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フィルス帝国皇帝を迎える為の準備。
ユリアナ帝国皇帝の結婚準備。
この二つを同時進行で進めていくのは、かなり大変な事だった。
暇であれば時間の進みが遅く感じるのに対し、忙しいと時間があっという間に過ぎる様に感じる。
時間が足りない・・・もう一つ身体が欲しい・・・と思ってしまうほどに。
それがまさに今であり、明日になればフィルス帝国皇帝陛下がやって来る。
「あっという間だったわ・・・いよいよ明日なのね」
疲れたようにソファーに沈むアルフォンスに有里はお酒ではなく、果実水を渡した。
ちょっと残念そうにする夫に「今日は駄目よ」とその頬の口付けた。
「今日は早く寝ましょう?フォランド達からもくれぐれも早く寝かしつける様にと言われているの」
「・・・・俺は子供か」
「仕方ないわ。ただでさえ寝不足なのに、明日は大切なお客様が見えるのよ?体調万全で挑まなきゃね」
「分かってる・・・・でも、これだけは譲れない」
そう言って有里を抱き上げると寝室へと足を向け歩きだした。
「わっ!ちょっとアル!駄目よ今日は!!早く寝ましょう!」
「いや、それは聞けない。この忙しい毎日。どれだけユーリに触れてないと思う?」
そう、この半年は兎に角忙しく、まともに顔を合わせ言葉を交わす、夜を共にするなどどれくらいあっただろうか?
有里の世界で言えば正に社畜。仕事をして家に帰って寝る・・・の繰り返し。
「この数か月、ユーリ片手に仕事をこなせたら・・・と、何度思ったか」
その皇帝らしからぬ言葉に有里の顔が一瞬真顔になりそれを想像し、ぶるぶると首を振った。
「変なこと言わないの」
「変な事ではない。俺にとっては死活問題に等しい」
「はいはい・・・兎に角、寝ますよ!」
まるで子供をあやす様に頭を撫でる有里に、ムッとしたようにアルフォンスは彼女を組み敷いた。
「わかった。今日は早く終わらせるよう努力しよう」
「なっ!ちょ・・・っ・・・」
反論しようとする妻の唇を素早く塞ぎ、己の安寧の為にあっという間にその心と身体を陥落させたのだった。
翌日の夕刻の少し前、フィルス帝国の皇帝が城へ到着し、アルフォンス達は彼等が通された貴賓室へと向かっていた。
当然アルフォンスの横には有里もいて、不機嫌そうな顔でぶちぶち文句を言っている。
そんな妻にアルフォンスは嬉しくて堪らないという風に相好を崩し、二人ともこれから要人に会う様な雰囲気ではない。
「さあさあ、お二人とも。もう少しで貴賓室に着きますよ」
フォランドがまるで引率の保護者の様に、パンパンと手を叩く。
「ユーリ様も陛下への文句は自室へ戻ってからご存分に。陛下もそんな締まりのない顔は引っ込めてください。我が帝国の威厳が風前の灯に見えてきます」
「酷い言われようだなぁ」とさして気にしたようでもなく苦笑していたが、急に纏う雰囲気を変え歩みを止めて有里に向き直った。
「ユウリ、これからフィルス皇帝陛下と顔を会せるが・・・・決して心を奪われないで欲しい」
突然何を言われているのかわからず首を傾げれば、アルフォンスはばつの悪そうな顔をした。
そんなアルフォンスに呆れる様にフォランドが溜息を吐き、
「ユーリ様に浮気はしてくれるなと、くぎを刺しているんですよ」
「浮気?私が?」
益々わからないとばかりに眉間に皺を寄せれば、観念したようにアルフォンスが白状する。
「前にも話したが、彼の容姿はとても特異であり美しいと言われている。ましてや黒と白は対。それに比べ俺の容姿は平凡だから・・・」
その言葉に有里は信じられないとばかりに目を丸くした。
平凡?アルの容姿が平凡?何それ、嫌味?私に対する、いや、全世界に対する、嫌味なの?
だが、至って本人は本気らしく、先ほどまでのご機嫌な様子は何処へやら。自信なさげに有里を見つめる。
その姿は正に帝国の威厳がどこかに飛んでいった後の様で、有里は呆れたようにため息を吐いた。
本当にこの人は・・・私を何だと思ってるのかしら。そう簡単に心変わりするとでも思ってるの?腹立つわ・・・・
と、心の中で文句を垂れるものの、もしこれが反対の立場だったら・・・きっと自分も不安に駆られ、同じような事を考えるかもしれない。そう思えば、嬉しくもあり可愛くもある。
「私が貴方を裏切る筈がないでしょ?」
そう言いながら両手でアルフォンスの頬を包み、そっと引き寄せ口付けた。
付いてしまった口紅を親指で拭いながら「私は貴方のモノ。貴方は私のモノ。そうでしょ?可愛い人」妖艶に笑う有里に、目を見開き驚くアルフォンスの顔がみるみる赤く染まり、感極まったかのように彼女に抱き着こうとするのをフォランドがまたもパンパンと手を叩き「はいはい、終了~」と、呆れを含んだ様な気の抜けた声でそれを止める。
不満そうにキッと睨む皇帝陛下など怖いはずもなく「お見事です、ユーリ様」とにっこり褒めたたえれば、恥ずかしさに頬を染めた有里が「恥ずかしいんだから・・・今回だけですよ」とそっぽを向いた。
そんな二人の様子にアルフォンスが嫉妬全開でブツブツ文句を垂らしていたが、扉の近くに立てば何時もの無表情の皇帝陛下と、それとは正反対に柔らかな笑みを浮かべる皇后陛下へとなる。
いい感じに緊張がほぐれた有里だったが、扉が開けられ室内に一歩踏み出したその先に見えた光景に思わず息を飲んだ。
それはまるで、一枚の幻想的な絵画のようだと思った。
大きな窓から差し込む朱鷺色の光を身体に浴びながらも、その色は侵される事無く白く輝き、美しい件のその人は紅玉の瞳を少し細めながらほほ笑んでいた。




