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第八十九話 幻の都市 エンデルグ

 学園都市ビブリオートニスを出てから既に三日が経った。途中、いくつかの村に寄りながらフューに全力で駆けて貰ったおかげで、幻の都市、エンデルグがもう見え始めていた。

 都市の前には中に入ろうと門の前に列を作っている人々が大勢居たのでフューに速度を落としてもらう。

 歩行程度の速度まで落とすと、僕達はふぅと溜息をついた。


「フラム、襲ってこなかったね」


 十年前僕達の村を襲った魔族、妖炎のフラム。彼女は禁術の反動でしばらく動けなくなっているが、それもそろそろ完治してもおかしくない頃だ。

 ビブリオートニスで派手に目立ったから、僕達の居場所は把握している可能性がある。だから道中襲われるかも、と思っていたんだけど一切姿を見せなかった。

 僕達が村から出たことを知らずに村を襲う、なんてことにはならないといいんだけど……。


「ん、もう襲ってこない?」

《いや、あのフラムが恨みを忘れるはずがねぇ。反動がまだ残ってるか、確実に殺す準備をしてるんだろうよ》


 ソルの声が聞こえないセリアにも伝わるように、ソルが魔法で氷の文字を作って会話に参加する。この方法は人目があるとなかなか出来ないのが難点だが、そうでない時はかなりスムーズに会話ができる。


「後者だと思って構えておいた方がいいね。といっても、観光をやめるつもりは無いけど」


 観光中にもし街中で襲われた場合は、フラムに転移魔法で違う場所での戦いを提案するつもりだ。フラムにしてみたら余計な邪魔無しで僕達を殺せるんだから、十中八九誘いに乗ってくるだろう。

 そうすれば周囲の被害は抑えられる。


 なにより、敵のことを気にして旅を楽しめないなんてのは間違っている。


《フラムの事も気になるが、エンシェントドラゴン共が言ってた事も忘れちゃならねぇな》

「父さんが昔会って、確かエンシェントドラゴンが役目を果たせなくなった時に災いが訪れるって言われたんだよね? そしてそれから少しずつ魔物の奇妙な突然変異が増えてきたと」

「私達が会った、ドラゴニックゴブリンもその内の一つ」

「そうだね。でも、災いって何なのかな」


 災いとだけ言われても漠然としすぎてどういうものか見当もつかない。


《その予兆らしき突然変異は、ドラゴンに関わりがあってしかも凶暴って話だが……。これだけじゃさっぱりだな》


 話している内に、都市の中に入る為の順番待ちの列に合流した。並んでいる人達が、立派な体躯を持つノワールホースに変身しているフューを見て驚きの表情を浮かべる。

 何人かの商人が、その馬を売ってくれないかと持ちかけてきたが、当然お断りした。断られはしたが、商魂たくましい商人達は行きがけの駄賃とばかりに色々な商品を進めてきた。

 あまり面白そうなものはなかったが、セリアが色々な地方のお菓子に興味を示したのでごっそりとお買い上げすることになった。


 買ったばかりのお菓子をぱくぱくと食べ、時折フューにも食べさせてあげながら、列をぼーっと眺める。入る為の審査が厳しいのか、はたまたトラブルが起きているのか、列の進みは非常に緩やかだ。


 まぁ、原因は多分後者だろうけど。


 どのお菓子が美味しいだのこのお菓子はこうすればもっと美味しくなるだの、和やかに話していると、前の方から乱暴な怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! なんで人間の出来損ないが俺より先に入ろうとしてるんだ! 獣風情が! お前には地べたに這いつくばってるのがお似合いなんだよ!」


 見ると門の近くで、大柄で粗野な男が犬の耳と尻尾を生やした商人の胸ぐらを掴み、地面へと叩きつけていた。男は心底蔑んだ目で商人を睨みつけている。


「獣人差別か……」

「……」

《胸糞悪ぃな》


 フューも不愉快そうにいななく。


 獣人とは、獣の特徴を持った種族のことで、人間よりも力が強い傾向がある。だが、獣の特徴があるが故に獣とのハーフだと蔑まれたり、酷いものでは魔物扱いされる時もある。

 ビブリオートニスはプライドの高い人間の貴族の子が多くいる為、獣人差別がきつく、獣人を見かけることは無かった。


「それにしてもあの男、この都市のこと知らないのかな?」

「どういうこと?」


 セリアもよく知らないのか、首を小さく傾げる。わざとでは無いのだろうが上目遣いで見つめられ、少し狼狽える。


「このエンデルグには獣人差別どころか、性別での差別や年齢での差別、そして身分の差すらもないんだよ」


 相変わらず無表情だが、長年の付き合いからセリアが驚いているのがわかる。セリアも、差別というのがどれだけ根深く解消しがたいものか知っているのだろう。


「なんでかっていうとね――いや、見た方が早いみたいだ」


 僕は大声を上げていた男の方を指さした。門番たちが男を捕らえると、都市の中へと引きずっていく。


「やめろ! 何する! 俺は身の程知らずの獣を躾てただけだろうが!」


 男は大暴れするが、門番たちには適わない。抵抗虚しく門をくぐり抜けさせられた瞬間、男を光が包んだ。男の体に薄くまとわりつく様にして現れた光は、男のシルエットを形作っていたが、見る間にそれが縮んでいき大型犬くらいの大きさになった。

