第八十一話 最終競技 魔道対戦
「え、えーと、ゴルトアイの選手達! とてつもなく個性的な演技だったぜぇ! それでは早速大図書館館長のアンテリス様の評価、行ってみよう!」
色んな意味でざわついている会場をどうにかするべく、半ば勢いで誤魔化すように実況係が叫び、進行する。額に汗をかいているように見えるのは間違いではないだろう。
「そ、そうじゃの。では……ゴホン。一見単純に見えてかなり高度な魔術を使っておったの。体を光らせるという一点においても、どの角度から見ても美しく見えるようにと計算された魔術じゃった。体から飛び散っていた汗に見える液体も魔術じゃろう。どれもこれも、魅せることに特化した魔術じゃ。独創的で良かったと思うぞ」
一度わざとらしい咳をした後は、つとめて真面目な表情で語った館長。だがその口角は微妙にひくついていたように見えた。
「なるほど! あれは筋肉を魅せる為だけに作られた魔術、ということですね! 筋肉のためだけにそこまでやっちまったゴルトアイの選手達! 俺はお前らみたいなバカ、嫌いじゃないぜ!」
無駄に爽やかな笑顔で親指を立てた。途端に会場から笑いが漏れ出し、先程までの変な雰囲気はなくなってしまった。
「じゃあ、最終評価、いっちゃおうぜ! アンテリス様!」
「ふむ、そうじゃの。どの選手達も個性的で、非常に多大な研鑽が見えた魔術じゃった。この中で一番を決めるのはとても難しかったのぅ。うむ、これ以上だらだらと喋るのも興ざめじゃろう。それでは、魔道祭、第二競技、魔術芸術、勝者を発表する! 最も優れた魔術を披露してくれたのは――――ノービリスの選手達じゃ!」
会場には大喝采が鳴り響き、勝者となったノービリスの生徒達は飛び跳ねたり、ハイタッチをして喜びを表現する。ノービリスの学園長は、冷静を装おうとしてはいるが小さく握りこんだ拳と、口角が上がるのは隠せていない。
隣のセリアを見ると、納得したような表情だった。
「ん、一番出来がよくて、綺麗だった」
「そうだね。とっても幻想的だった。彼らが一番なのは納得だ」
(ソルとしては自分の劇が一番じゃなかったのが悔しいんじゃない?)
『んなわけあるか。あんな小っ恥ずかしい劇が一番でたまるか』
苦々しい表情のソルが容易に想像できた。
その後も競技は順調に進み、とうとう最後の競技となった。陽はとうにてっぺんを過ぎ、辺りを橙色に染め上げている。魔道祭は朝に始まっているので相当な時間が経過しているが、観客達の熱は冷めることを知らない。
僕自身も魔道祭を存分に楽しんでいるが、気がかりなことがひとつ。魔道祭開始からフューの姿が見えないのだ。フューの事だから無事だとは思うけど、こうも姿が見えないと少し心配だ。
「それではついに最終競技、魔道対戦だぁっ!!! なんとこの競技は観客も参加できるぞ!! 魔術の腕に覚えのある奴はどんどん参加してくれ!」
「へぇ、観客参加型の競技なんてのもあるんだ。学園対抗のはずなのに……なんていうか、自由だね」
バラエティ性を重視した結果なんだろうか。後半の競技も魔術鬼ごっこや魔術を用いたサバゲーもどきなんかで、楽しめればいい的な競技が多かったし。
「ん、でも楽しそう。参加、する?」
「んー、僕はやめとくかな。あんまり目立つのは好きじゃないし、見てるだけでも充分楽しめそうだ」
「ソーマがそういうなら、私も」
「皆も疲れてきてるだろうし、ルールはめちゃくちゃ簡単だ! 参加者は全員ステージに上がり、最後まで立っていたやつが優勝だ! 魔道、物理、搦め手何でもあり! ただし意図的に殺すのだけは禁止だぞ!」
「あれ? 魔道が関係なくなってきてない? これ、普通の剣士とかも参加出来ちゃうよね?」
『んなこと気にすんな。こういうのは盛り上がればいいんだろうよ』
