第四十七話 化学魔法
セリアは、僕に昼ご飯を食べさせた後、一、二時間僕と雑談をしてから帰った。セリアの話す内容には、和解した両親のことが多く、その話をする時のセリアは幸せそうだった。心なしか、前よりも表情が豊かになった気もする。
まぁ、それでも注意して見なければわからないが。セリアを知らない人だと、無表情にしか見えないだろう。
それでも改善しているのは事実だ。このままいけば、セリアも人並みに笑ったり怒ったりすることが出来るようになるんだろうか。
夜になると、なんとか手を動かせるくらいには回復したおかげで、晩御飯は自分で食べることが出来た。流石にお風呂には入れなかったので、母さんが魔法で体を洗ってくれた。
どうやったかと言うと、水魔法で僕の体を包み込み、それを回転させただけだ。その後は、前にセリアの体を洗ったあと乾かしたときみたいに、風と火の融合魔法で乾燥させてくれた。
融合魔法が使えるってことは、母さんもあの痛みに耐えたのかな。
母さんの魔法でさっぱりした後は、僕は早々に眠りについた。ソルと約束していた、魔法の実験を早くするためだ。
眠りに落ちると、また真っ白な部屋にいた。ソルは隣でくつろいでいる。アゼニマーレはやはり居ないようだ。神様らしいし、暇じゃないんだろうね。
「やっと来たか。じゃあさっさと始めるぞ」
ソルは灰色の頭を掻きながら、僕の方へ歩いてきた。
「そうだね、まずは何から始めるの?」
「火と風の融合魔法だ。風の魔法で生み出すのを酸素に限定すれば、威力が上がるんじゃねぇかと思ってな」
なるほど、普通の風魔法で生み出されるのは空気だから、酸素はせいぜい二十パーセントちょっとしか含まれていない。それを酸素だけにできれば、確かに威力は上がるだろう。
酸素はありふれた物質だから、生成するのに必要な魔力は多くないはず。
ソルは手を前に突き出し、魔力を集め始める。左手に風の、右手に火の魔力を集めると、両手を勢いよく合わせた。
「いくぞ」
ソルの言葉と同時に、ソルの前から大きな火が吹き出る。使った魔力以上の威力が明らかに出ている。
「成功だな。感覚としては二倍ってところか? なかなかえげつねぇな」
に、二倍か……それは凄いね。酸素だけを生み出す技術のあるソルだからこその結果だとは思うけれど、それでも恐ろしい程の効果だ。
「じゃあ次いくか。次は水の電気分解だったか? あれを利用してみる」
水を電気分解して出来るのは、酸素と水素だ。ソルが目をつけたのは水素の方だろう。水素は火をつけると爆発するからね。
でも水素だけを風魔法で生み出そうとすると、水素は自然界にはあまり存在していないので多大な魔力が必要になる。
そこで、水を電気分解することで水素を発生させようというわけだろう。
ソルはそう考えてこの方法を選んだのだろうけど、実はこの方法はただ単に水素を生み出すだけよりも効果的なのだ。水を電気分解して発生させた、水素と酸素が二対一混ざっている気体は、水素爆鳴気と呼ばれ、水素単体よりも遥かに強力な爆発を起こす。
いわゆる、水素爆発だ。
「あ、純水は電気を通さないから、何か混ぜないとダメだよ」
「じゃあ川の水でも想像すればいいか」
まぁ、普通に魔法で生み出した水は純水じゃないとは思うけどね。念のためだよ、念のため。
ソルはまず、水魔法を使って直径五メートル程の水球を生み出し、そこに雷魔法で電気を流し込んだ。発生した気体は風魔法で捕らえ、球体にする。
やがて、全ての水が酸素と水素に分解され、それらが一つの大きな球体になった。
「じゃあ、火つけるぞ」
「ちょ、ちょっと待って! 魔法で壁作っとかないと危ないよ!?」
「そんな威力が出るのか? こっから結構離れてるぞ? それにここじゃあどんな怪我しても死なねぇだろ」
確かに、アゼニマーレが作ったこの空間で怪我をしても、それが現実に影響することは無い。だけど、痛みは感じるのだ。僕は痛みに耐性はあっても、進んで痛い思いをしようとは思わない。
「ったく、しょうがねぇな」
そう言いながらソルは風魔法で壁を作った。実験がよく見えるようにと風魔法を選んだのだろうけど、風の壁なんかが本当に爆発から守ってくれるのだろうか。
不安になった僕は、分厚い氷の壁を作った。
ソルはちらりと僕の方を見るが、氷の純度が高く、透明で邪魔にならないからか、気にしないことにしたようだ。
「じゃあ、今度こそ着火するぞ」
ソルは小さな火球を、水素爆鳴気の塊へと放った。
火がその塊に触れた瞬間、目を焼くような眩い閃光と、意識を失いそうになるほどの爆音が鳴り響く。
「ぐっ! く、くそがぁ!」
「うっ!」
しまった、爆発の衝撃のことだけ考えていて、光と音のことは考えてなかった。おかげで鼓膜が破れるかと思ったよ。壁を作ったおかげでいくらかマシにはなってるんだろうけど、それでも倒れそうになるくらいの音がした。
光に焼かれた目が、ようやく治ってきて視界を取り戻した。
「な、なにこれ……」
「まじかよ……」
僕らの目の前には、大きなひびが入った氷の壁と、大きく陥没し真っ黒に焼け焦げた床があった。凹んだ部分には、水素爆発で発生した水が溜まっている。
氷の壁が壊れそうってことは、この氷の壁がなかったら僕達は今頃……いや、考えるのはよそう。
「とんでもねぇ威力だな」
「下手に使うと危なすぎるね」
「だが、切り札になる。使いどころさえ間違えなければ、かなり強い魔法だろ。発動にそれほど時間はかからねぇし、必要魔力も低い」
水素爆鳴気さえ作っておけば、それを設置して罠にするのもありだろう。水素爆鳴気は無色透明だから気づかれないだろうし、相手を誘導して着火――なんて手も使える。
気をつけなきゃならないのは、光と音、後は間違えて爆発させたり、相手が火魔法を使ってきたりした時だね。そこはまた対策法を考えないと。
「それじゃあ、詳しい威力とか有効範囲とか調べていかないとね」
「そうだな、自分が巻き込まれるなんて、ダセェことにならねぇようにしねぇとな」
その後、僕達はこの水素爆発の実験を重ね、実践で使えるようにしていった。
水素爆発が終わった後も、化学を魔法に利用できないかと、あれこれアイデアを出し合い、新たな可能性を探っていったのであった。
化学の話、どこかおかしかったら遠慮なく指摘してください。
一応調べながら書いたのですが、なにか間違っているかも……。




