第七十三話 創作武器
セリアが帰ってくるのを待とうと、宿の中に入ろうとする僕をソルが引き止めた。
『部屋に戻って待つって言っても、セリアが帰ってくるのはまだまだ先だと思うぜ? アイツ、魔法が絡むと貪欲だからな。大図書の閉館時間まで、館長とやらと延々魔法の話をしてるだろうよ』
「それもそうだね、まだ太陽も高いし……。それじゃあ、武器でも見に行こうか」
ドラゴニックゴブリンとの戦闘では、武器の性能が足りないと感じた。Aランク以上の魔物と戦うには、魔法で作った武器では心もとない。父さんから貰った大剣もあるけど、大剣の使い方はまだ慣れてないんだよなぁ。
大剣って目立って暗殺には不向きだから、前世で使ったことはほとんど無かったし。
『武器だけじゃなくて防具もな。いくらなんでも普段着のまま戦闘するってのは無防備すぎる』
一理あるね。この前の戦いだって、防具があればもっとダメージは少なかったはずだ。
「それならドラゴニックゴブリンの素材が役に立ちそうだね。あー、でもセリアの防具も必要になるし、防具はまた今度にしようよ」
『そうだな、二度手間になるのはごめんだ』
「今回買うのは武器だけだね」
方針を決めた僕達は、あてもなく町をぶらつきながら武器を探した。武器屋の場所を誰かに聞いて向かうのもいいが、自分で見つけるのも旅の醍醐味だと思ったのだ。
「それに、意外なところから掘り出し物があるかもしれないしね」
『んなこと滅多にねぇよ。冒険譚の読みすぎだ、馬鹿』
ソルの辛辣な言葉に苦笑いを浮かべながら、辺りを見回すと、少し暗い表情で店番をしている、僕と同い年くらいの少年が目に入った。
「もしかして、アレ……」
『どうした? 掘り出し物とやらが見つかったのかよ。……あれは多分、学生の試作品を並べているところだぞ。そんな所に掘り出し物があるとでも思うのか? ククッ』
ソルの奇妙な笑い声が耳に入らないほど、僕は今見つけたものに目を奪われていた。店に近づくと、少年が僕に気づき、作り笑いを浮かべた。
「いらっしゃいませ……」
客が来たというのに何故かテンションが低いが、そんなことを気にする余裕もなく一つの商品を指さす。
「これ、なんなの!?」
「これ、ですか?」
僕が指差しているのは、前世では見慣れていたもので、しかしこっちの世界では一度も見たことがなかったもの。
手裏剣だ。
といっても、ゲームなんかでよく出てくる風車型の手裏剣ではなく、先端が尖った棒が十字に重なり合っている、十字手裏剣だ。中央にはなにやら赤い石が埋め込まれている。
『これは……もしかして、お前が前に言ってた手裏剣とかいう奴か?』
(見た目はそっくりだよ。こっちの世界にもあったのかな……。ふふ、掘り出し物、あったね)
『ちっ、うるせぇよ』
この世界で見ることになるとは思っていなかったものを目にし、驚きを隠せないまま店員の少年に尋ねた。
「これは、僕が考え出した投擲武器なんですよ。投げナイフに比べて貫通力は高いし、回転させることで軌道が安定して、命中率も高まる自慢の発明品……だったんですけど、全然売れないんですよね……」
「え、凄く有用で、売れそうだけど」
手裏剣は前世で暗殺の道具として使っていたが、かなり使える。こっちの世界でも、鎧を着た人相手には通用しないとはいえ、十分優秀な武器になると思うんだけど……。
「まず、回転させて投げるっていうのがどうも難しいみたいで。それに、威力が足りないって言われまして」
「あー、確かに魔物相手だとちょっと厳しいかもね」
ここで武器を買おうとする人は、ほとんどが魔物対策の武器を求める冒険者だろう。人相手には十分有効な武器でも、強靭な皮膚や鱗をもつ魔物には通じない。
「そこで威力を増大させようと、衝撃を受けると爆発するように魔石を埋め込んで魔道具にしたんですよ。すると今度は危なっかしくて持ち運びができないし、使い捨ての武器にしては高価すぎると……」
「これ魔道具なんだ! 爆発の威力は!?」
「え、えぇと、ゴブリンなら粉々に出来る程度の威力はあります」
それなら強力な魔物相手でも、牽制や目くらましには十分使える……使いようによっては立派な攻撃手段にもなるはず。
「これ、全部買うよ」
「えぇ!? 今言ったように欠陥だらけですよ!?」
投げ方は前世の経験のおかげで問題ない。持ち運びだって亜空間収納を使えば安全だ。値段についてもたっぷり報酬を貰ったので、懐は暖かい。
「大丈夫、全部でいくらになる?」
「一つ銀貨五枚ですので、二十個全部だと、金貨十枚になります……ほんとに買うんですか?」
他の客に散々に言われたのだろう。少年は僕がこの手裏剣を買うというのが信じられないようだった。もしくは金貨十枚なんて大金を僕が持っているとは思っていないのかもしれない。
言葉より行動で示す方がいいだろうと、僕は金貨十枚を積み上げた。
「お、お買い上げありがとうございます!!」
売れないと思っていた商品が全て売れ、少年はみるみるうちに顔を綻ばせた。少年の顔色が良くなったことを確認した僕は、依頼を持ちかける。
