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「皇帝陛下、皇后陛下がお見えです」


フォランドが立ち上がると、カミルとルイスも彼等を迎えるために立ち上がる。

「楽にしてくれ」

頭を垂れ向かえる彼等に、アルフォンスはそう言い「二人とも息災だったか?」と声を掛けた。

「はい。陛下におかれましてはご健勝のご様子、何よりと存じます」

カミルはいつもと違う装いの皇帝に見惚れながらも、優雅にほほ笑んだ。

そんなカミルを横目にルイスは深々と頭を下げる。

「ご夫婦での貴重な休日に水を差すような事となり、大変申し訳ございません」

「二人とも、頭を上げてくれ」

面を上げた二人に、アルフォンスはまるで見せつけるかのように有里を抱き寄せた。

「紹介しよう。我が妃の、ユウリだ」

「この様な格好ですみません。有里と申します。以後、お見知りおきを」

グイグイとアルフォンスの胸を押しながら何とか挨拶をすれば、カミルは有里にひたりと視線を合わせながら、優雅な仕草で挨拶をした。

「カミルと申します。女神の使徒であらせられますユーリ様にお会いでき、恐悦至極に存じます」

「ルイスと申します。陛下の最愛であらせられますお方にお会いでき、大変嬉しく存じます」

アルフォンスは二人の挨拶に大きく頷くと、座るよう促した。

「所で姫よ。先触れもなく我が国を訪れるとは、そなたの国で何かあったのか?」

いつもとは違う皇帝モードでの対応なのに、有里を抱き寄せるその腕の強さは緩む事無く、最早ギブアップの有里。されるがままである。

フォランドはと言うと、一方的ではあるが仲睦まじい皇帝夫妻を生暖かい眼差しで見つめており、助け舟を出す気はないらしい。

傍から見ればいつもと変わらない様に見えるが、皇帝のその眼差しが冴え冴えとしている事にルイスはかすかに震え、そしてカミルがそれに何も気付いていない事に眩暈を覚えていた。

気付いていないからだろう。彼女は自信に満ちた得意げな顔で答えた。


「我が国は皇帝陛下のご威光の御かげで、国民共々平和に過ごしておりますわ」

「ほぉ・・・私の『ご威光』ね・・・」

「はい」


馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、これほどまでとは・・・

弁護した方が良いものなのか・・・迷うルイスに皇帝は目で制してきたため、彼は開きかけた口を閉じる。

アルフォンスの言葉に何を思ったのか、嬉しそうなキラキラとした笑顔で返事をすカミルに、ルイスの顔から次第に色が抜け落ちていくのが手に取る様にわかる。

腰をがっちりとホールドされたままで、ろくに身動きが取れない有里ですら二人の会話のあまりの温度差に冷や汗が浮かんできそうだ。


確かにリリやランが言っていたように、顔だけは素晴らしく綺麗だと思った。

どのように手入れをすればこんなにサラサラになるのかと思うほど艶やかな銀髪。緑色の瞳はまるで宝石の様で、白く滑らかな肌、赤くも可愛らしい唇・・・まるで芸術品の如く美しい容姿をしているなぁと、有里は感嘆の溜息を吐いた。

