第八十話 第二競技 魔術芸術その三
幻想の住人達は悠々と泳ぎ、各々の生を謳歌している。彼らの動きは決して機械的ではなく、魔術で作られた動きだとは到底思えない。
「……」
あまりの光景に言葉を失う一同。たっぷり三十秒は魔術に目を奪われ、ようやくセリアが声を漏らした。
「すごい……」
興奮を宿した声色で言うセリアを見ると目がキラキラしていた。
こんなセリア、初めて見るな。一緒に旅をしてたらこれからも見る機会があるのかな……。
「うむ、見事じゃなぁ」
館長はあごひげを撫でながら感慨深そうに頷いている。
「そうだね、本当に綺麗だ」
この奇跡を作った生徒達が一瞬激しく光ったかと思うと、全員が腕を高く突き出していた。生徒達は同時に高らかに指を鳴らした。
その瞬間、水も生き物達も、古城さえも消え去ってしまった。まるで夢から急に覚めたかのように元の風景が広がる。
ノービリスの生徒達は深々と頭を下げると、一糸乱れぬ足取りで下がって行った。
数秒のあいだ惚けていた観客たちだが、数人が拍手を始め、それを聞いた数十人が拍手を始め――すぐに観客が一体となって拍手を鳴り響かせた。
「最高の魔術をありがとう! 俺もついうっかり魅入っちまって座席からおっこちるところだったぜ! それじゃあアンテリス様! 解説、そして評価をお願いします!」
いつの間にか解説席へと移動していた館長が顎鬚を大事そうに撫で、朗らかに笑う。
「ほっほっほっ。いやぁ、素晴らしいものを見せてもらった。海の底を再現するのに、会場に張り巡らされた魔力壁を利用するというのは良い発想じゃったの」
あ、そうか。あれは水を宙に浮かせて固定してたわけじゃなく、魔力壁を器にして水を注ぎ込んでたのか。その分、魔術が簡単になるってわけだね。
「それと、生き物達の動きはそこの生徒が直接操作しておったようじゃの。あらかじめ魔術に組み込むとどうしても機会的な動きになるからのぅ。なかなか面白い工夫じゃ。全体的な評価としては細かな所も完璧に仕上げた、精密な魔術じゃった。うむ、よくやったのぅ」
「おおぉ!! これはかなりの高評価だ! 魔法芸術、盛り上がってきたぞ!! それでは最後を飾るのはクーランクの生徒達だ! みんな、自分たちの力を出し切って頑張ってくれ!」
クーランクの生徒達はゆっくりと会場中央へと歩いていく。彼らはみな大きなローブを被っていて、顔も体格もよくわからないが、全員が大柄であることは間違いなさそうだ。
この競技に参加したゴルトアイとノービリスの生徒達は殆どが小柄だったので少しだけ不思議な感じだ。
中央に円を描くように並んだ生徒達は、杖を掲げ――ることはなく、杖を投げ捨てた。そしてローブを勢いよく脱ぎ、その肉体をあらわにする。
そこに現れたのは――――健康的な小麦色の肌を必要以上にテカらせた、筋骨隆々の半裸の男達。もはや筋肉の塊とでも呼ぶ方が相応しい程に鍛え上げられた肉体だった。
「……え?」
「なに、あれ……」
『なんだあのむさ苦しいのは……』
彼らが力強く拳を天に突き出した。同時に、小さな魔法陣が幾つも地面に浮かび上がる。
そして、空気を震わせる野太い声での詠唱が始まった。
「魔道とは――筋肉なり! 芸術とは――筋肉なり! 美しさとは――筋肉なり! すべては筋肉に通ず! 筋肉こそが至高! 万物は筋肉に至る! あぁ、我らが誇るこの筋肉(肉体)をご覧あれ!《光り輝く肉体美》!」
短い詠唱が終わると、彼らの肉体が輝き出した。眩しいほどの光に包まれた彼らは、観客席に向かって思い思いのポージングをとる。
彼らがポーズを変えるたび、体から水しぶきが飛び散る。
「「「「ふんぬっ! んがぁっ! ぬんっ!」」」」
「「「………………」」」
満面の笑みで自らの肉体を見せつける彼らを見て、呆然とする観客。全員が微妙な顔で、どう反応して良いか迷っている。
――いや、一人だけそうではない人物がいた。
貴賓席で一人立ち上がり、滝のように涙を流している。
「我輩は感動したのである! これ程までに筋肉に目覚めた同士がいるとは! よくぞそこまで筋肉を鍛え上げた! 君たちはもう立派な筋肉(一人前)である! どうか我輩も混ぜてほしいのであるっ!」
……そう叫んでいたのは、この町のギルドマスターだった。彼は着ていた服を筋肉で弾け飛ばすと、魔力壁に向かって走り出した。勢いよく踏み切ると、手を顔の前でクロスさせながら魔力壁へと飛び込んだ。
頑丈な筈の魔力壁はあっさりと砕け、ギルドマスターは会場の中央へと着地した。
「おぉ! トール=ムスケル様! 我らが筋肉の師よ! あなた様と一緒に筋肉を披露する日が来ようとは! 私の筋肉が喜びに打ち震えております!」
「トール様に無様な姿は見せられない! みんな、もっと筋肉を高まらせるんだ! 俺たちの筋肉に不可能はない!!」
「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」
「皆、良き筋肉である! 我輩は嬉しいぞ! さぁ、皆一緒にもっと高みへ! 筋肉の頂きへと至ろうではないか!!」
観客そっちのけで大盛り上がりの生徒達とギルドマスター。観客の心はただ一つだった。
「「「なんだこれ…… 」」」
……なんだこれ。どうしてこうなった。




