第八話 転生の神
目が覚めると死後の世界のような真っ白な部屋にいた。そこは死後の世界とは少し違い、神々しさに満ちていて中央に人が立っていた。
「ここ……どこなんだろう」
夢の中ってことなのかな? 僕は家で寝てたはずだし。
「あぁ? 知るかよ。オレだってわけわかんねぇんだよ」
横から聞こえた声に驚いて声の方向を見ると、そこには銀髪で赤い眼をしたガラの悪そうな男がいた。
「だれ?」
「人に名前を尋ねるときはまずテメェからって言われなかったか? まぁいい、オレはソルだ」
「ソル!? 僕だよ! ソーマだよ!」
「あぁ? お前がソーマだぁ? 何言って……もしかしてそれは転生前の姿か?」
ソルは訝しげな目をして僕を見てくる。不思議に思い自分の姿を見てみると、そこには確かに高校生の僕の体があった。
「えっ……ほんとだ前世の姿に戻ってる。でもなんで?」
「だから知らねぇって……まぁそれはアイツが答えてくれるんだろ。おおかたオレ達をここに喚んだのもアイツなんだろうし」
ソルは中央に立つ女の人を指さす。彼女はそれに気づいたのか僕達の方に歩いてくる。近づいて来て彼女の姿がよく見えるようになった。
彼女はメリハリのある体に白い布を体に巻き付けた、女神のような格好をしていた。歩く度に長い金の髪が揺れ、服や肌の白さとのコントラストが美しかった。
「で、この状況説明してくれるんだろうなぁ?」
ソルは彼女を睨みつける。だが彼女はそれに怯んだ様子も見せずまっすぐに僕らを見据える。
「はい、ご説明致します。まず、ここがどこか、という質問に対する回答ですが、ここは私が造った神域です。次に、姿が前世のものに変わっている理由ですが、それは私がお二人の意識のみをおよびしたからです。ですのでここでの姿はお二人にとって一番馴染み深い姿になります。」
スラスラとよどみなく、どこか機械的な口調だった。
「神域を造ったってことはテメェが神だとでもいいてぇのか?」
「はい、私は転生を司る神、アゼニマーレです」
神様、か。確かに意識だけを呼ぶなんて事が出来るなら本物なのかもしれないな。これが夢じゃないなら、だけど。
「聞いたことのねぇ名前だな」
「私は信託などを下す事はありませんので、人々に知られることは無いのです」
「でも僕達をよんだんですよね? だったら同じ様によばれた人が貴方のことを広めていてもおかしくないんじゃないんですか?」
「いえ、人をよんだのは初めてです。今回は異例の事態が発生致しましたのでこのような措置をとらせていただいたのです」
異例の事態、そう言われて思いつくのは二つあった。
「その異例の事態って僕達の魂が融合したことですか? それとも僕達が記憶を持ったまま転生したことでしょうか」
「そのどちらともです。ですが後者は前者の副産物と言えます。魂の融合のせいで記憶の消去に対する耐性が高まった為、記憶が残ったまま転生したのです」
「なるほどな。そもそも魂が融合するなんて事を想定してなかったってことか」
確かに、魂が融合するってとんでもない響きだよね。
「はい、魂の融合など本来ありえないものなのです。お二人の魂は非常に似ており、同時に同座標でお亡くなりになった為、このような事が発生したと考えられます」
「同座標……?どういうことですか?」
「ソーマ様とソル様の世界は重なり合うようにして存在しています。コインの裏と表のようなものです。そしてお二人は全く同じ場所でお亡くなりになったのです」
「全く同じ場所で、しかも同時に死ぬだなんてそんなことが起こるわけ……あ!同じ場所っていうのは偶然でも同時に死んだのは偶然じゃないのかも!」
「あぁ? どういうことだ?」
「僕が死んだのは体に電気が走って動けなくなけなくなったせいなんだよ。それってソルが死ぬ寸前にくらった雷魔法なんじゃないかな?」
僕がそう言うとアゼニマーレは少し考える素振りを見せた。
「……あり得るかも知れません。お二人の魂は非常に似ていますし、同座標に居たのなら共鳴が起こり、ソル様への魔法がソーマ様にも影響を及ぼした可能性はあります」
アゼニマーレの言葉にソルは少し暗い表情を見せた。
「……チッ…………悪かったな」