だが、最悪な事に中身が伴っていない・・・・、有里は別の意味の溜息をも漏らした。


確かに外見は綺麗だけれど、話がかみ合ってないし・・・アルもイライラしてきているみたい・・・


自分に触れている手から身体から、彼女の的が外れた返答に彼が苛立ち始めているのが手に取る様にわかり、彼女を見つめる眼差しも先程以上に冷え冷えとしてきている。

そんな事すら気付かず、カミルはどこか侮蔑するような眼差しをチラリと有里に向けたあと、誰もが虜になるであろう微笑みをアルフォンスへと向けてきたのだった。


「私はこの度の陛下のご成婚に、異議を唱えに参りましたの」

直球で切り込んできたカミルにルイスは完全に顔色を失い、フォランドは変わらず傍観者を決め込み、有里は感心したように目を丸くした。

「今更、異議を唱えられても、私の妻はユウリ以外は考えられない。だが、姫が唱える異議というのも聞かせてもらおう」

「はい。それは、選択肢ですわ」

「選択肢?」

「そうですわ。使徒様が降臨された状況は特別でした。黒い髪に黒い瞳・・・誰もが惹かれてやまない神の色です。しかも、女神様自らお連れしたのです。例え陛下でも周りから結婚の事で外堀を埋められれば・・・ましてや女神様よりの直々となれば・・・断る事すら難しかったのではと思います」


―――コイツは ナニを 言っている?


その場い居た、カミル以外の人間が共通に思った事だった。

「・・・・・・つまりは、ユリアナが連れてきた娘だったから、選択肢はなかったと・・・言いたいのか?」

「そうですわ」

驚きに目を見張る皇帝を見て、己の都合の良いように解釈したカミルは「してやったり」と言うような笑みを浮かべた。

自分と有里。比べるまでもなく、全てにおいて自分が優れている事はわかりきっていた。

容姿もさることながら、何処に嫁がされても恥ずかしくない教育も受けている。

わかり切っている事なのに・・・・何故、彼女を選んだのか。

それは、あの場所に自分がいなかったからなのだと、おめでたい脳みそが結論をはじき出したのだ。


町に降りるために変装をしているという皇帝は、例え変装していてもその美しさと威厳は隠しきれるものではない。

初めて見る楽な服装は、何時ものストイックな雰囲気とは反対に何処か色気さえ感じる。

それに比べ皇帝に抱きしめられるように隣に座っている、何ともみすぼらしい女。

皇帝と同じ色に染めた髪色なのに、何故こうも品の欠片も見受けられないのか。

なのに時折、愛おしそうに彼女を見つめる皇帝の眼差しに、カミルは苛立ちと嫉妬を隠し切れないでいた。

だが、今自分が言った事できっと皇帝の目が覚めたに違いないと、カミルは確信している。

この選択が間違いだったと気付いたに違いないと。


自信に満ちたようにアルフォンスを見るカミルに、周りと同様惚けていた彼は突然下を向いて肩を震わせはじめた。

「・・・アル?」

心配そうに見上げる有里をいきなり膝の上に抱き上げると、彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめながら、たまらないとばかりに大笑いし始めた。

