第九十一話 個性的な人達
「じゃ、観光はオマエら二人で行ってこい。オレはちょっとこの都市の魔術について調べてみる」
「そう? じゃ別行動で――」
別行動? そうか、この魔術があれば僕とソルは別行動ができるんだ! ソル自身の人生を送らせてあげられる!
「僕もこの魔術について調べるよ! これがあればソルは自由になれる!」
「そう、か。これがあればその可能性もあるのか。だが、調べるのはオレだけで十分だ。ソーマは要らねぇよ」
「けど――」
ソルはスライムの体をくいっくいっと動かし、セリアを示した。それに従いセリアを見ると、猫耳がくたっと萎れている。表情もほんの少し残念そうだ。
あぁ、屋台を回る時間が無くなると思って落ち込んでるのか。萎れた猫耳を見てるとすごい罪悪感が湧いてくる。屋台巡りを後回しにするのは無理だね。
それにしても、この猫耳感情で動くのか。無駄に多機能だね。
「わかったよ。じゃあ僕らは先に観光させてもらうよ。その後は手伝うからね?」
「あぁ、それでいい」
「じゃあセリア、行こっか」
「ん、食べ物楽しみ。……ソル、ありがと」
ソルは何も言わずに窓から飛び降り、雑踏の中へと消えていった。
僕とセリアと、そして僕の中のフューは宿を出た。
「さて、まず何から食べる?」
「……あっちから、いい匂いする」
そう言うとセリアは僕の腕を掴み、引っ張って行った。
セリアが先導することになり、僕はセリアの背中側を見ることになる。そうなると気になるのは尻尾だ。腕と同じくらいの長さのある尻尾は常に左右に揺れ動き、非常に楽しそうだ。
銀の尻尾が揺れている様はとても可愛らしい。どうやら尻尾は尾てい骨の上の当たりから生えているらしく、セリアの上着の裾からひょこっと顔を出している。肌が見えることはなさそうで一安心だ。
セリアに連れていかれること数分、まだ目的地には着かないようだ。匂いを頼りに歩いているんだから、すぐそこだと思ったんだけど……。
「こんなに遠くの匂いがわかったの? 僕にはなんの匂いも感じられないけど」
「ん、お肉の匂い」
うーん、そう言われてもそんな匂いなんて全然しない。もしかして、セリア、姿が変わっただけじゃなくて本当に獣人になってるのかな。獣人は五感が優れてるって言うし。
「セリア、もしかして聴力も良くなってない?」
「ん、遠くの音、はっきり聞こえる」
やっぱりか。そうなってくるとこの魔術、本当に凄いね。もしかすると獣人だけじゃなくて魔族にもなれて、魔物を操ることが出来るようになるかもしれない。
この都市の、"差別が無い"っていう売り文句は本当に真実なんだ。魔族すら平等になれるのかもしれない。
僕がそんなことを考えて一人で感動していると、セリアが足を止めた。
「着いた」
見ると、小ぶりの豚がくるくる回りながら火であぶられている。どうやら店主が横のハンドルを回しているようだ。
「おぉ、豚の丸焼きか。初めて見たよ。美味しそうだね。店主さん、これ食べたいんだけど――」
僕は店主の方を見て絶句した。豚を焼いている店主が豚だったからだ。
「豚が豚を焼いてる……!」
「ハハハハ! 兄ちゃんいい反応するなぁ! いやぁ、確かに俺も奇妙な光景だと思うけどよ! 豚の丸焼きを売ってる俺が、今朝起きたら豚になってたんだぜ! いやぁ、おもしれぇ偶然もあったもんだ」
焼いている方の豚が豪快に笑う。
あぁ、そうか。単純にこの都市の魔術で姿が豚になっただけか。びっくりしたぁ、共食いの光景を見ちゃったのかと思ったよ。
この都市ならではの光景ってわけだ。
「これ、ちょうだい」
「お、嬢ちゃん、毎度あり! どのくらい欲しい? 一キロ銀貨一枚だ!」
あ、量り売りなんだ。そりゃそうか、いくら小ぶりとは言え五キロはありそうなこの豚を丸々買う人なんてそうそう――
「全部」
「え? セリア? 僕の聞き間違いかな? 今全部って聞こえたんだけど」
「間違いじゃない。全部」
「ハハハハ! 嬢ちゃん見かけによらず大食いなんだな! あいよ、全部だな。ちょっと待ってろ」
