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第九十二話 ダンジョン

 食べ歩きから帰ってきた僕達は、宿に戻ってソルの帰りを待っていた。セリアはあれだけ食べたのに、まだ道中に買ってきたお菓子をつまんでいる。


「お、お前らの方が早かったか」


 窓の隙間からにゅるりと体を変形させながら、スライム姿のソルが入ってきた。


「随分スライムの体に慣れたみたいだね」

「まぁな。慣れればかなり使い勝手がいいぞ。次に姿が変わる時もフューの体に居られればいいんだがな」


 どうやらそれにはフューも賛同しているようだ。よほど食べ物が美味しかったのだろう。


「確か、姿が変わるのは朝の鐘と同時だっけ?」

「猫じゃなくなる?」

「そうだね。セリアも今度は違う姿になるかも」


 変化の規則性は見つかっていないらしいし、本当に何になるかわからない。今度は僕も何か変わると面白いんだけどな。


「それで、ソルの方はどうだったの?」

「あぁ、詳しいことは分からなかったが、魔術の詳細がある場所は判明したぜ」

「ん? 詳細がある場所? 研究所かなにかがあるの?」

「研究所……まぁ、そうとも言えるかもな」


 なにか引っかかる言い方だな。まぁ、ソルが言わないってことは重要じゃないんだろう。


「どこにあるの?」

「それがな、厄介なことに、迷宮(ダンジョン)とか呼ばれる魔物の巣窟にあるらしいんだ。ったく、面倒な真似しやがって」

「迷宮!? それって、何階層もあって、その道を魔物が守ってて、魔物を倒してもいつの間にか復活してたり、宝箱があったりする、あの迷宮?」


 迷宮と聞くと前世のゲームなんかのダンジョンが思い浮かぶ。でも、これまで迷宮が存在するだなんて話聞いたことがなかったんだけど。


「よく知ってるな。宝箱が出てくることは無いらしいが、概ねそれであってる。なんでもこの迷宮とやらはここの魔術を作ったやつがその魔術の研究資料を隠蔽するために作ったんだとよ」


 ん? ソルの言い方からして迷宮は一般的じゃない? どころかここだけなのかな。しかも人工だと。どういうことなんだろうか。


「魔物が中から出てくることは無いらしい。あと、その研究資料を求めてかなりの数の冒険者がやって来るらしいが……如何せんこの都市の魔術が邪魔らしくて、資料を手に入れたやつはいないって話だ」


 あぁ、そりゃそうだよね。迷宮で魔物と戦わないといけないのに、豚とか狸に変えられちゃったらどうしようもない。


「でも、入ることは出来るんだよね? じゃあ僕達でその研究資料を探しに行こうよ!」

「ん、賛成」

「元よりそのつもりだ」


 フューも嬉しそうにしているのが伝わってくる。冒険が好きなのかもしれないな。


「じゃあ今すぐ行こうか。次の変化で誰か戦えなくなっちゃうかもしれないし……」

「そうかもしれないが、迷宮の中で変化を迎えたらかなり危険だぞ?」

「次の変化までは後六時間はあるし、試すだけ試してみようよ。姿が変わっても魔法は使えるだろうし、僕達ならそれほど危険じゃないと思うんだ」


 買い食いついでに聞いてみたところ、姿が変わっても魔法を使う能力に変化はないらしかった。なら、全員が魔法を使える僕達なら変化は致命的とまではいかないはずだ。


「なら、さっさと行くか。あぁ、そうだ。判明してる部分の地図は手に入れてるぜ」

「ナイスソル!」


 僕達は手早く準備を整え――と言っても、亜空間収納(インベントリ)があるし、武器の手入れも怠っていないのでほとんど必要なかった。

 僕はソルを頭に乗せて出発した。


 日はすっかり暮れて、昼は賑わっていた都市も酒場などを除けばひっそりとしている。僕達はどこか寂しい道を歩き、目的の迷宮へと辿り着いた。


 迷宮はぽっかりと穴があいた洞窟のようだった。中からは薄ぼんやりと緑の光が溢れてきている。

 その前には、念の為の見張りか、あるいは間違えて迷宮に入ってしまうことを防ぐためか、兵士が立っていた。

 ……と言っても、小さな男の姿で、非常に頼りないが。

 十中八九この都市の魔術のせいだと考え、気にせずにその兵士に話しかけた。


「ここの迷宮に入りたいんだけど」

「む、迷宮の挑戦者か。おぉ、運良く全員人のままだったのだな。中には強力な魔物も多いから気をつけてくれよ」


 あれ、見た目から侮られて入る許可を出すのを渋られるかと思ったんだけど……。あぁ、これも都市の魔術があるからか。僕達が見た目以上の年齢だって可能性は十分あるもんね。兵士さんが幼くなっているように。


「ありがとう。十分気をつけるよ」


 兵士さんに礼を言うと、僕達は迷宮の中へと足を踏み入れた。床の材質は石のようで、硬い感触が返ってくる。壁を見ると岩に生えた緑の苔が微かに発光していた。外から見えた光はこの苔だろう。