一瞬、気が狂ったのか?と言う雰囲気が流れるほど、彼の大爆笑は珍しいものだったのだ。


フォランドは相変わらず表情を崩さず、ルイスは見たことのない皇帝の大爆笑に唖然とし、カミルは初めて見るその笑顔に見惚れている。

何がそんなに可笑しいのか笑い続けるアルフォンスに、有里は少し呆れたように彼の目尻に溜まる涙を拭う。

「アル、笑いすぎよ?何がそんなに可笑しいのか、説明してくれる?」

「あぁ・・・くっくっ・・・すまない・・・」

そう言いながら、落ち着くために一つ深呼吸すると、有里に恍惚な微笑みを向け額に口付けた後、カミルには感情の籠らない目でひたりと見据えた。

「姫よ。そなたは私に選択肢が無かったと言うが、それは間違いだ」

「間違い?」

「そうだ。私の周りには常に選択肢だらけだった。妃に関していうならば、この国の貴族の娘たちが全てそうであるように」

そう、自分の娘を妃にしたい貴族がこの国にはごまんといるのだ。

事実、娘を連れての謁見は引っ切り無しだったのだから。

「その数多(あまた)ある選択肢の中から、私はユウリを選んだ」

「それは、女神様が関わっているからではないのですか?」

「そう、ユリアナが関わっている。だが、返せば彼女が連れてきた女性であるからこそ私にふさわしいとは思わないか?」

そう言うと見せつける様に、有里の頬に口付けた。

「まぁ、数多(あまた)の選択肢とは言うが、事実上、姫の言う通り一つしかなかったのだがな」

「ならば、今からでもその選択の幅を広げればよろしいのでは?」

「姫は勘違いをしている」

「勘違い?」

「選択肢が無かったのではなく、私が望まなかったのだ。私にとってユウリは唯一無二の存在。彼女以外の選択はあり得ない」

はっきりと言い切る皇帝の眼差しには迷いはなく、自信に満ちたもので揺るがない事を意味している。

だが、カミルにはそれが理解できない。

皇帝の横に立つべきは『月の女神の化身』とまで呼ばれる自分だけ。

太陽を表す皇帝と、月を表す皇后。

正に、自分だけがふさわしいではないか。なのに何故、自分が選ばれないのか理解できないのだ。

「理解できないという顔をしているな」

アルフォンスに指摘されるが、不満げな表情を崩すことなく「えぇ」とカミルは頷く。

「私と妃は、不思議な(えにし)で結ばれている。それは私が母を亡くし、姉も国を治めるためにそばを離れた時にまで遡るのだがな。

私とユウリの関係は、恐らくユリアナですら予想外だったのかもしれない。だからこそ世界を超えて女神は、ユウリを探してきてくれたのだ」

あまりに抽象的な言葉に誰もが首をかしげてしまうが、自分達以外に理解されなくても構わないと思っているようで、アルフォンスと有里は互いに見つめ合い幸せそうに微笑み合っている。

そんな二人を見て、お互い幸せであればいいじゃないか、と恐らく誰もが思うであろうのに、カミルだけは益々その顔を醜く歪ませていく。


周りの皆は、自分を誰よりも美しいと讃える。

微笑みかけただけで、男たちは跪き愛を囁く。

なのに、彼だけは昔から自分には目もくれないのだ。


自分の思い通りにならず、イラついたように有里を睨み付けるカミルに、その視線から守るかのようにアルフォンスは深く抱き込んだ。

「姫のこの度の不躾な訪問や行動、言動に対し、私は罪を問わない。・・・・ただ、叔父上からは何らかの沙汰があるであろう」

「・・・え?私は罪に問われるのですか?」

分からないとばかりに問い返すカミルに、とうとうルイスが呆れたように口を挟んだ。

「カミル・・・・君は三年前にも陛下に迷惑をかけただろう?」

「迷惑などかけてはいないわ。あの時は周りが私に嫉妬して、私の言う事を全然聞いてくれなかったんじゃない」

そんなカミルの相変わらずの思い込みに、ルイスは痛ましそうな眼差しで彼女を見つめ、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「三年前は陛下の恩赦で罪には問われなかった・・・・が、二度目は無いという事なのだよ。君は自国だけではなく、この国にも迷惑をかけているんだ」

「何を言っているの?意味が分からないわ」

「あぁ・・・だろうな。ただ・・・明日、レオンハルト様がおみえになった時には、そんな言い訳は通用しない」

自国内だけでならまだしも、皇帝陛下の元までやってきてわざわざ騒動を起こしたのだ。二度も。

「カミルは否定するかもしれないが、人望すらない君の事を誰一人として嫉妬する者はいない。三年前の事を知るこの城内の人達は、カミルの事を疎んでいるのだから」

愛しい人の前でそんな出鱈目な事を!と、ルイスのはっきりとした物言いにカッとなったカミルだったが、寸での所で抑え込む。が、その表情はなまじ綺麗な作りをしている分、まるで夜叉のようだと有里は小さく震えた。

「ルイ、事実無根な事ばかり言っていれば、貴方の方が皆に疎まれますわよ。婚約の事だってそう。私はルイの事など信用していませんわ」

「あぁ、君に話が通じるとは思ってはいないさ。全ては明日、レオンハルト様がみえられてからだ」


向かい合う二人の間には盛大に火花が散り、いつのまにか『ルイスvsカミル』というような様相を呈しているのだった。


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