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「アル!大丈夫か!?」
アルフォンスと並走するように馬を横に付けアーロンが叫ぶ。
「ああ、大丈夫だ・・・」
初めは気丈だったアルフォンスも、雨を除ける為のフードの下から覗くのは次第に悪くなる顔色。
アーロンと反対側を陣取って走るのは、医療班班長でフィンレイの直属の上司でもあるレニオス。
そして、レニオスの後ろを走るのがフィンレイだ。
アルフォンスが襲撃されてから所々で休憩は入れているものの、ほぼ走りっぱなしの状態だ。
本来ならば城が見えてきてもいい頃なのだが、速度が通常より遅い事とこまめに入れていいる休憩の為、いまだ目標となるものすら見えてこない。
その事は、意外にも精神的に辟易させるには十分なもので、身の安全すら確実に確保されていないこの状況は、体力を思った以上に削る状況といえる。
ただでさえ雨足が強くなり、灰色に煙る様に薄暗いその風景は、思考すら悪い方向へと蝕んでいく。
気丈にも手綱を握るアルフォンスを、後ろからただただ見つめることしかできないフィンレイは、無力な自分に唇を噛んだ。
今の自分は彼に励ましの言葉も、揺れる身体を支える事すら許されてはいない。
そんな時だった。後ろの方から班長を呼びながら一人の騎士が馬を駆けてきたのは。
「レニオス班長!後ろで一人倒れそうなものが出ました!」
「わかった!馬から下ろしておけ!すぐ行く!!」
騎士は頷くとすぐに馬を翻し後方へと駆けて行った。
それを一瞥すると「フィン!!」とレニオスが叫ぶように呼んだ。
レニオスが何やらアルフォンスに声を掛けた後、フィンレイの横まで下がって来た。
「フィン、俺は後方の患者を診てくる。その間、陛下と並走しお護りしろ!!」
フィンレイの心臓は大きく跳ね上がり、こんな状況だというのに喜びに打ち震える。
「はいっ!」
彼女は初めて愛しい人の傍に立つことを許されたのだ。
そして彼女は思う。
これは、最初で最後の好機なのだと。
「陛下、フィンレイです!班長が戻るまで、私が並走させて頂きます!」
アルフォンスの横に並び声を掛ければ、フードの下からチラリと苦し気な眼差しを覗かせ「すまないな」と、一言。
たったその一言でも、フィンレイが舞い上がってしまうには充分なもの。
何度か取る休息も、時間は短いものだが常にそばに控え、一言二言でもアルフォンスから声を掛けられれば喜びに胸が震え、彼の視界に自分が映っているのだと思うと、天にも昇る気持ちになる。
勿論、アーロンもそばに控えているが、彼の容体を看るのはフィンレイ。よって、人より多く言葉を交わしその身を任せている事になる。
「陛下、失礼します」
そう言いながら布で汗を拭い、熱を測る為に直接肌に触れ、決して間近で見る事の無かったその顔をじっくりと見つめる。
あぁ・・・何て美しいのかしら・・・
何もかもが、愛おしい。
荒い息遣い。苦し気に歪められているその表情。拭っても次から次へと流れ落ちる汗。―――全てが自分の物・・・
何時も綺麗に整えられている髪は乱れ、思いの外長めの前髪は従来の冷たい雰囲気を柔らかなものへと変えていて、一気に距離を縮めてくれた様な錯覚を起こさせていた。
夢にまで見た愛する人との触れ合い。この緊迫した状況も相まってフィンレイは一人、気持ちを盛り上がらせていった。
このまま傍に居る事ができるのであれば、城なんて見えてこなくてもいい・・・
永遠にこの時が続けばいいのに・・・
苦し気なアルフォンスの表情すら、痛々しさを通り越し愛おしくてしょうがない。
そう、今彼は私に頼り身を預けている。頼れるのは私しかいないのだと、誇らしくさえも思う。
当のアルフォンスの気持ちや苦しさなど今のフィンレイには届きもしないくらいに、彼女は自分自身に、この状況に酔いしれていた。
だが、現実は彼女の思いに反し、目的地へと近づいていく。
アルフォンス達がようやく城に着いたのは、既に日も落ちた頃だった。
皇帝の帰還に城内は一段と騒めき、人々が忙しそうに走り回る。
怪我人を運び入れるためにキースが叫び、ずぶ濡れの騎士達を女官達が誘導するよう慌ただしく走る。
そんな中、アーロンとフィンレイに支えられて、ようやく歩いているアルフォンスの元にフォランドが駆け寄った。
アーロンに一言ねぎらいの言葉をかけ、当然のように顔色が悪く、息も荒いアルフォンスに眉を寄せた。
「よく頑張りましたね。すぐ診てもらいましょう。侍従長、陛下を部屋へ」
頷き、エルネストがアルフォンスに近寄ると彼は苦し気な表情で顔を上げ、何かを探すように周りを見渡した。
「エル・・・ユーリ、は?」
「ユーリ様は今こちらに向かわれてます。先ほどまで、厨房で皆の食事を作っておられたので」
「ユーリが?」
驚いたように目を見開くアルフォンスに、フォランドは溜息を吐きながら、しかしどこか満足そうに口の端を上げた。
「彼女が黙って陛下の帰りを待っているわけがないでしょう。このように怪我なんてしたと聞けば、特に」
「・・・・そう、なのか?」
「えぇ、貴方がいない間も大人しくはしていませんでしたし。護衛する方の気持ちも少しは考えて欲しいものですね」
それは決して不快ではなく、どちらかと言えば愉快そうに意味ありげに笑うフォランドに、アルフォンスは一瞬驚いた様な表情をしたものの、ふっと口元を緩めた。
「さぁ、もうすぐユーリが来ます。それまで、頑張ってください」
彼等の会話をアルフォンスをいまだ支えながら聞いていたフィンレイは、初めて見るアルフォンスの柔らかな笑みに、黒く渦巻く感情が胸の奥から沸き上がって来るのを感じ唇をギュッと噛んだ。
何時も無表情で感情を表に出さない彼が、自分では無い他の女を想い、この道中ですら見せなかった笑みを浮かべる。
・・・・・許せない・・・・
漠然と浮かんだ言葉がこれだった。
自分達を引き裂こうとする者は、誰だろうと許すことはできない。それが例え女神だろうと。
そんな思考に捕われアルフォンスを支える手に力を込めたその時だった。ホールの奥からざわめきが起こりはじめたのは。
そちらを見れば一人の女性が肩で息をしながら走ってくるのが見えた。
黒い髪を揺らし、大きな黒い瞳で周囲を見渡す彼女を見つけると、アルフォンスが身を乗り出した。
「ユーリ!!」
突然、アルフォンスが名を叫ぶと、支えられなくては歩く事すらままらなかった身体に力が戻っていくのが、添えるフィンレイの手にも伝わってくる。
「アル!!」
彼に名を呼ばれ、嬉しそうに駆けてくる彼女は化粧もせず、ただ束ねただけの髪。フィンレイとさして変わらないくらいの質素で動きやすさ重視の服装。
なのに、何故にこうも惹き付けられるのだろうか。
フィンレイは、初めて見る有里から目が離せなくなった。
互いに愛おしそうに抱きしめ合う二人を、どこか遠い場所で起きている事のように感じ、フィンレイは先ほどまで感じていたアルフォンの温もりを逃さぬよう、ギュッと手を握るのだった。




