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その日の天気は、相変わらず曇ってはいるものの、時折日差しも見えて、大きく崩れそうなものではなく、フォランド達はとりあえずは胸を撫で下ろしていた。
ここ数日、すっきりとしないと天気が続いており、明日、アルフォンスが帰ってくるまでは何とかもってくれればと皆が願うなか、有里はどこかそわそわする気持ちを紛らわせるかのように厨房へと足を運んでいた。
朝から厨房に入り料理長たちとは別に、リリとランに聞きながら何かを作ろうとしていた。
「ユーリ様、本気ですか?」
「本気と書いてマジだよ~」
「・・・・・宰相閣下には・・・・」
「言ってないよ~」
「「・・・・(こういう奴だったよ)・・・・」」
双子は諦めたようにため息を吐いた。
今、有里がやろうとしているのは、護送されてくる賊たちの為の食事を作る事だ。
騎士達の食事は料理長達が作っている。
でも、地下牢に入る人達には、きっとまともな食事が出るとは思えない。
簡素も簡素な、流動食の様なものにパンが一つ・・・と、チラリと小耳にはさんでいたから。
これから此処に来る人達は、フィルス帝国元大臣達だ。
確かにこの大陸で彼等が生きるためとは言え、盗賊紛いな事をやっていたのは褒められた事ではない。
だが、反抗さえしなければ彼等の身柄は丁重にもてなされるはずだ。
なら、どんな手を使ってでも囲い込んでしまえばいい。それの手っ取り早い方法が、有里流『胃袋を掴む』事だ。
元々の悪人ではないのだから、郷土飯でも出せば絆されるに違いないわ。
それに、尋問する側もされる側も、できれば穏やかに物事を済ませたいしね。
例え投獄されても、そこそこ美味いものを食べたいと思うのは人として当然の欲望だと思う。
三大欲の一つでもあるのだから。
「腹ペコだとイライラするでしょ?私は、怒鳴ったり怒鳴られたりっての嫌いだから、何事も穏便に済ませたいんだよね」
しかも、季節は春から初夏へと移り変わろうとしている頃で、朝晩はまだ涼しい時もある。
今日のように天気が悪いと、涼しいを通り越し寒かったりもする。
ましてや彼等がこれから住まうは、地下牢だ。きっと寒いに違いない。
「人間心が荒んでくるとさ、最悪の故郷でも恋しくなるものもあるのよ。特に郷土料理とか家庭の味とか」
確かに・・・と、双子は思う。
彼女等にとっては良い思い出のない故郷。でも、亡くなった母親が作ってくれた料理は好きで、いまだに二人で作って食べたりする事もあった。
「それに、取り調べといったら、かつ丼でしょう!!」
「「かつどん?」」
「あー、いやいや気にしないで。まぁ、所謂、何事も胃袋掴んだもの勝ってことだね」
フンッ!と、鼻息荒く拳を握る有里に、もう何を言っても無駄だ・・・と、彼女等は悟る。
まったくもって、どちらが大人なのかわからない。
「リリとランも好きな人ができたら、とにかく胃袋掴むのよ!あなたの料理なしでは生きていけないってなくらいにね!」
「「・・・・あー、はいはい。さっさと作っちゃいましょうねー」」
ほぼ棒読みのように返事をすれば、有里はむぅっと唇を尖らすものの、作り方を確認しつつ材料を切りはじめるのだった。
出来上がった料理を眺めながら、有里は満足そうに頷いた。
献立は勿論フィルス帝国の郷土料理で、尚且つ一般的な家庭料理にした。
野菜たっぷりのスープと、一口大に切ったお肉を串に刺して焼いたもの。日本でいう焼き鳥に近いものだが、タレではなく香辛料で味付けがされている。
提供される時は、安全性の観点からもちろん串から外される。
パンは、クロワッサンに近いものがフィルス帝国では主流なようなので、お肉を挟めるように切れ目を入れておいた。
あまり豪華にはできないけれど、スープで身体を温め、お肉で腹を膨らませてもらえればと考えに考えた献立だ。
特に野菜スープはリリとランの『お袋の味』を再現したもの。ごく一般的な家庭料理なのだと言っていた。
今日送られてくる人数は二十五人ほどだという。
スープの入っている大きな寸胴、肉とパンの入っている容器を、フォランドに見つからないように看守の手を借りて地下へと運び込んで、着々と準備を進める。
何時も食事を作っているという部屋に持ち込み、看守の人達に後の事を頼み込みその場を後にした。
本当は自分で最後までやりたかったのだが、リリとランに全力で止められてしまったので、そこはおとなしく諦める。無理を言って周りに迷惑をかける事は本意ではないから。
フォランドには事後報告という事で、全てが終わった時点で話せば、盛大なため息と共に自室謹慎を言い渡された事は言うまでもない。
有里的にはやりたいことはやってしまったので、自室謹慎でオールオッケーだ。
そして日が傾き、黒い雨雲と、夕日を浴び茜色に染まり眩しく輝く雲が混在する不思議な空模様が出来上がった頃に、捕われたフィルス帝国の人達が城の地下牢に収監された。
「ユーリ様の所為で、わたくしたちも謹慎ですよ!」
「だから、嫌だったのです。ユーリ様に付き合うと碌なことが無い・・・」
「まぁまぁ。こうして、ほら!うちらの分のフィルス帝国の家庭料理も確保したし。結果オーライだって」
笑顔全開で親指を立てる有里に、双子は呆れたようにため息を吐きつつも、ちょっとだけ嬉しそうに口元を緩めた。
「フィルス帝国の家庭料理か~。楽しみだなぁ」
「お口に合うかはわかりませんが・・・」
「味見した時、私好みの味付けだなぁって思ったから、全然大丈夫!」
「こちらの料理と違い、少し濃い味付けなので・・・」
「あぁ、平気。私もどちらかと言うと濃い口が好きだから。ちょうどいいくらいだよ」
そう言いながら、双子と共に食事の支度をし、席に着く。
そして三人は、もうすっかり慣れ親しんだ日本式の挨拶をするために手を合わせ「いただきます」と声を合わせるのだった。




