第七十話 魔族と人族の歴史
短いです。ごめんなさい。
この本を読めば、きっとフラムの、魔族たちの思いが多少なりとも理解できるだろう。そんな予感があった。
僕は少し緊張しながら《魔族と人族の歴史》と書かれた本を開いた。
◇◇◇◇◇◇
これから語るのは、本来残っていてはいけない歴史だ。人族の汚点として消されるはずだった歴史だ。だが、私は過去が改竄されることをこころよく思わない。知識は正しく伝えられるべきである。
故に、ここに真実を記そう。願わくは、この真実を知り、魔族との付き合い方を深く考えてもらいたいものである。
最初に語るべきは、魔族と人族が最初に衝突したときの事だろう。他の歴史書などでは、魔族が人族を襲ったと書かれているだろうが、それは正しくない。
むしろ逆だ。人族が強大な力を持った魔族を恐れ、排除しようとしたのだ。そこには、魔族が長命種であり、数百年生きることへの嫉妬もあっただろう。
彼ら魔族が魔物を操る術を持っていた事も、人族たちの恐怖を煽る一助となり、魔族を悪と認定するのにも都合がよかった。
魔族は悪である。そういった認識が広まるのはそう難しいことではなかった。
魔族達は当初、人族に友好的に接していた。操った魔物を生活に役立て、人族を助けることもあった。魔族と人族の共存は成り立っていたように見えた。
だがそれは表面上だけのことであり、真の共存とは言えなかった。人族は魔族を恐れ、嫉妬し、疎ましく感じ始めた。
その負の感情が決壊したのは、一匹の魔物が村へやって来て、人族たちを襲うという事件が起きたときだ。勿論、その事件に魔族達は関与していない。
けれども、人族たちは魔族がその魔物をけしかけたのではと疑いを持ってしまった。今までの魔族への悪感情もあり、その疑いは、魔族を排斥するべきだという雰囲気を作り上げてしまった。
そして人族はとうとう、一人の魔族をその事件の犯人として処刑してしまった。当然、魔族達はそれに猛抗議し、人族を敵対視するようになった。
その風潮は世界中に広まり、魔族と人族の闘争が各地で起き始めた。
魔族は人族よりも魔法や魔術に長けており、個人の力では人族を大きく上回っていた。しかし、魔族は数が少なく、国も一つしか持たなかった。数の多い人族に
少しずつ押され始めていた。
争いは百年以上も続き、優勢だった人族たちも疲弊し、民たちが飢え、国内での反乱などが相次いだ。元々大義も得る物もない戦争なのだから、そうなったのも当然かもしれない。
魔族唯一の国の王、魔王はその機会に人族との和睦を求めた。魔王は人族と再び共存することを夢見ていたのだ。甘い考えだと反発する者も当然いたが、ほとんどの魔族が長い戦に疲れ果て、平和を望んでいた。
人族もこれ以上戦争を続けたくなかったのか、その和睦交渉に同意した。
和睦交渉の場としては、人族の国の王城が選ばれた。流石に怪しんだ魔族たちだったが、魔王が彼らに、自分達がまず信じなければ平和は訪れないと説き、人族の王城まで単身で赴いた。
平和を勝ち取って帰ってくるであろう魔王を待ちわびていた魔族たちのもとに、魔王は帰ってきた。
――ただし、首から上だけの状態で、だが。
敬愛する魔王を騙し討ちされた魔族達は怒り狂った。自分達が望む平和は、人族が存在する限り訪れないのだとする過激な派閥が形成され、手当たり次第に人族を皆殺しにした。
その派閥の筆頭が、人族に嵌められ殺された魔王の息子だった。彼は父を卑劣な手で殺した人族を強く恨み、人族の抹殺を掲げて魔王に即位した。
彼が魔王となってからは、戦争が激化した。魔族は無関係な民間人をも虐殺し、魔物を引き連れて数多くの村や町を潰した。その戦争は、魔王が殺されてから数百年続いた。
人族は魔族達の凶行を止めるべく、彼らの主導者、魔王を討伐することを決めた。魔王討伐は少数精鋭のパーティを送り出すことになり、数年後、魔導師ソル=ヴィズハイムの犠牲で魔王討伐はなされた。
王を失った魔族達は散り散りになり、魔族の国は消滅した。ほとんどの魔族は小さな集団で隠れて暮らしているが、過激派の一部の者達は魔王の無念を晴らすべく、人族打倒を掲げ、暴れ続けている。
人族は、自分達の悪行を全力で隠蔽して無かったことにした。今現在の人族たちは、魔族が人族を恨む理由を知らないだろう。なにせ真実はねじ曲げられているし、自分たちの何世代も前のことだから知る由もない。
しかし、魔族は非常に長命だ。魔王が騙し討ちにあったころの記憶を持つ者も少なくない。人族が忘れても、魔族は決して忘れない。
人族は魔族を悪だとしている。しかし、それは自分たちのおぞましい所業から目を逸らしているだけだ。
自分達が何をしたのか、それをしかと理解しておいてほしい。
◇◇◇◇◇◇
僕は本を閉じ、いつの間にか止まっていた呼吸を再開した。背中はじんわりと汗ばみ、本を持つ手には力が入っている。
「魔族にそんな過去があったなんてね……」
『ちっ、胸糞わりぃ』
セリアも何かを考え込んでいるようで、俯いたまま何も喋らない。
「フラムも人族の仕打ちを覚えているんだろうね」
『あぁ。そうだろうな。だから人族が憎くて憎くてしょうがねぇんだろ』
だからって無関係な人を殺すのは許容出来ない。彼女が人族を滅ぼそうとする限り、僕たちの敵であることに変わりはない。だけど、フラムに対する見方が大きく変わったのは事実だ。
「知れてよかったよ。何も知らないままフラムと戦うのは嫌だったから」
僕がいろんな思いを込めてそう言うと、後ろに気配が現れた。すぐさま戦闘態勢に入りながら振り向くと、そこには長い白髪と、立派な髭を蓄えた老人がいた。