「少し暗いけど、明かりが必要な程じゃないね」

「ん、洞窟にしては明るい。綺麗」


 セリアの言う通り、壁全体が薄く緑の光を放っているのはどこか異世界に迷い込んだみたいで、幻想的だった。


「ぼやっとしてんじゃねぇぞ。ここは魔物が出るって言ってたのを忘れたのか?」


 ソルの忠告を受け、改めて気を引き締める。そうだ、ここは冒険者達がまだ攻略しきれていない場所なんだ。魔術がいくら邪魔だと言っても、僕達みたいに都市の魔術でも運良く戦力を落とさなかった人達もいただろう。

 なのにまだ最奥にある資料を手に入れた人はいないということはらこの迷宮の難易度が高いことを示している。


「とは言え、浅い層は雑魚しかいねぇ。こんなとこで時間を喰うのも馬鹿らしいから、一気に走り抜けるぞ。俺が先行するからついてこい」


 そういうと、ソルは僕の頭から飛び降りて丸い体で器用に走り出した。魔道の類は使っていないはずなのに、僕でも追いかけるので必死だ。セリアは軽く魔法で補助しながら付いてきている。

 魔力は温存すべきなんだろうけど、セリアの莫大な魔力量からすると誤差みたいな消費量だから問題ないだろう。


 走っていると当然魔物に出くわすが、全てソルが体を刃に変形させて切り刻み、体に取り込んで溶かしてしまう。もちろん、その間も足が止まるどころか速度が落ちることすらない。


「ねぇ、ソル。魔物を体に取り込むのって気持ち悪くないの?」


 それって言わば魔物を食べてるようなものだと思うんだけど。しかも出てくる魔物にはゴブリンもいたし……。


「あー、何故か忌避感はほとんどねぇな。スライムの本能か? そもそも取り込んだっていっても感触もねぇし、死体を放っておく訳にもいかねぇだろ」


 そうだった。こっちの世界では死体を放置することはあまりよろしくない。大気中の魔力が濃い場所だと、死体に魔力が入り込み、魔物になってしまうのだ。そういう魔物はアンデットと呼ばれる。

 そうじゃなくても死体を置いておくと、それに釣られて他の魔物が集まってくる。僕らの他にこの迷宮にやって来た人がいたら、魔物が集まった場所は非常に危険になる。


 そうして走り続けること二時間ほど。十四もの階段を下り、次の階段が見えたところで、ようやくソルの動きが止まった。


「ここで俺が手に入れた地図は途切れてる。ここからは未知の領域ってわけだな。にしてもスライムの体って本当に便利だな。これだけ走っても全く疲れねぇ」

「それは羨ましいね。鍛えてるはずの僕でも、ちょっと疲れたのに」


 隣のセリアを見ると、膝に手を当て息を切らしている。あー、セリアはそんなに体を鍛えてないもんね。途中からは強力な魔法での補助もしていたみたいだけど、全力ダッシュ二時間はきつかったか。

 ここは危険がないからいいけど、ここからはセリアの疲労具合にも注意しないとね。


「少し休憩しようか。その間にこの先の情報が少しでもあれば教えてほしい」


 地図はなくとも、多少は先に進んだ人がいるはずだ。だから少しでも情報があれば助かるんだけど……。


 僕は亜空間収納(インベントリ)から地面に敷く物を取り出してそこにセリアを座らせ、魔法で冷やした飲み物を手渡した。セリアはそれを受け取って一口飲むと、ハンカチで額の汗を拭っている。

 それを見ると、僕も隣に座って水分をとった。よく冷えた果実水を飲みながら、ソルの話を聞く。


「そうだな。確実なのはこの先からはBランクの魔物が出てくるって情報だ」


 ここまでに出てきた魔物は全てCランク以下だった。だからソルが瞬殺して走り続けることが出来たんだが、Bランクとなると瞬殺とはいかない。

 この先の地図がないのも、Bランクの魔物が出てくることが原因だろう。そのレベルの魔物が次々出てくるとなると、Bランク冒険者では厳しいだろう。ここを探索できるのはAランク冒険者くらいかもしれない。


 僕達はまだCランクだけど、実力ならそれ以上あると自負している。だけど過信はいけない。命の危険を冒す必要は無いんだ。実力が足りないなら、ソルには悪いけど相応しい実力を身につけるまで待ってもらえばいいんだから。


「ソルの見立てでは、どうなの? 僕達の力で通用する?」


 こういう時は経験豊富なソルに聞くのが一番だ。


「正直、ソーマ一人ならギリギリだろう。だがそこにセリアとフューが加わればそれほど危険じゃないはずだ。それに、このオレがいるんだぞ? Bランクごとき何体出てこようと問題じゃねぇ」

「そっか。それなら進もう」


 長い間戦闘に身を置いていたソルが言うなら間違いない。

 だが、ソルは厳しい声で続けた。


「ただ、あくまで噂なんだが、奥に行けばAランクの魔物も出てくるらしい。疲弊したところでAランクが出てくるとお前らでも危険だ。その時はオレも手助けするつもりだが、注意は怠るなよ」

「了解だよ」

「ん、気は抜かない」


 僕達は、十数分の短い休憩を終えると、手早く後片付けをして迷宮の奥を目指して進み出した。


 なにかの境を表しているのか、ここより先は苔の光が緑ではなく濃い赤色の光を放ち、どことなく不気味だ。


 僕達は少し緊張しながら、その赤の空間の中に歩みを進めた。

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