第七十九話 第二競技 魔術芸術その二
ゴルトアイの生徒たちが観客に向かい一礼すると、観客席から割れんばかりの喝采が沸き上がった。それを受け誇らしげに笑みを浮かべるゴルトアイの生徒たち。
ノービリスの生徒たちは彼らの実力を認めるかのように感心した表情だが、悔しそうな様子は見えない。それだけ自分たちの魔術に自信があるのだろう。次の彼らの演技が楽しみだ。
クーランクの生徒はというと、大きな外套に身を包み、フードを目深にかぶっているので顔色をうかがうことはできない。
「それではここでさっきの魔術の解説をしてもらおう! 解説をするのはこの方! この町自慢の大図書館、その館長であるアンテリス様だーー!」
あ、いつの間にか館長が実況席にいる。館長が解説か、確かに適任だね。
「アンテリス……?」
「そういえば僕達、館長の名前知らなかったね。アンテリスっていうのか。でももう館長で定着しちゃってるからね……」
うん。やっぱりこれからも館長って呼ぼう。こっちの方がしっくりくるよ。
館長の方をちらりと見ると、茶目っ気たっぷりにウインクをしてきた。そしてごほんと咳払いをすると威厳のある表情を作った。
「ご紹介に預かったアンテリスじゃ。それじゃあ早速さっきの魔術の解説といこうかの。基本的には光属性の魔術じゃ。光で幻影を生み出して見せていたわけじゃな」
なるほど、あれは全部光で出来た像だったのか。ホログラムみたいなものかな。それにしてはなんかリアリティがあった気がするけど。
「じゃが勿論それだけではない。風属性の魔術で音を再現し、土属性の魔術で土煙なんかを作り出していかにも本物っぽく仕上げておった。最後に大穴があいていたのも土属性の魔術じゃな」
「なるほど、複数の属性の魔術だったわけですね!」
実況係はテンションは高いままだが、丁寧な口調へと変わっている。さっきも様づけで呼んでいたし、館長はそれなりの地位を持っているのかもしれないね。
「うむ。そういった工夫だけじゃなく、単純に魔術も優れておった。魔術であれだけ緻密な幻影に複雑な動きをさせるのは並大抵の技量じゃ無理じゃからの。それに、魔法陣もよく考えられておった。荒削りではあるが、なかなかに面白い陣じゃったぞ。ゴルトアイの生徒達よ、見事じゃった」
館長の賛辞の言葉にゴルトアイの生徒達はパッと笑顔を咲かせた。館長に認められたことがよっぽど嬉しいようだ。
「魔術の技量的な話からは外れるが、吟遊詩人の話を元に英雄の戦いを再現するという発想がよかったのぅ。いやぁ、迫力のある戦いが見れて満足じゃった。皆の者、彼らに盛大な拍手を!」
相好を崩して好々爺然とした表情になると、そんな感想を漏らした。観客達は各々の手で彼らの活躍を褒め称える音を奏でる。
会場が拍手に包まれるとゴルトアイの選手達は誇らしげに観客席へと手を振っている。何人かの生徒なんかは感極まったのか、涙さえ見せている。
「素晴らしい魔術を見せてくれたゴルトアイ!! それに続くはノービリスだ!! 一体どんな魔術を見せてくれるか、今から期待で胸が破裂しそうだ!! それじゃあノービリスの生徒達は準備に入ってくれ!」
緊張のせいか、ぎこちない歩きでノービリスの生徒達が出てくる。先頭を歩く少年は、立ち止まると大きく深呼吸して杖を高く掲げた。今から魔法陣を組むのだろう。
「それにしても、生徒達の反応が大袈裟じゃなかった?」
いくら観客たちから拍手を貰ったからって、泣いたりするだろうか。
「それはの、あの生徒達はこの時のために一年間魔術を作っておったからなんじゃ。つまりはあの子達の集大成の発表じゃった、というわけじゃの」
僕の疑問に答えたのは、急に横に現れた館長だった。
「うわっ、か、館長!……ここに来ても大丈夫なの?」
「実況は……?」