 やがて光が薄れ、中から出てきたのは丸々と太った豚だった。


「プギーーッ!?」


 豚は動揺した様子で辺りをぐるぐると見回し、情けない鳴き声をあげた。


 その横で、さっき男と揉めていた獣人の商人が門を抜けた。男と同じように獣人も光に包まれ、出てきた時にはガタイのいい強面スキンヘッドの人間(・・)になっていた。


 スキンヘッドの男は、豚に鏡を向けて豚が自分自身の姿を見れるようにしながら、上機嫌に言った。


「おやおや、私に人間の出来損ないと仰った方が本当に獣になってしまいましたね。確か、獣には地べたに這いつくばってるのがお似合いなんでしたっけ?」


 野太い声で強面の男の口から出る丁寧な言葉は中々に奇妙だったが、豚――獣人差別をしていた男を脅すには十分だったようで、豚はまた情けない声を上げると門の外へと一直線に逃げ出した。


 門をくぐり抜けると再び光に包まれ、元の大柄で粗野な男へと戻った。


 周囲の人々はそんな醜態を晒した男を見て、くすくすと笑う。耐えきれなくなった男は、悪態をつくと都市とは反対方向に大股で歩いていった。

 流石にこんな恥を晒しては都市に入れないのだろう。時間を開けてからまた来るのかもしれない。


「今見たように、都市の中に入ると姿が変わるんだ。しかも一日一回鳴る鐘にあわせて毎回変化するから、見た目を理由とする差別なんて起こるはずもないんだよ」


 まさに理想の都市だと思う。そりゃ、毎回姿が変わるから大変なことも多いと思うけど、差別がなく、人生をやり直すことも容易だ。

 前世で和麒がよく言っていた。差別をなくすにはどうしたらいいかと。和麒が言うのは、見た目をもっと簡単に変えられるようになればいいというものだった。容易に変えられる「差」を理由に差別なんて起きないからだ。

 この都市はその考えを実現している。だからここに来てみたかったんだ。


「不思議……」

「だよね。性別も種族も変わっちゃうんだ。流石に虫とか、ネズミとかの小さい生き物にはならないみたいだけど。で、姿が幻のようにいくらでも変わるから幻の都市って呼ばれてるわけ。でも、どうやってるんだろう、これ。ソルならわかる?」

《ちっ、忌々しいことだがオレにもここの原理はまだ分かってねぇんだ。大昔の魔法使いがかけた魔術だって話だが……》


 大昔の魔法使い、か。ラスベガスも確か大昔の魔法使いが作ったらしいけど、何か関係があるのかな? 同じ魔法使いが作ったのかもしれないね。


「お、そろそろ僕達の番だ」

「ん、楽しみ……」

《アイツみてぇに豚になるかもしれねぇな》

「そ、それは流石に嫌だよ」

「フュー、どうなる?」

「そっか、フューも姿が変わるかもしれないんだね」


 僕がそう言うと、フューは不安そうに体を震わせ、真っ黒なたてがみを揺らした。


 門番のいくつかの質問に答え、馬車の中のチェックも終わると、とうとう都市の中に入る時間が来た。変身タイムだ。


「せーのでいくよ、いい? せーのっ!」


 合図でフューが駆け出し馬車の中にいる僕達とフューが同時に光に包まれる。

 光が無くなり始めると、僕は隣にいるセリアを見た。幸い、セリアは豚にはならなかったようで、人型のままだった。

 光が完全に消え、はっきりと見えるようになったセリアはほとんど元のままだった。唯一違うのは、その銀の頭の上にある可愛らしい猫耳(・・)と短パンの裾から伸びるしなやかな尻尾(・・)だ。


「ね、猫耳……!」


 可愛すぎるっ! 人形のような見た目のセリアに、ちょこんと乗っかるふさふさの銀の耳。しゅっと伸びる尻尾は時折床を叩くようにして動いており、なんとも可愛らしい。


「なんか、変……?」


 セリアは自分の耳を触ったり、尻尾を撫でたりしながら首を傾げていた。数秒間自分の変化を確認していると、ふと顔を上げ僕の方を見る。


「ソーマ、変わってない?」

「え?」


 亜空間収納(インベントリ)から鏡を取り出し、自分の姿を確認するがどこも変化が無い。


「あれ? おかしいな……。ソル、なんでかわかる?」


 問いかけるも返事がなく、代わりに動揺しているというのだけが伝わってくる。


「なにこの感じ……。まるでフューの感情が伝わってくる時みたいな……まさか!」


 僕は馬車から降り、馬車を曳いているフューの元へと駆け寄る。フューの正面に立ち、凛々しい馬の顔を見つめながら慎重に問いかける。


「もしかして、ソル?」


 目の前の馬は、首を縦に振った。


 これが意味するのは、ソルとフューが入れ代わってしまったということだ。


 苛立たしに鼻を鳴らす音が、妙に頭に残った。

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