表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/110

第七十二話 魔法料理

「これ、どうしようか」


 僕達の前には、眩い白銀の光を放つ聖銀(ミスリル)貨が一枚と、魅惑的な輝きを放つ金貨が積まれていた。

 図書館の帰りに、報酬を受け取らなければならないのを思い出して、ギルドの受付嬢のシュティエアさんのところに行ってきたのだ。

 ドラゴニックゴブリンの討伐報酬は、聖銀貨一枚と金貨三十枚だった。しばらくは遊んで暮らせる額だ。

 素材はまだどうするか決めかねていて、売っていない。


「等分、違う?」


 セリアが首をこてんと横に傾ける。確かに、冒険者パーティの報酬の分け方は基本的に平等に分けることが多い。だけど――


「ソルとフューの分をどうするかなんだよ。僕は二人にもちゃんと平等に報酬を分けようと思ったんだけど……」

《特に欲しい物もねぇしな。オレは要らねぇよ》


 宙に氷の文字が描き出された。フューもそれに同調するかのように飛び跳ねる。まぁ、フューの場合はお金を渡されても使えないっていうのもあるんだろうけど。


《お前ら二人で分けちまえよ。こんなくだらねぇ事で揉める必要もねぇだろ》

「……じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」


 ソルの意思は固そうだったし、それにソルに欲しいものができたら僕が買えばいいだけだ。僕は報酬をセリアと二人で分けることにした。


「さて、じゃあこのお金を何に使おうかな」


 僕は自分の取り分である、金貨六十五枚の使い道を考える。前回の薬草採取は、ほとんどセリア一人でこなしてしまったようなものなので、言わばこれが僕が初めて自分の力で手にしたお金だ。

 せっかくだし、思い出に残るような使い方がしたいな……。前世での初任給の使い方の定番っていうと、両親へ感謝の気持ちのプレゼント、かな。でも、両親に送るのはちょっと難しいよね。だとすると、あとは大切な人への贈り物くらいか。


 僕にとって大切な人……。


 ちらりと横に座るセリアを見る。小さい頃からずっと一緒で、僕の夢である世界をまわる旅にも着いてきてくれた。セリアといると何もかもが輝いて見える。楽しくなる。たわいないことを話すだけで心が踊る。

 間違いなく、この世界で一番大切な人だ。

 そう、大切な友人(・・)だ。


 セリアへプレゼントすると決めたはいいが、僕に女の子への適切なプレゼント選びなんて出来るはずもない。


「ねぇ、セリア。なにか欲しいものはある?」


 なので、本人に聞くことにした。


「美味しいもの」

「やっぱりそれだよね……」


 高級な店に行くというのもありだが、それだと少し味気ない気もする。あくまで何かをプレゼントしたいのだ。食べ物でプレゼントととなると、手料理がいいかな。

 買えるものだとセリアが既に食べている可能性がある。そんな時間無かった思うけど、いつの間にかお酒を買っていたこともあったし、食べ物に関してセリアを侮ってはいけない。めぼしい料理は既に食べていると思った方がいい。


 ただの手料理だと少しインパクトが弱いよね。今までも何度か作ってたし。出来ればもう少し特別なものにしたい。となると、この世界にないものを作るのがいいかもしれない。


「こっちにない、前世の料理か……そうだ、プリンがいいかもしれない!」


 セリアが甘味好きなので、自然と僕も甘味については詳しくなった。その僕がこの世界でプリンを見たことがないのだから、こっちにはないか、あまり広まってはいないのだろう。


「ぷりん……?」

「そう、プリン。甘くて、ぷるんとした食感で、とろけるような舌触りのデザートなんだ」

「!!……ぷりん、食べたい」

「うん、わかったよ。じゃあこれからプリンを作るね」

「ソーマが作る?……楽しみ」


 セリアの期待のこもった瞳に笑顔で応えてから、僕は材料の調達に向かった。セリアは館長と魔法談義をすると言って、大図書館に行ったようだ。


「必要なのは、砂糖と卵、牛乳くらいだったよね」


 僕は前世でプリンを作った時を思い返しながらつぶやく。バニラエッセンスや蜂蜜を入れたりしてアレンジすることもあったけど、最初なんだし、スタンダードなプリンがいいだろう。

