第九十話 入れ替わり
「どうなってるの!? ソルとフューが入れ替わったって、なんで!?」
「ソーマ、どうしたの?」
僕が騒いでいたの聞いてセリアが馬車から出てきた。猫耳も不思議そうに傾いている。
あぁ猫耳かわいい……じゃなくて。
「ソルとフューが入れ替わったみたいなんだよ!」
「……この馬がソルで、ソーマの中にはフューがいる?」
「そう、そうなんだよ!」
「どうして?」
「それがわからないんだ。そうだ、ソルなら何かわかるんじゃ?」
僕は期待しながらノワールホースになってしまったソルを見る。だがソルはしばらく黙り込んだかと思うと僕に頭突きをしてきてた。
「なんだよ、なんで黙って――もしかして、いつもみたいに念話が出来ない、とか?」
十分ありえる話だ。念話――頭の中に直接話しかけることはそもそもソルが僕の中にいたから出来たんだろうし、今の状況では不可能なのだろう。
「意思疎通ができないってことか! うわぁ、どうしよ……」
「おい、いつまでここでグダグダしてんだよ。さっさと移動するぞ」
「そ、そうだね。あんまり騒いでると変に目立っちゃうし――!?」
自然と返事しちゃってたけど、今の声って――!!
「ソル!? なんでソルの声が聞こえるの!?」
「念話が使えねぇみてぇだから、風魔法で音を出してんだよ」
「そんなことできたの!?」
「あぁ。昔にソーマから音の仕組みについて聞いてから、色々試してみてたんだよ。しっかり人の声にするのはちっとばかり骨が折れたぜ。丸一年かかっちまった」
風魔法で空気を振動させて、音を作り出してるわけか。人の、それもソルの声そっくりの音を出すだなんて、どれだけ繊細な技術が必要なのか……さすがソルだね。
……って、あれ? 確か、僕がソルに音の仕組みを教えたのは十年くらい前のはず。
「そんなの使えたなら、もっと前から使えばよかったのに。そうしたらセリアや他の人とだってもっと話しやすくなる――あぁ、そういうことか」
つまりは、これもソルの遠慮の一つだったのだ。ソルは僕以外との積極的な交流を望んでいなかったのだろう。ソーマの人生なんだから出しゃばらないように、なんて考えてたんだろうなぁ。
思えば、セリアとの会話もかなり少なかった。基本的に魔道に関することか、僕との会話のついでくらいしか話していなかったね。
なのに、今になって会話が簡単になる魔法、他者と容易に交流できるようになる魔法を使ったってことは、ソルの考えも変わってきてるんだろう。
ギルドマスターと二人で話をさせたのはやっぱり正解だったね。この調子で、遠慮なんてせずにソル自身の人生を謳歌してくれるようになればいいんだけど。
とりあえずは一歩前進、だね。嬉しいなぁ。
「おい、そのにやけ面はなんだ。不快だ」
「別に何でもないよ。それより、早く移動するんでしょ? そろそろ目立ち始めてるし」
姿が変わったばかりで騒いでいる人が多いおかげで今までは大して目立っていなかったが、いかんせん長い間留まりすぎた。こちらをチラチラと見てくる人が増えてきたようなので、早く移動したい。
「ちっ、さっさと宿を取るぞ」
「そうだね。えーと、宿屋は……あっちだ」
門に並んでいる時に、あらかじめ商人にオススメの宿の場所を聞いておいたのだ。
道中、人気のない場所へと行って馬車を収納した。中身がソルになっても、スライムの変身は使えたようで、ソルは今スライム姿となって僕の頭の上にいる。
「ここか。なかなか良さそうな宿だね」
「ん、大きい」
「その分、金はかかるらしいがな」
今はお金に困っている訳でもないし、ちょっと贅沢しようと思って良い宿にしてみた。綺麗な外観でなかなかの大きさだ。これは期待できそうだね。
「それじゃあ入ろうか」
ガチャリ、と扉を開けた僕達の目に飛び込んできたのは、一メートルはあるであろう大きさの、狸だった。でっぷりとした腹の狸は二本足で立ち、左手を上げてくいっくいっと動かす。
すごいインパクトだ。
「招き猫……いや、招き狸……?」
「なんや、お客さん。イマイチな反応やなぁ。やっぱり猫やないとこのポーズはあかんか。すまんなぁ、三日ほど前やったらそれはそれは可愛ええ猫ちゃんやったんやけどなぁ。でもこの狸の体もなかなかええやろ? こう、でぷんっとしたのがたまらんと思うんや。それにな、見てみこの毛並みやっぱりな――――」
狸は少し訛りのある言葉でぺらぺらと喋り出す。立て板に水のように話し、このままだと長くなりそうだったので強引に割り込んだ。
「あの、ここに宿泊したいんだけど、空いてる?」
「おぉ、すまんな。じぶん一人で喋ってもうたわ。部屋やったら空いとるで。二人部屋一つでええか?」
「それでいい」
「セリア……いや、もういいよ。うん、二人部屋で頼むよ」
僕が口を挟む隙すらなく、セリアが即答した。僕は無駄な抵抗を諦め、セリアに従うことにした。