「この素晴らしい投擲武器を作った君に依頼があるんだ。ちょっと作って欲しい武器があってね――」
この世界には無い手裏剣を生み出した彼だ。僕のアイデアを伝えればきっとそれを昇華して、より良いものを作ってくれるだろう。
僕は前世で使っていた武器や道具、思いついたアイデアを彼に語った。彼は僕の話を聞いていくにつれて、目を輝かせはじめ、なにやら紙に書きなぐり始めた。
こういったオリジナリティ溢れる創作が好きなのだろう。メモ書きが終わると、僕に対して様々なアイデアを出してきた。僕と彼――ネシアという名前らしい――の武器談義は大いに弾み、僕達はすぐに打ち解けた。
「ネシアの発想はすごいね! 僕じゃこんなこと思いつかなかったよ!」
「いえ、ソーマさんのアイデアあってのものですよ! いやぁ、楽しいなぁ……。こんなふうに面白い武器について話せる人なんていなかったから……」
しみじみとネシアが呟いた。確かにこの世界でこういった類の、小細工とも言える道具や武器は見かけたことがなかった。それを好んで作ろうとするネシアは異質だったのだろう。
「そうだ、ネシア。これ使って何か作れないかな」
僕はドラゴニックゴブリンの素材を出した。Aランクの魔物の素材だから、魔力を込めやすいはずだし、色々な使い道があるだろう。ネシアならそれを十分に活かしてくれると思ったのだ。
「ん? なんですかこれ……って! これ、とんでもなくいい素材ですよね!?」
「おぉ、流石だね。見ただけでわかるんだ。これはAランクの魔物の素材だよ」
「Aランク!? 無理無理、無理ですって! こんなの僕には扱いきれませんよ!」
ネシアは顔に大量の汗を浮かべて首を振った。扱いきれないってどういうことなんだろうか。失敗して素材を無駄にするのが怖いってことなのかな?
『高ランクの素材は優秀だが、その分加工の難易度が上がるんだよ。だから半人前のこのガキみてぇなやつにはまだ早いってわけだ』
なるほど、ネシアはまだ若いし技術が足りないということなんだろう。そうなると残念だな。ドラゴニックゴブリンの素材で色々な道具や武器が作れたら面白いと思ったのに……。
「あぁ、師匠くらいの腕が僕にあったらなぁ……。こんな良い素材にはなかなか巡り会えないのに……!」
ドラゴニックゴブリンの素材を扱いたいとは思っているのだろう。けれども、それをするには技術が足りないと理解しているらしく、かなり悔しそうだ。
悔しそうに俯くネシアをどうしようかと考えていると、後ろから誰かが近づいてきた。振り向くと、ガッチリとした体躯の、しかし背の低い男の人がいた。顎には立派な白ひげをたくわえている。
「おい、客の前で何してんだネシア! っておぉ? おいおい、なんでこんな所にドラゴニックゴブリンの素材なんて珍しいもんがあるんだ?」
「あ、師匠!」
ネシアは素早く顔を上げると、暗い雰囲気を吹き飛ばして笑顔でその男性を迎えた。
「師匠?」
「はい、紹介しますね。こちらが僕の師匠、ヴェルクさんです。見ての通りドワーフで、この町一番の鍛冶師なんですよ!」
言われてみれば、ヴェルクの容姿はドワーフそのものだった。それでも僕が気づかなかったのは、この町で人間以外の種族を見たことがなかったからだ。もちろん、生まれ育った村でも見たことがなかった。
「おぅ、俺が世界一の鍛冶師ヴェルクだ。つってもこの町以外の鍛冶師は知らないんだがな! ガハハハハ! んで、これはどういう状況なんだ?」
「実は、こちらのソーマさんが僕に武器の作成の依頼をしてくれたんですが、その素材がこれでして……」
ネシアはドラゴニックゴブリンの素材を指さした。
「なるほどな……。どんな武器を作るんだ? 見せてみろ」
ヴェルクはさっき僕達が書いたアイデア帳をひったくると、睨みつけるようにして読み始めた。しばらくしてアイデア帳を机に叩きつけると、豪快な笑い声をあげた。
「ガハハハハ! こりゃあおもしれぇ! いいぜ! 俺が手伝ってやる! ネシア! お前は本当運にがいいな! お前くらいの歳でAランクの素材を扱う経験ができるんだからよ! それも自分の趣味全開の武器に! これだけ最高の状況なんだ、全力でやれよ!」
「て、手伝って貰えるんですか!? はい、師匠! 全力を出し尽くします!」
な、なんだかネシアまで熱血になっちゃったね。これがネシアの素なのか、ヴェルクにつられただけなのかはわからないが、やる気を出してくれたならまぁいいか。
その後、二人の熱が冷めるのを待ってから具体的に何を作るのか、代金はいくらなのか、などの細かいことを話し合った。
防具もヴェルクとネシアに作ってもらうことにしたので、明日セリアも連れてサイズを測ることになった。
二人に別れを告げ、宿に向かっていると夕方を知らせる鐘が鳴った。ちょうどいい、宿に戻った頃にはセリアも帰ってきているだろう。そうしたらプリンをプレゼントしないとね。