館長は僕のリアクションにニンマリと笑う。
「ほっほっほ、まぁ少しくらい構わんじゃろうよ」
適当だなぁ。……館長って普通のおじいちゃんに見えるけど、相当できるんだね。気配に敏感な僕でも全く気づかなかったし。
その技量を僕を驚かせる為だけに使うってのも館長らしいといえばらしいね。
「それで、あの子達が一年間かけてあの魔術を作ったってことでいいの? 実用的じゃない魔術に一年もかけるって、学園的にはそれでいいのかな……。そりゃ綺麗だったけど」
「ん、もっと他の魔道を習うべき」
僕とセリアの言葉を聞き、館長は優しげな目をして笑う。
「ほっほっほ、君達はもう少し広い視野を持つべきじゃな。誰も彼もが冒険者や兵士になろうとするわけじゃないじゃろ? 魔道を習うのは必ずしも戦うためじゃないんじゃよ。もっとも、学園に通う生徒達の中じゃ、そういう生徒が殆どじゃがの」
戦闘以外の用途の魔道を習いに来る生徒もいるのか。そんなこと、考えもしなかったな。やっぱり魔道は戦いのためのものってイメージが強いからかな。
館長の言う通り、もっと固定観念に囚われず自由な考えができるようにならなくちゃ。
「この競技に出る生徒の殆どは魅せる魔道を仕事にするんじゃよ。大道芸人みたいなことをする生徒もいるし、貴族に雇われて余興をやる生徒もいるんじゃ。じゃから、今回のは自分を売り込む場とも言えるの」
あぁ、そうか。この魔道祭にはそういう側面もあるのか。確かにここで技量を見せつければスカウトされることもあるだろうね。
「そういった意味ではさっきの魔術は大成功じゃろうな。英雄譚の人気は絶えることがないからのぅ。引く手あまたじゃろうて」
「ん、見てて楽しかった」
(あ、そういえばソル。さっきのはどういうこと? ソルから聞いたのとは随分違うんだけど。大勢の魔族が転移してきて雷魔法を撃ってきたんじゃ?)
『大方俺の仲間たちが変えたんだろうよ。魔族が卑怯な手を使ったってのは人間共の魔族への悪印象にしかならねぇからな』
(じゃあ、ソルしかいなかったのは何で? 仲間たちがいたんじゃないの?)
『あぁん? んなの知るかよ。吟遊詩人どものやることだ。面白おかしく好き勝手変えられまくってんだろうよ。ちっ、忌々しい』
いつになくソルがトゲトゲしてる……。過去に何かあったのかもね。触れないでおこう。
「お、そろそろ魔術が完成しそうじゃぞ」
「本当だ。もうちょっとだね」
「魔法陣、綺麗……」
「うん、そうだね。なんかきっちりした魔法陣だ。かなり無駄が省かれてる」
「教科書通りの王道の魔法陣じゃな。よくここまで基本に忠実に作ったもんじゃのぅ」
基本に忠実というのは悪いことじゃない。それだけ無駄がないということでもあるのだから。それに基本通りに作るってのは簡単な事じゃない。基本を完全に理解してないといけないんだから。
そう考えるとこの魔法陣はかなりハイレベルだと言えるね。
ノービリスの生徒達の魔術詠唱が最後に近づいてきた。
「「「人類の手の届かぬ遥か海の底。その幻想を今ここに再現せん。《遠き幻想の水底》」」」
魔法陣が光り輝き、会場を光が満たした。光が消えるとそこには光の代わりに水が満ちていた。太陽の光を反射し、キラキラと光る水。
その水の中の中央には、苔が生えて所々朽ちてしまった城があった。その城の周りを悠々と泳ぐのは多種多様な生物たち。
氷で出来た小魚の群れ。炎を吐くサメ。光の線を描きながら泳ぐクジラ。宝石の泡を吹くカニ。七色の光を放つヒトデ。きらびやかなサンゴを背中に生やしたカメ。煌めく星屑を吐き出すイカ。
現実では存在しえない彼らが、古の城に住んでいる。差し込む光を受けながら静謐でありながら生命の息吹をを感じさせる空間。
――美の楽園がそこにあった。