「なんや兄ちゃん、もう尻に敷かれとるんかいな。まぁその方が夫婦生活が円満になるっちゅうしな」
「いや、別に僕達は夫婦とかじゃ――」
「ほれ、部屋の鍵や。二階に上がって右に曲がったらすぐの所やから、間違えんようにな。あと、ベッドはあんまり汚さんといてくれよ?」
ニヤニヤとおっさんくさい笑みを浮かべる狸。見た目は可愛い狸なのに、台無しだ。
「汚す……?」
セリアがこてんと首を傾げる。猫耳と尻尾も同じように傾く。
「さ、さぁ、早く部屋に行こう。色々相談したいこともあるしさ」
僕はこれ以上この話題に触れないように、セリアの背を押して急かした。セリアは不思議そうにはしているが、大して興味もなかったのかあっさりと従ってくれた。
部屋に着き、中に入った。部屋の中はかなり広く、二十畳はありそうだった。壁にもシミひとつなく、掃除も完璧で清潔だ。
高級感のある、何かの革を使った大きなソファ。艶のある木でできたテーブル。高価なはずの魔道具も至る所に見受けられる。
そして、一番目立つのは真っ白なシーツのキングサイズのベッド。もちろんベッドは一つだけだ。
僕はなるべくベッドから意識をそらして、ソファに腰掛けた。セリアも隣にぽすんと腰を下ろした。なんだかいつもより距離が近いような……。セリアのいい匂いがして、ドキッとしたのを誤魔化すように話を切り出す。
「さて、じゃあどうしてソルとフューが入れ替わったのか、考えてみようか」
「この都市の魔術のせい……?」
「うーん、それしか考えられないけど、中身が入れ替わるなんて今まで聞いたことがないんだよ」
エンデルグに来る前にここの情報は集めておいたんだけど、その中に中身が入れ替わるなんて話はなかった。
僕の中にいるフューからも、悩んでいるのが伝わってくる。
「……考えられるのは、あの魔術が魂に働きかけるものだって場合だ。魂の情報を操作して、姿を変えてるんだとしたら、異常な魂のオレ達に異常が起きるのは道理だ」
テーブルの上に乗っかっているスライム姿のソルが言った。
「魂に働きかける魔術? そんなのあるの?」
「聞きたい」
やはり魔道に関することには貪欲なセリアは、テーブルに身を乗り出してソルに迫った。猫耳も尻尾もピンと真っ直ぐ上に伸びている。
ソルは微妙に体をそらしながら話す。
「理論だけは存在してる。だがあまりにも高度過ぎて使えるやつは居ねぇんだよ。オレも色々試してはみたが、アレは手に負えねぇ。人が手を出せる領域を超えてやがる」
ソルにここまで言わせる程、この都市にかかっているだろう魔術は難解なのか。その魔術をかけた大昔の魔法使い……一体何者なのだろうか。
「そんなに難しいんだ……。魂って言われても、いまいちピンとこないしね。僕の感覚で言えば、魂なんて神の領域だよ」
「ん、でもいつかは使いたい。ソル、今度その理論、教えて」
セリアが静かに闘志を燃やしている。ソルでさえ無理だったというのに、諦めようとしないなんてセリアの魔道に対する探究心は恐ろしいものがあるね。
「あれ? そういえばなんでソルとフューが入れ替わったんだろう。普通なら僕とソルじゃないの? 魂が歪なのは僕達だけだし」
「そりゃ、オレらとフューは魂の繋がりがあるからな。魔力ってのは魂と密接な関係があるってのは知ってるだろ? その魔力で出来たフューにはオレらと魂の繋がりが生まれるってわけだ」
「なるほどね。あ、もしかして、フューから感情が伝わってくるのもそれが理由?」
「あぁ、そうだ」
今まであまり意識してこなかったけど、きちんとした理由があるんだなぁ。フューは理解してたのかな?
フューから伝わってくるのはクエスチョンマークだけだった。うん、理解していないみたいだ。
「話を戻すぞ。今回の異常はこの都市の魔術によるものだと推測される。で、これからどうするんだ? さっさとこの都市を出るか?」
「ここ、見て回りたい」
「そうだよね。せっかく来たのにそれは勿体無いよ。ソル、今の状況って危険はあるの?」
魂に異常が起きてるわけだから、なにか危険があるかもしれない。それなら早くなんとかしないといけないけど……
「さっき調べた限りじゃ、なさそうだな」
危険がないならもう少しここに居たいな。面白そうな都市だし、なにより……
僕はちらりとセリアを――正確にはセリアの猫耳を見る。ふさふさの手触りが良さそうな毛並み。ぴくぴく動いてなんとも可愛らしい。
うん、やっぱりしばらくこの都市に居よう。
ソルは僕の思考を読んだのか、呆れたように溜息をついた。スライム姿で溜息をついても可愛いだけだけどね。
「じゃあ、しばらく観光しようか」
「ん、いっぱい食べる」
「ははは、セリアの目的はそれか。うん、いいね。ちょうどお昼ご飯の時間だし、なにか食べに行こうか」
「ったく、お前らは呑気だな」
僕らの旅の目的は観光なんだし、これでいいんだよ。
感想欄で頂いた、魔法で音を再現するというアイデアを使わせていただきました。




