第四十八話 魔法と魔術
水素爆鳴気を使った魔法の検証が終わり、床に寝転んでいる僕達。肉体的な疲労は一切ないが、地道な作業で精神的にかなり疲れたのだ。
ごろんと転がりながら、顔を横に向けソルを見る。
「そういえばさ、母さんが魔法を使う時に詠唱みたいなことをしていたんだけど、あれって何?」
「あぁん? そうか、お前はまだ《魔道の極め方》の後半部分は読んでねぇのか」
あの本に載ってることなのか。あれって結構難しいから読むのに時間がかかってるんだよね。まだ三分の一くらいしか読めてない。
まてよ、なんでソルがあの本に載ってるって知ってるんだ? ソルもあの本読んだことあるのかな。
「あれは正確には魔法じゃねぇ。魔術って言うんだよ。フラムの禁術も魔術だ」
そう言えば、本のタイトルも魔法の極め方ではなく、魔道の極め方だったね。魔法以外にも色々あるってことなのか。
「魔術? 魔法とどう違うの?」
「威力や出来ることの範囲がちげぇな。魔術の方が色々と面倒な分、威力は高ぇしかなり色んなことが出来る。ちなみに、魔法と魔術とかその辺をまとめて魔道と呼ぶ。んで、魔術と魔法の違いだが……」
そう言うとソルは立ち上がり、少しだけ魔力を集め始めた。魔力が集まると、今度はその魔力を変な形に動かし始めた。
「例えば――【水素爆発 】」
その瞬間、小規模になってはいるけれど、飽きるほど見た光景が再現された。光が目に飛び込んできて、音が鼓膜を叩く。
水素爆発が手順をすっ飛ばして発生したのだ。
「い、今のは?」
「水素爆発を魔術によって発動させたんだよ。水素爆鳴気を作る過程と発火を同時に行ったんだ。魔術ってのはかなり自由度が高くてな、こんなことも出来るんだ」
なるほど。確かにこれは魔法では出来ないことだね。魔法はあくまで単純なことしか出来ない。想像力豊かならば多少の融通はきくけど、それも誤差の範囲だ。
「じゃあ、さっきの水素爆発って言うのは? かっこつけただけ?」
「ちげぇ! 誰がそんな無駄な真似するか。あれは魔術の名前で、発動に必要なんだよ」
「ソルが付けたの?」
「……あぁ、そうだ」
ソルは頭をがしがしと掻きながら少し照れくさそうに言った。技名を考えたりするのはやっぱり恥ずかしいんだろう。
日本でこんな技名を叫んだりしたら、中二病患者扱いは避けられないね。
あ、そう言えばこの前ソルが使った【雷炎竜】も魔術なのかな。技名をわざわざ付けてるみたいだし。
「魔術の発動条件って他にもあるの?」
「色々あるな。まずは、発動するには魔力を集めて属性を変えるだけじゃなく、魔力を組む必要がある」
「魔力を組む?」
「そうだ。魔力を意味のある形にして、それを組み合わせるんだ。そうやって作った魔法陣って呼ばれるもので魔術がどんなものか決まるんだよ」
そう言ってソルは魔法陣を可視化して見せてくれた。複雑な模様が絡み合い、再現しろと言われても無理なほど難解だ。これを魔力で組むとなるとかなり緻密な制御が必要だろう。
魔力を組み合わせてどんな魔術にするか決めるってことは、イメージとしてはプログラミングが近いだろうか。色んな命令式を書き込んで、望む形を作るという点では似ている。
「で、次のが最大の難関なんだが、魔法神に認めさせる必要があるんだ」
「ま、魔法神?」
急に神様が出てくるのか。魔法神っていうからには、魔法や魔術をを司る神様なんだろうけど、この世界では神様が現世に影響を及ぼすんだね。
「そうだ。その魔術の有用性を認められなければその魔術は使えない。何故かと言うとだな、魔法は世界に対する取り引きだが、魔術はその世界を支配する神に対する取り引きだからだ。魔術の方が威力や可能性が大きいのもそれが理由だ」
神の方が世界よりも力が大きいってことか。いや、僕達では世界のごく一部としか取引できないからかな? 意思のないものと意思のあるものとで比べれば、融通がきくのは意思のある方――神様の方だろうから、魔術の方出来ることが多いのは納得だ。
「神には意識があるからな。その神が拒否すれば魔術は発動しねぇんだよ」
「そういうことか……。あれ? でもソルはさっきの魔術は今作ったところだよね。あの短時間で認められたの? ってことはそんなに難しくない?」
水素爆発はさっき初めて試したところだ。前もって魔術を作ることは出来ないだろう。
「オレの手にかかれば簡単だ。普通のやつなら数年はかかるらしいがな」
「す、数年!?」
そんなにかかるのか……! それをソルはほんの数分で、いや、実験中も作っていたとすると数時間で作り上げたのか。流石は魔導師だね。
「魔法陣作成に一年。それを魔法神に認められるまで昇華させるのに二年ってところか。魔術を組むのが得意なやつならもっと早いけどな」
昇華に二年、か。かなり審査は厳しいみたいだね。じゃあ普通の魔法使いが持っている魔術はせいぜい五個程度かな。いや、魔術作成にだけ時間をかけられるわけじゃないだろうし、二、三個が限界かな?
あ、別に自分で作る必要は無いんじゃないか。
「他の人が作った魔術って使えるの?」
「あぁ、もちろんだ。だから大体の魔法使いは自分の魔術を秘匿する」
自分が努力して作ったものをほいほい他人に使われるの嫌だよね。
秘匿されてるってことは魔術の価値が高くなってるはず。もしかしたら、魔術を売る商売なんてのもあるかもしれないね。
「あ、そう言えばまだ詠唱のことを聞いてないよ?」
元々はそれを聞こうとしていたのに、話が逸れていた。
「そういえばそうだったな。詠唱ってのは魔法陣の補助みてぇなもんだ。複雑すぎて魔方陣が組めない未熟者が詠唱に頼るんだよ。神に届く力がある言葉で、魔法陣の肩代わりをするから、魔法陣が簡単な形になるんだ」
み、未熟者って……Aランクの母さんも詠唱してたんだけどな。
「詠唱すれば威力が上がったり、消費魔力が下がったりと利点もあることにはあるが、時間がかかりすぎて、実践じゃ前衛がいねぇとろくに使えねぇよ」
確かに、母さんの詠唱はかなり長かったね。ソロで戦う時にあれだけの時間動けないというのは致命的だ。
「とりあえず、魔術についてはこんなもんか」
「ありがとう、参考になったよ」
時間があれば、魔術について学んでみるのも面白いかもしれない。出来ることが多いなら、前世の知識もかなり活かせるだろう。
そろそろ幼少期終わります。