「怪我しても優秀な治癒魔術の使い手がいるから心配するな!! 死にさえしなけりゃ助けてくれるぜ!」
そう言って紹介されたのは大勢の生徒達と先生と思わしき人達だった。
なるほど、学園の生徒なら治癒魔術を使えるだろう。これなら人手が足りないということはなさそうだ。
まぁ、僕は参加する気はないからあまり関係ないけど
「更に! 今回の競技は優勝者に賞品が贈られるぞ! その賞品とは、聞いて驚くなよ? あの娯楽の粋を凝らした町、ラスベガスへの入場券が与えられる!! 参加するやつは立ってくれ!」
瞬間、僕は立ち上がっていた。隣のセリアがじっとこちらを見てくるが、これは許して欲しい。だって、賞品があまりにも魅力的だったのだ。
ラスベガス――この世の娯楽全てを集めたと言われる町。その町へ行きたがる人は数しれず。だが町に入るには月に一千枚しか発行されないという入場券が必要となる。その入場券で入れるのも三日間までで、ラスベガスの住民になるのには厳しい規定をクリアしなければならないと聞く。
娯楽を集めた町と言われては、楽しむために旅をしている僕としては当然行かざるを得ない。それに、ラスベガスという名前が気になるのだ。
前世、アメリカ合衆国にある都市ラスベガス。こちらもカジノを初めとした娯楽の多い都市だ。偶然の一致にしては奇妙なので、初めて知った時から気になっていた。そこに行く機会が得られるというのなら、大勢の注目を集めるくらい、なんだというのだ。
「セリア、どうしても勝たなきゃいけない理由ができた。行ってくるよ」
「……ん、頑張って」
僕の真剣な空気を感じ取ったのか、セリアが静かに応援してくれる。
『えらく格好つけてやがるが、くだらねぇ理由だからな?』
ソルの無粋な声は無視して、僕はステージへと降り立った。賞品が豪華なためか、参加者はかなりの数にのぼる。当然、学園の生徒もいるし、冒険者やフードを被った魔道の使い手もいる。多種多様な人達が集まっているが、その目は皆同じように賞品への貪欲な欲望に染まっていた。
「おうおう、早く戦わせろって空気がびしびし伝わってくるぜ! それじゃあさっさと始めようか。魔道対戦、開始だ!!!」
実況係の宣言と同時に大きなドラの音が響いた。参加者たちは一斉に動き出した。
僕は姿勢を低くし、地を這うようにして走り出すと、首の後ろやみぞおちに打撃を加え、参加者の意識を奪っていった。
こういう乱戦では目立ったやつは徒党を組んで潰される。だから目立たないように相手を倒していくのがベストのはず。
その考えのもと、意識を刈り取る作業を続けること数分。立っている者は最初の三分の一程になっていた。
僕は目の前にいるガタイのいいスキンヘッド冒険者のうなじに拳を叩き込もうとしたが、それは彼が差し込んだ剣によって阻まれた。
素早く後ろに飛んで距離を取る。不意をついて背後から襲い掛かってきた中年の冒険者を回し蹴りで蹴飛ばし、僕の攻撃を防いだ青年を見る。
この数分で多くの参加者を倒してきたが、防がれたのは初めてだった。
彼は目の下に大きな傷跡のある、いかにもベテランの冒険者といった風体の男だった。彼は身の丈程もある大剣をどっしりと構え、こちらを睨みつけてきた。
僕と彼の視線が交差したのは一瞬。次の瞬間には弾かれるようにお互いに走り出していた。彼が大きく振り下ろした大剣をかわし、懐にもぐりこむも、咄嗟に大剣を手放し、引き戻した彼の拳によって退かざるを得なくなる。
上体を大きく逸らし彼のパンチを回避すると、地面から土の槍が背中めがけて突き出してきた。僕は勢いそのままにバク転してなんとかその攻撃をかわした。
――いや、かわしたと思ったけど、少し掠ったみたいだ。
太ももが微かに切れたようで、つぅと血が一筋流れ落ちた。
これはなかなかの強敵みたいだね。でも僕は賞品の為にも負けられないんだ!




