第八十七話 かつての仲間
「ソルは、ソル=ヴィズハイムはどうやって蘇ったのであるか?」
爆破弾発言をかましてきたギルドマスターは驚愕に固まる僕に構うことなく、顎を撫でながら不思議そうに首を傾げる。
「流石のソルでも、死から舞い戻るような魔道は使えなかったはずであるが? 姿もすっかり変わっているようであるし……一体何をしたのである?」
ようやく硬直が解けた僕は、ポーカーフェイスを意識し、一切の違和感が生まれないように一挙一動に気を配る。
「何の話? ソル=ヴィズハイムって、あの魔導師の?」
よし、我ながら完璧な惚け方だ。嘘をついてるとは思われないはず。
「ふむ……復活とは少し違うようであるな。そもそもあのソルが隠す為だとしてもそのような喋り方をするはずもないのである。だが、あの魔術は確実にソルのものであった。一体何があったのである?」
どうして気づいたのかと思ってたけど、そうか、あの魔術か……。昔の仲間なんだし、気づくよね、そりゃ。
(どうしてあんな魔術使っちゃったの? ソルならこうなるって分かってたんじゃ……)
『ちっ。……久々のトールとの戦いに熱くなり過ぎたんだよ。悪かったな』
そう言えば、珍しくソルが心から楽しんでた気がする。それに、ソルが魔術開発以外で自分から進んで何かをするのは初めてのことだった。
……これはソルの負い目を解消する取っ掛りになるんじゃないかな?
自分のせいで前世の僕は死んだとソルは言うが、僕はそうだとは一切思っていない。だからソルには遠慮なんてせず、僕と同じように第二の人生を楽しんでほしいと思っている。
ギルドマスターがソルに気づいたのは、その第一歩になり得るんじゃないかな。それに、ソルの昔の仲間ならきっと信頼出来るはずだし。
よし、ギルドマスターには事情を説明しよう。
「簡単に言えば転生したんだ。ソル=ヴィズハイムは死んだ後、記憶を失うことなくこの体に生まれ変わった。でもこの体に生まれ変わったのは一人じゃなく、僕、ソーマも居た。この体には僕とソルの二人が入ってるんだ」
『ソーマ!? 何を考えてやがる!』
(ギルドマスターなら大丈夫でしょ? ソルの仲間だったんだし。それに、ソルが昔の知人に会いたがらないのって僕に遠慮してるからだよね。そんなの嫌だよ。僕とソルは対等なんだから)
だから、悪いけどちょっと強引にいかせてもらった。こうでもしないと、ソルは変わりそうになかったから。
『ちっ……。勝手にしろ』
僕とソルが言い合いをしているあいだ、ギルドマスターは顎に手をやり考え込んでいた。それもそうだろう。僕が告げた情報は信じがたく、理解もしにくいものだから。
「そうであるか……確かに、筋は通っているのである。一つ疑問なのであるが、ソルが表に出てこないのは何故である? その体にはソーマとソルがいるのであろう? であるなら、ソルが喋らないのはおかしいのである」
「それはね、ソルが『この体はお前のものだ。オレのせいでお前は死んだんだ。なのに次の生までオレが奪っていい道理はねぇ』って言うからなんだ。僕はそんなこと気にしないでいいって言ってるんだけどね」
『……』
「フハハハハ! それはソルらしいのである! ソルはいつも変な所で律儀であるからな! そんな所も、一度決めたら頑固なのも変わっていないようである!」
ギルドマスターは豪快に笑った。傷だらけの体だとかなり痛むだろうに、本当に愉快そうに。きっと、ソルが、死んだと思っていたかつての仲間が生きているという実感が得られて嬉しいという気持ちもあるんだろう。
「ハハハハ!。いや、すまないのである。それで、ソルと話をさせてもらっても良いであるか?」
「うん。全然構わないよ。ギルドマスターからもソルに遠慮なんてするなって説得してほしいし。それじゃ、変わるね」
『おい待て、オレはトールと話すつもりは――』
