代 陽は異世界を救う勇者として、先程登場した雨宮 綾香と共にいいかげんな神様に異世界へと送られた者である。仲間の一人にフィリアという金髪の女神(候補)が居るので、フィリアが起こしにきたのかと、陽は動かない頭で考えていた。
「……あの、おきてください」
尚も起こしてくるフィリア(?)だが、まだ眠いので布団を被る陽。いつもなら諦めて立ち去るのだが、今日はしつこかった。
「起きてください」
「すまん……俺は布団から出られない呪いにかかってしまったんだ……だからそっと「えい!」ぐわああああああ!?」
陽がいつものように意味不明な会話で煙に巻こうとしたところ、腹に衝撃を受けて飛び起きた。
「うおおおお!? は、腹に穴が……開いて……ないな?」
「やっと起きましたね。ちょっと強引な手を使ってしまい申し訳ありませんでしたが、お話を聞きたくて……」
陽が声のする方を見ると、白い修道服っぽい服装に金髪の女の子が立っていた。金髪だが、フィリアのように露出が高い服ではなかった。そして、陽が見た事が無い人物だった。
「おま……!? そのメイスで殴ったの!? 殺す気ですかね!? って、えっと……誰? 部屋を間違えていませんかね?」
「いえ、目が覚めたらわたし隣のベッドに居たんです。あ! 自己紹介がまだでしたね。わたしはフレーレと言います」
深々と頭を下げるフレーレと名乗った女の子にあたふたしながら、陽も挨拶をする。
「俺は陽、神代 陽だ。そういや、ここって俺の泊まっている宿屋の部屋でもないな……綾香ー! フィリアー!」
陽が仲間の名前を叫ぶが、フレーレは首を振って無駄だと言う。
「この部屋にはわたしとハルさんしかいませんでした。わたしのパーティ仲間のルーナもレイドさんも居なくて……それでハルさんを起こしたんですよ」
「なるほどな。窓の外も俺の知っている場所じゃないし……フレーレさんは?」
「わたしも見覚えがありません。魔王城の外に似ている気もしますけど……お役に立てずすいません! でも良かったです、わたしてっきり寝ている間に売り飛ばされて、ハルさんがご主人様かと思ってましたから!」
「どうしてそうなる!?」
「いえ、奴隷映えしているお顔でしたから」
インスタ映えみたいな言い方をするフレーレに呆れつつ、綾香やフィリアとは別のベクトルで関わると碌な事がないとハルの直感が働いていた。だが、フレーレの他には誰も居ない。外がどうなっているのか分からないが、協力する必要がありそうだとも感じていた。
「……ま、とりあえず外にでようぜ。俺は一応、剣が使える」
「では回復は任せてください!」
「何でそんなにはりきっているんだか……」
だらけた陽と鼻息を荒くするフレーレというチグハグな二人が仲間を求めて部屋から外に出る。
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「……」
「……」
男二人、お互いのベッドの上で腕組みをして考えている。一人は、前世でブラック企業に勤めていた挙句、過労死で異世界に転生した男、クリス=ルーベイン。
そしてもう一人は、ルーナ、フレーレとパーティを組んでいた勇者、レイドである。
ほぼ同時に目が覚めた二人はまったく知らない人に愛想笑いをして猛一度布団を被った。これはきっと夢だと、小一時間ほど眠ったがやはり状況は変わらなかった。
そして今に至る。
「「なあ」」
同時に声をかけ、焦る二人。レイドが手を振って言う。
「あ、そっちからどうぞ」
「ああ、いや……そっちから……んん! 埒があかないから自己紹介するぞ、俺はクリス。クリス=ルーベイン。ルーベイン領の次男だが、聞き覚えは?」
「いや、無い。俺はレイド、目が覚める前は魔王城に居たんだが……」
「魔王、か……俺の世界にはそんなものは居なかったから、あんた別の世界の人間だな? って言っても外の状況を見る限り別世界の人間みたいだけどな」
クリスがベッドから飛び降り、窓を見ると熱帯雨林のような木が生い茂っているのが見えた。先程フレーレが魔王城の外に似ていると言ったが、ここの外の景色は違うようだった。
「ふむ、ルーナもフレーレちゃんはともかく、エクソリアが気づかないはずは無いと思うが……」
「誰だそれ?」
「敵対していた女神の片割れなんだ。逆にエクソリアの仕業といえばそうかもしれん」
「女神、ねえ……あ、いや、待て。こっちも神を騙るクソ野郎がいるわ。もしかしたらこっちの神の仕業かもしれない」
「……どちらにせよ、このままここに居ても仕方が無い、か。俺は剣を得意としている。クリス、様はどうだ?」
「ああ、『様』は要らないよ、あんたの方が歳は上そうだ(もっとも前世なら俺の方が上だけどな)ここじゃ貴族なんて肩書きは意味が無い。で、俺は戦いは基本的にできない。ただ、体は丈夫だから着いて行く事は多分できるぞ」
「確かに貴族なら戦いはしないか。なら、万が一戦いになったら俺の後ろにいてくれ」
クリスはこくりと頷き、扉に手をかけた。
削夜、ルーナ、陽、そしてクリス達は一体誰が、何の目的で集められたのであろうか? この屋敷の正体とは? 彼らは無事、元の世界へ帰ることができるのだろうか……?
【後書き劇場EX】
初めましての方は初めまして、いつも読んでいただいている方はありがとうございます!
私、作者こと八神 エビ助は、作品を投稿しはじめて今日で丁度一年を迎えました!
作品を読んでいない方にはまったく意味が分からないかもなのですが、完全おまけで、パラレル的な感じのお話を仕上げてみました。
続きは週一くらいで考えていますがどうなることやら……。
もし、楽しいと思っていただけましたら幸いです。
出て欲しいキャラやシチュエーションがあれば、感想に記載していただければある程度対応するつもりです! 特にいつも感想を書いてくれる方の要望にはできるだけこたえたいと考えています。
それでは、これからもよろしくお願いいたします!