豚の店主は小さな二本の前足で器用に丸焼きを持ち上げ、計りに乗せた。二本足で歩けてるし、体の作りは豚とは違うのかな。
あ、もしかして豚じゃなくて、獣人なのかな。確か獣人の獣要素は個人差があるらしいし、獣要素がかなり強い獣人なのかもしれない。
「六キロ百グラムか。よし! 銀貨六枚にまけてやるよ!」
基本的にお金の管理は僕がすることになっているので、懐から銀貨を取り出して代金を支払う。
「炙ってる途中みたいだったけど、火は通ってるの?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。魔術でしっかり中まで火を通したあと、皮をパリっとさせるために炙ってただけだからな。それももう十分だし、食べ頃だぜ」
魔術を使ってるのか。通りで一キロ一万円とかなり高めの値段設定になっているわけだ。
「それは良かった。それで、この豚の丸焼きを食べる場所ってどこかにある?」
「それならこの家の中で食えるぞ」
店主は蹄を後に向けた。そこには少し大きい家があった。
「この家は一部が俺の家内がやってる食堂になってるんだよ。豚の丸焼きを買ってくれたお客さんには、食堂で食べてもらって、あわよくば食堂で他のものを買ってもらおうってわけだ」
なるほど、豚の丸焼きは食堂の客寄せも兼ねているのか。インパクトは十分だから客はよってくるだろうからね。
お言葉に甘えて食堂の中に入ると、かなりの衝撃を受けた。
大きなカエルや犬、ヤギなんかが当然のようにフォークを使って食事を摂っているのだ。ここまでの道で人間以外の姿の人たちとは結構すれ違ったけど、食器を使って食べてるのはかなり奇妙だ。
「なんていうか、すごいね」
「ん、おもしろい」
素直な感想を口にすると、フューから自分も同じことが出来るという主張が伝わってきた。
そんな所で張り合わなくていいよ……。
空いてるテーブルがなかったので、黒いコートを着た犬の獣人の男と、黒豹の獣人の女の所へ行った。二人とも、獣の特徴が強く出ている獣人のようで、体つきは人間のようだがそれ以外は全て獣になっていた。
男はチワワのような頭で、女は凛々しい黒豹頭だった。ちなみに、性別の判断は服装なので実際の性別は違うかもしれない。
「空いてる席が無いみたいで、相席いいかな?」
この人達に頼んだのは、ここが一番すいてたからだ。決してケモ耳に引かれたわけじゃない。引かれたわけじゃないんだ。
……セリアの目が痛い。どうやら考えが読まれたみたいだ。
「あぁ、生の業を共に負おうではないか。だが俺に近づきすぎるなよ? 深淵に呑まれてしまうやもしれぬからな」
愛らしいチワワ獣人の男がコートを無駄にはためかせ、顔に手をやりながら答えた。
「えぇ、私も構いません。儀式は大勢でおこなった方が霊力が満ちやすいですから。それに貴方がたも自然の一部。であるならば自然の管理者たる私が拒むことはありません」
クールビューティな黒豹獣人が両手の肉球を胸の前で合わせ、少し上を見ながら答える。
「「……」」
僕とセリアは言葉を失った。フューもかなり混乱しているようだ。
えーと、もしかして、これはいわゆる厨二病、なのかな? まさか異世界にも存在しているだなんて。しかも見た目と厨二病設定が合わなさ過ぎて違和感がすごい。
可愛らしいチワワからは闇を背負った傭兵のようなセリフが、凛々しい黒豹からは森の精霊のごときセリフが口にされる。
この都市の魔術が生み出した悲劇だね……。
「あ、ありがと」
ぎこちなく礼を言って、席に座ろうとすると隣から声がかけられた。
「あなた達、ワタクシたちはもう食事を終えたザマスから、ここのテーブルを使っていいザマスよ」
「もちろん、わっちらは汚したりしてないでありんすよ」
声の主は厚化粧をした幼女と、長い髪を高い位置で複雑に結った老婆だった。
「「……」」
僕とセリアは再び言葉を失った。
ザマスとかありんすって実際に言ってる人初めて見たよ……! この食堂、個性の強い人が集まってるの!?