ソルはうつむきながら小さい声でそう言った。
「なにが?」
「テメェが死んだのはオレのせいってことだろ? オレが巻き込んだせいで死んだんだ」
「違うよ。事故でしょ? ソルに悪気があったわけじゃないし。それに人なんて死ぬ時は死ぬんだよ。だから気にしなくていいよ」
前世では仲良くなった人が、暗殺に失敗して返り討ちに合ったり暗殺対象になって殺されるなんて事はよくあった。
僕にとって死は身近なものだ。
「……そうか。……やっぱりお前は変なヤツだな。自分が死んだ原因に怒りもしねぇのか。普通はそう簡単に割り切れねぇよ」
ソルは低い声でそう言うと、何かを考えているのか黙り込んでしまった。
そのまま数分が経った。その間アゼニマーレは何も言わず、僕達を――正確にはソルを待ってくれているようだ。
だが、もういいと考えたのかアゼニマーレが口を開いた。
「そろそろお二人をおよびした理由を話させて頂いてもよろしいでしょうか」
その言葉にソルは顔を上げ、少しきまりが悪そうな顔をした。
「あぁ、もう大丈夫だ。話してくれ」
「お二人をおよびしたのはいくら似ている魂とはいえ、魂の融合は危険だからです。お互いに反発しあい、最悪の場合では魂が崩壊してしまいます。ですので私はそれを抑えるために来ました。ソーマ様、これを」
アゼニマーレは僕に青い宝石がはまった指輪を渡してきた。緻密な細工が施されていてとても美しいものだった。
「これは魂の崩壊を防ぐため、魂の力である魔力を制限する力があります」
「具体的にはどのくらい、なにが制限されるんだ?」
「魔力量と魔道の規模が制限されます。魔力量、発動可能な魔道の規模の上限がともに半分になります」
「半分だぁ? それはやりすぎじゃねぇのか?」
「お二人は魂が融合されていますので魔力量、規模の上限がともに二倍になっています。ですので半分で元々のの数値といえます。そして、この指輪にはあと二つ力があります。一つは傷ついた魂を修復する力。もう一つは魂の傷つき具合を表す機能です。魂が傷つけば傷つくほど指輪の色が赤に近づいていきます」
すごく便利な指輪なんだね。危険を知らせる機能まであるなんて。……ん?
「ちょっと待ってください。その指輪は魂の崩壊を防ぐための力もあるんですよね? だったらその二つの機能はいらないんじゃないですか?」
「……この指輪はあくまで無意識に危険なレベルの魔法を使用出来なくするもので、使おうという強い意志があれば制限は外れてしまうのです。並大抵の意思では外せないようにはなっていますが、命の危機などがあった場合には外れてしまう可能性があります。ですのでこの二つの機能が必要なのです」
なにか引っかかるな。僕にとってあまりにうますぎる話だ。制限だってあってないようなものだし、無茶しても回復ができるアイテムまで貰えた。
何よりアゼニマーレがここまでする理由がない。善意だとは到底思えないし、魂の崩壊を防ぎたいだけなら完璧な制限をかければいいだけだ。最悪僕達を殺せばいい。
それが出来ない理由があるのかもしれないが、アゼニマーレが初めて答えるのに詰まったことが気になる。今までスラスラと機械のように話していたのに、さっき答えたときだけ答えに詰まっていた。何かあるのは間違いないだろう。
「その指輪が赤くなるまで魂が傷ついたら、その修復にかかる時間はどのくらいだ?」
「約一週間程です。ですがこれは魔力を一切使用しなかった場合ですので、魔力を使用した場合はこれよりも延びます。オレンジでしたら丸一日魔力を使用しなければ完全に修復することが可能です。ですが赤になっても魔法を使うのはおやめください。魂の崩壊の恐れがあります」
アゼニマーレは今までほとんど変えなかった表情に少し真剣さを浮かべ、諭すように言った。
僕はアゼニマーレに更に質問をしようとする。だが
「申し訳ございません。そろそろ時間切れです」
その言葉が耳に届くと同時に僕の意識は薄れていった。
「……申し訳ございません」
薄れゆく意識ではアゼニマーレのその言葉を拾う事は出来なかった。だがアゼニマーレの端正な顔が悲痛に歪んでいるのだけは認識することが出来た。