 出来るだけ質のいいものを買うと、驚くことに合計で金貨一枚にもなった。大量に買ったというのもあるが、魔物の卵と牛乳を買ったので高くなったのだ。

 とはいえ、ドラゴニックゴブリンの討伐報酬に比べたら微々たるものなので気にしない。そもそも、プレゼントなのでお金を惜しむ気は無いのだ。


 卵はロゥフ鳥という、少し大きな鶏のような魔物の卵を、牛乳はメルク牛という全長四メートルを超える牛の魔物の牛乳を買った。どちらも、普通よりも深いコクがあり、段違いに美味しいらしい。楽しみだ。


 調理場所だけど……宿の庭でいいかな。魔法を使えばなんとでもなるはず。なにより、魔法を使いながら料理をしていると、魔法使いって感じがして楽しいのだ。


「さてと、まずは材料を混ぜ合わせてっと」


 土魔法で鍋を作り出し、無属性魔法で中に浮かべて、その中に牛乳、砂糖を加える。鍋の下に炎の球を生み出して温め、鍋の中身を水魔法で水流を作るようにしてゆっくり混ぜながら砂糖を溶かす。液体なら水魔法で操れるのだ。


 この間、僕は一切手を使っていない。これぞまさに魔法使いの料理って感じだ。


『……はぁ、魔法の無駄遣いだな』

「そんなことないよ。生活に役立たせるのだって、魔法の正しい使い方だと思うんだ。それに、これも魔法の練習になるし」


 複数の物を同時に浮かせて、繊細な作業をするというのは確実に制御の練習になる。沸騰しないように気をつけなければならないし、かき混ぜるのだって泡立たないように注意が必要だ。


「よし、ちゃんと溶けたかな。じゃあ次は冷やした後卵を入れて……」


 氷魔法で鍋の外側を凍らせて一気に熱を奪う。そして風魔法で卵を割り、鍋の中に入れてかき混ぜる。それが終わると今度はできたプリン液を漉さないといけない。


 土魔法で大きめの茶漉しを作る。だが、網目を細かくするのが難しく、二、三回作り直すハメになった。

 ようやく出来た茶漉しに、水魔法で操ったプリン液を流し込む。茶漉しを通ったプリン液は、円を描くようにして上に向かい、再び茶漉しを通る。こうすることで、何度も漉すことが出来るのだ。


「なかなかシュールな絵面だね……」


 中に浮いた茶漉しに、プリン液の輪が引っ付いているように見える。そうそう見ることが出来ない光景だ。


 十分に漉した後はプリン液を鍋に戻して、材料と一緒に買ってきた容器を取り出し、中に浮かべる。蔦を模した飾りがつけられた、なかなかオシャレな容器だ。一つで銀貨一枚もしたその容器が二十個中に並ぶ。


「よし、一気にいくぞ」


 深呼吸をして集中力を高め、魔法を発動した。プリン液がいくつもの小さな水球になって鍋から飛び出し、それぞれの容器に一つずつ入っていく。そして、二十個の容器全てに均等にプリン液が注ぎ込まれた。

 一滴も零さない完璧な魔法制御だ。


「成功だっ」

『くだらねぇことで喜んでるんじゃねぇよ……』


 ソルの呆れた声は聞き流し、容器全てが入るほど大きな鍋を作る。その中に容器を並べた後、水魔法で容器の半分が浸かるほどの水で満たす。そしてまた炎の球を鍋の下に作る。


「沸騰するまで時間があるから……カラメルソースでも作ろうか」


 小さめの鍋を作り、その中に水と砂糖を入れ、同じようにして火にかける。量が少ない為、こっちの鍋の方が先に沸騰した。無属性魔法で鍋を回すように動かし、あめ色になってから火を消して水を足す。それを全体に馴染ませるとカラメルソースの完成だ。


「これでカラメルソースは完成っと」

『それ、大丈夫なのか? かなり黒いぞ?』

「大丈夫だって! ちょっと苦味があって美味しいんだよ」


 ソルと話しているうちに、プリンの方の鍋が沸騰し始めた。すぐに鍋に蓋をして、炎を弱めてから蒸すこと十数分。


「そろそろいいかな?」


 蓋を開けて、土魔法で作った金属の細い棒を刺してみる。


「うん、ちゃんと火が通ってる」


 鍋から取り出したプリンを水魔法で出した冷たい水で冷やしたあと、氷魔法で作った氷の箱の中に入れて冷やせば完成だ。


「ふぅ、魔法だけでプリンを作ろう作戦、成功だね!」

『本当に手を使わずに終わらせやがった……魔法ってこんな使い方するもんじゃねぇはずなんだがな』

「便利だからいいんだよ。じゃあ、部屋に戻ってセリアを待とうか」


 これを食べたら、セリアはどんな反応をするだろうか。楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