ソルの声は無視して体の主導権を譲り渡す。色々試してわかったことだが、体の主導権を入れ替えるのはソルの意思を無視して、僕の意思だけで行えるようだ。
これは多分、ソルがこの体を僕の体だと思っていることが影響しているんだと思う。
だから普段は使わない手段だったけど、今回は別だ。
「ちっ。ソーマめ、いつになく強引じゃねぇか」
「む、ソル、で、あるか?」
「……そうだ。久しぶりだな、トール。見ない内にまた無駄にでかくなりやがって」
ソルは気まずげに目をそらした。ギルドマスターはそんなソルを数秒間見つめた後、丸太のようなその巨腕でソルを抱きしめた。痛覚のリンクは繋がったままなので僕にも激痛が走る。
「そのひねくれた目! 話し方! まさしくソルである! 半信半疑であったが今確信した! 本当に生き返ったのであるな!」
「痛てぇから離せ! 暑苦しいんだよ、この筋肉ダルマが!」
魔術を見てソルだと思ったものの、やはり信じ切れてはいなかったのであろう。ギルドマスターはソルと対面してようやく確信でき、死んだはずの仲間との再会を喜んでいるのだ。
僕は感覚と痛覚のリンクを切り、感動の再会を見守ることにした。
……その割にはソルが本気で嫌がっている気がしなくもないけど。
しばらくして、ようやく落ち着いたギルドマスターが抱擁をやめた。たっぷり十分はムキムキの男に抱きしめられ、心身共に疲弊したソルは息を荒らげている。
「くそが、今ので五本は骨が折れたぞ」
「む? それはいかんである。鍛え方が足りないのではないであるか?」
「お前みたいな筋肉ダルマに抱き着かれたら誰でもそうなるだろうが! それに今は魔術の反動で中がぼろぼろなんだよ!」
「ハハハハ! そうだったのである! そういえば我輩もぼろぼろなのである! そこのスライム、中断させて悪かったのである。治療を続けてもらって構わないであるか?」
フューはすぐさまギルドマスターに駆け寄り、治癒魔法をかけ始めた。それに合わせるようにしてセリアもソルを治療し始めた。
完治するまで、ギルドマスターは淀みなく話し続けた。内容は取るに足らないものばかりで、ソルは適当に相槌を打つだけだったが、それでも楽しそうに話していた。
治療がもう終わるという頃、ギルドマスターが真面目な表情になった。
「それで、ソル。他の仲間達に会うつもりはないのであるか?」
「あぁ、ない。……さっきソーマが話していたが、この体はソーマのもんだ。オレが振り回していいもんじゃねぇんだよ」
「ふむ……やはり頑固であるな。だが、ルシエには会うべきであろう? 彼女にだけは会わなくてはならないはずなのである」
「…………わかっては、いる。だが、オレには合わせる顔がねぇ」
ソルにしては珍しく、歯切れ悪く言った。どういう事情か、気にはなるがソルの苦々しい表情を見ていると聞く気には到底なれない。僕が踏み込んでいい話ではない気がするのだ。
これは事情を知らない僕が軽々しく触れていいものじゃないと空気から察した。
「そうであるか……。ふむ、その辺を含めて諸々話し合わなくてはならないようであるな。ソーマからも頼まれているであるし、今日は酒でも飲みながら朝まで語らうのである! そうと決まれば早速酒場を抑えてくるのである! もちろん貸し切って来るので、安心するのである!」
「ちょっと待て――」
言うが早いか、ギルドマスターは走り去ってしまった。残されたソルは、制止の為に上げた腕を所在無く下ろした。
「ったく。相変わらず無駄な行動力を発揮しやがって……」
(ま、久々に会った仲間なんだ。ゆっくり話してきたらいいじゃないか)
「余計な気を回すんじゃねぇよ。……まぁ、今回は少しだけありがたかったが」
ソルは頬を掻き、地面に視線を落としながらぼそっとつぶやく。やっぱりソルも昔の仲間と話したいと思ってたんだね。
(ふふ、どういたしまして)