僕とセリアは静かに空いたテーブルへと移動した。席について、豚の丸焼きが乗った大皿をテーブルに置くとぽつりと呟く。
「こ、個性的な人達だったね……」
「ん、本に出てくる人達みたい、だった」
あんな喋り方、大人になってやるのは恥ずかしくないのかな……。あ、この都市の魔術のせい、か。
自分の本当の姿じゃないから、大胆になれるのかもしれない。仮面をかぶると大胆になるっていうのと同じ原理だ。
それに、どれだけ変わったことをしても次の日には姿が変わっているから、リセットできるんだ。
「そういう人が多いのがこの都市の特色なのかもね」
「……ん、確かに変わった人、多い」
セリアは猫耳をぴくぴくと動かすとそう言った。この食堂内の会話を聞いたのかもしれない。
「面白いね。住む場所が違うと人も変わるんだ」
いいね、こういう、場所毎の違いを感じるのも旅の醍醐味だ。
感慨深く何度も頷いた後、ふとテーブルに目をやると丸々と太って立派だった豚の丸焼きは既に半分程食べ尽くされた後だった。
「ちょ、セリア食べるの早いよ!」
セリアは申し訳なさそうに耳をぺたんと倒すが、豚を口に運ぶ手は止まらない。自分の分がなくなっては大変だと、慌てて豚の丸焼きをナイフで切り分け、口の中に放り込む。
皮のせんべいのようにパリッとしていて、心地よい食感を与えてくれるだけではなく、その香ばしさで食欲をかきたててくれる。
そして肉は非常に柔らかく、噛めば弾けるように肉汁が溢れ出し、口中に肉の濃厚な味が広がる。かといって決してしつこくなく、さっぱりと食べられる。
「うん、凄く美味しいね!」
その美味しさに感動したが、僕以上に感動した人がいた。フューである。今までにないほど強い喜びの感情が伝わってくる。体があれば食堂中を飛び跳ね回ったのではないかと言うほどだ。
少し過剰にも感じるそれの原因を考えてみると、一つの可能性に思い当たった。
(フューって、もしかして味覚無いの?)
尋ねてみると、肯定が返ってくる。つまり、僕と味覚を共有している今、初めて味というものを知ったということだ。
それならこの反応も頷ける。
よし、じゃあフューのためにも今日は徹底的に美味しいものを食べよう!
とりあえずは豚の丸焼きをどんどん食べ進める。部位毎の味や食感の違いを楽しみながら次々に肉を口に運ぶ。一口毎にフューの喜びが伝わってきて、僕まで楽しくなってきた。
いつもの倍のペースで食べ進め、あっという間に完食した。
「ふぅ、美味しかったね!」
「ん、幸せ……」
セリアは表情こそ大きな変化はないものの、尻尾がぶんぶんと振られている。動かない表情の分もセリアの感情を表現しているかのようだ。
フューからは、とてつもない幸福感が伝わってくる。フューにとっては天国みたいな時間だったようだ。
「じゃあ、次は、あっちの店に行ってみようか!」
「ん、まだまだ食べる」
こうして日が暮れるまで、僕達の食べ歩きは続けられた。




