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第六十六話 迸る稲妻

 ソルが最初の攻撃以降、戦闘に参加していなかったのは奥の手の準備をしていたからだ。とても複雑な魔術なので、魔法陣の準備にかなりの時間を要する。

 普通の魔法使いならば実践で使うことは難しいだろう。集中する必要があるのでその間一歩も動けなくなるのだから。


 しかし、その点僕達は役割分担をすれば問題ない。僕が体を動かし、敵の攻撃を回避、攻撃を行う。その間、触覚のリンクを切ったソルが集中して魔術を組む。

 ソルは隙を見せることなく強力な魔術の準備ができるのだ。これこそが僕達の強み。他の人には真似のできない戦闘スタイルだ。




 そしてそれを活かして準備をした魔術が、今発動する。


『いくぜ、【青雷装束(スパークコスチューム)】』


 僕の心臓の辺りから指先まで、全身くまなく青い稲妻が走る。鈍器で殴られるような衝撃の後に、体の中で刃物が暴れ回っているかのような痛みが僕を襲う。


 ソルが使った魔術は単純。身体強化魔法を無属性魔力ではなく雷属性魔力で行ったのだ。言うのは容易いが、実際に魔術として発動するのは非常に難しい。


 肉体へのダメージを最小限にして、なおかつ攻撃ではなく肉体の強化へと力のベクトルを変換する。

 そして無属性魔力よりも扱いの難しい雷属性魔力を体に均一に行き渡らせないといけないのだ。その魔術の難易度は魔法使いの最高峰、魔導師のソルでさえも開発に半年、発動にも全力で集中して十分はかかる。

 普通の魔術の魔法陣の大きさがフラフープ程度なのに対して、学校の教室が丸々入るほどの大きさが必要だと言えば、その難易度の高さが伝わるだろうか。

 並大抵の魔法使いでは使うことは出来ないだろう。


 そして、発動の難易度だけではなくデメリットもまた大きい。全身に電流が流れるので、体の中から絶えず焼かれて炭化していく。十秒もあれば死に至るだろう。


 しかし、それは僕とソルだけの場合だ。この場にはフューがいる。僕は痛みで回復魔法を使えないし、ソルは青雷装束(スパークコスチューム)の維持で手一杯だ。だけど、フューならば回復魔法が使える。

 フューには服の中に入ってもらい、戦闘中ずっと回復魔法を使って、青雷装束のダメージの相殺を任せる。


 普通ならば近接戦闘で激しく動く人にくっついたまま魔法を使うなんて芸当は出来ないが、体を変形させれば外れる心配もないし、目を回す三半規管も存在しない。スライムのフューだけの特権だ。


 だが、青雷装束(スパークコスチューム)のダメージは大きすぎる。フューがいくら必死に回復しても、もって五分といったところだ。内臓に損傷がある今の状態だと、一分が限界だ。


 そんなデメリットだらけの魔術だが、その効果は単純に――――強い(・・)




 僕は降下し始めようとしているドラゴニックゴブリンを見据え、軽く地を蹴った。次の瞬間、遥か上空にいるはずのドラゴニックゴブリンの顔が目の前に現れた。

 鱗に覆われていない無防備な眼球に短剣を突き刺し、かかと落としを背中に食らわせて地に落とした。


 ドラゴニックゴブリンは地面に接触する直前に翼を羽ばたかせ、落下の衝撃を減らすが、全てを殺しきることは出来ず大きなクレーターを作って地面に這いつくばった。


 僕は空中に作った風の壁を蹴り、ドラゴニックゴブリンの背中に降り立つ。


 かかと落としと踏みつけを食らったその背中は、鱗が砕けて血が流れ出ている。だが致命傷には程遠いようだ。


 ドラゴニックゴブリンは素早く立ち上がると僕に向かって凶悪な爪を振るった。しかしその爪が僕をとらえることは無い。青雷装束(スパークコスチューム)によって人間離れした速度を得た僕は既にその場にいないからだ。


 空中に飛び、風の壁を蹴って再びドラゴニックゴブリンを斬りつける。すぐさま離脱し、また風の壁を蹴って攻撃――と青の稲妻の軌跡を描きながら立体的な攻撃を高速で繰り返す。

 短剣で鱗の隙間を縫うように、少しずつ傷をつけていく。


 ドラゴニックゴブリンは僕の速度に一切対応出来ずにされるがままだ。

 百三十二回目の攻撃を加えた後、僕の右手が炭化して崩れ落ちた。


「そろそろ限界だね。じゃあトドメといこうか」


 ドラゴニックゴブリンは全身から血を流し、動きが緩慢になっている。浅い傷とはいえ、百回以上も切りつけられればAランクの魔物といえども弱る。

 だがその瞳に宿る力は消えておらず、怒りの炎が燃えたぎっている。致命傷には程遠い。


 僕は手に持った目に見えないほど細いワイヤーに全力で魔力を込め、引っ張った。

 ドラゴニックゴブリンが壊れた人形のようなポーズで固まり、周囲を自らの血で赤く染め上げた。


 浅く切りつけると同時に、ワイヤーを鱗の下に絡ませておいたのだ。魔力で強化され、凶器へと姿を変えたワイヤーはドラゴニックゴブリンの肉に食い込む。だが、骨までは届かず、その命を摘み取ることは叶わない。それは想定の範囲内だ。


 この戦いに終止符を打つのはワイヤーではなく――


「セリア! 今だ!」


 ――僕が相手をしている間ずっと魔術を組んでいたセリア(・・・)だ。


 セリアは身動きが取れず、鱗が砕けた生身の背中に向けて魔術を放った。


「【炎槍姫の投槍(ヴァルキリーブリューナク)】」


 セリアが瞳を真紅に輝かせながら放った炎の槍は、見事に身を守る鎧が砕けた場所へと吸い込まれていった。地獄の炎のごとく燃え盛る槍は、肉を焼き焦がしながら体内を突き進み、反対側の鱗に到達してようやくその動きを止めて消滅した。


 ドラゴニックゴブリンは口から大量に血の塊を吐き出した後、ぴくりとも動かなくなった。

 僕はその生死を確認し、この戦いが終わったことを理解して青雷装束(スパークコスチューム)を解いた。


 緊張の糸が切れ、その場に崩れ落ちる。強化して無理やり動かしていた体は、その強化が解けた今、指一本動かない。

 セリアが駆け寄ってきて、すぐに回復魔法を使ってくれた。フューとソルも同様に回復魔法を発動する。

 三人がかりで治療すること五分、ようやく動けるようになった。炭となって崩れ落ちてしまった右腕もすっかり元通りだ。


 ドラゴニックゴブリンの亡骸を亜空間収納(インベントリ)で収納したあと、ギルドに帰ることにした。


 誰一人欠けることなく、帰ることが出来る。



 僕達は、Aランクの怪物に勝利したんだ。

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