20
有里の部屋から戻り、アルフォンスは力なくベッドへ倒れこんだ。
・・・・俺は、何をした・・・?
彼女に、何をしたんだ・・・?
――口付けだよ・・・・・
同じことへの自問自答に、もう一人の自分が冷静に答えを返してくる。
そんな事はわかっている。
何故、あんなことをしてしまったか、だ。
酒の勢い?いや、酔うほど飲んではいなかった。
雰囲気に流された?・・・何の雰囲気だ・・・
彼女に触れたかったのか?
――――触れたかった・・・・
それが当然であるかのように、彼女に触れたいと思った。
はぁぁぁぁ――――
アルフォンスは、深く大きな溜息を漏らす。
彼女の事は大事だと思っている。
独占欲丸出しにしてしまうほどに。
―――彼女が、好きなのか?
アーロンにも問われた言葉を、再度、自分自身に投げかけてみる。
すると先ほどの、顔を真っ赤にし恥じらう有里の可愛らしくも艶麗な姿を思い出し、今以上に心臓が早く脈打ち始めた。
柔らかな唇は、彼女が飲んでいた甘い果実酒の味がして、離れがたかった。
時折漏らす吐息も、甘く・・・・
そこまで思いを巡らすと、背中にぞくりとしたものが走った。
その姿に、自分は欲情している・・・?
俺は、彼女をそう言う意味で、好きなのか・・・?
そう思った瞬間、顔に熱が集まった。
嘘、だろ?
今になって、自覚だって?
アーロンに問われた時は、本当に、自分の気持ちがわからなかった。
何の冗談だ、と思ってしまう。
彼女に、口付けた事で自覚するなんて・・・
あのような触れ合いがなければ、自覚しないままだったのか?
それはそれで、馬鹿だ・・・と、自嘲の笑みを浮かべた。
最近、彼女に触れる事が多くなった。
いや、故意に触れる事が多くなってきた。
いつも傍に居たいと思うから。
だから会えば、手を握りたいと思う。
髪に触れたいと思う。
頬を撫でたいと思う。
抱きしめたいと思う。
あぁ・・・これが、恋情だったのか・・・
自分の気持ちに納得すると、心の中にあった壁の様なものが、ゆっくりと崩れていくような感じがした。
だが、皮一枚、いまだ膜が張られた様なぼやけた感覚にすっきりとはしない。
それはまるで、戸惑いの様な素直になれない気持ちに似ている。
が、改めて自覚した感情に納得し、己の間抜けさに溜息を吐く。
自分の馬鹿さ加減に頭痛がし始め、それを払う様に軽く頭を振ると、仰向けになって長い手足を投げ出すように伸ばした。
明日は、どんな顔をして会えばいいのか・・・
これまで通り、普通に接すればいいのだろうか?
いや、そもそも今までどんな風に、どんな態度で、どんな事を話していた?
意識してしまえば、これまでがあやふやになる現実に、アルフォンスは頭を抱える。
三日後にはセイルへ発たなくてはならない。
出来ることならば、険悪な雰囲気を残してだけは行きたくない。
ここは、思いを打ち明けてしまえればいいのだろうが、彼女はすぐには返事をくれる事はないだろう。
彼女が自分の事を、一人の男として意識していない事は知っていた。
触れても、抱きしめても驚きやためらいは見えても、寛大にそれを丸ごと受け止めている感じなのだ。
それは、親愛という言葉がしっくりくる程の親が子に与える不変の愛情。
自分らに向けられているのは、正にそれだ。
だから心地いいと感じる。それを失いたくないと感じる。
その一方でここ最近感じ始めた想いもある事も確かだった。
―――それを壊して、もっと深い愛がほしいと。
その意味を理解できなかったその時は、何て浅ましいのかとその想いを打ち消していた。
だが、自覚してしまえばその浅ましさが苦しくも心地良く感じてしまう。
発つ前に打ち明けるべきだろうか・・・それともしばらくは、様子を見るべきか・・・
どちらにしろ、落ち着かないだろうな・・・
どうする事が正解なのかはわからないが、思いは告げるべきという気持ちだけは変わらない。
せっかく気付いた、大切な感情。
認めた、愛おしさ。
気付いてしまえば、それは膨らみ続けて様々な感情をも呼び起こす。
彼女が誰かを見てしまう前に、誰かに奪われる前に、手に入れなければ。
この身を満たしていく甘くも、やるせなく切ない気持ち。こんな感情を与えてくれるのは、有里ただ一人だけ。
先ほど触れた柔らかな唇の感触を思い返し、長い夜になるな・・・と、何度目かとなる切ない溜息を溢すのだった。




