第四十六話 看病
フラムの襲撃があった次の日、僕はベッドの上で唸っていた。
「うっ、ぜ、全身が痛い……」
『そりゃな。昨日は全力で身体強化魔法かけたまま暴れまくったんだ。そうなるのは目に見えてただろ』
僕が唸っている原因は、なんてことはない。ただの筋肉痛だ。だが、筋肉痛とは言ってもレベルが違う。指一本動かせない程、重症なのだ。
朝ごはんも自分で食べれなかったため、母さんに食べさせてもらうハメになった。そろそろ昼ごはんの時間になるが、再び母さんに食べさせてもらうしかないと思うと少し気が重い。
「身体強化魔法って、体に負荷がかかるの?」
『あぁん? 普通は出せねぇ力を魔力で無理やり出してるんだ。反動がねぇわけがねぇだろ。ま、体を鍛えりゃその反動も小さくなるらしいがな』
筋肉を使う、回復する、の繰り返しを重ねて体を鍛えたけどまだまだ足りないってことか。本調子に戻ったらもっと厳しく鍛えていこう。
「でも、身体強化魔法使って重りを付けながら生活してた時は、こんなことにならなかったよ?」
『あの時はオレが回復魔法を使ってやってただろ?』
「じゃあ今回も――って、魔法はまだ使えないんだっけか。じゃあ母さんに頼めば……!」
『あの母親は光魔法は使えなかっただろ? 回復魔法は光属性の魔法だからな。無理だ』
じゃあしばらくはこの痛みと付き合っていかなきゃいけないわけか……。
痛みに慣れる訓練は受けたけど、前世で耐性をつけた痛みとはまた別の種類の痛みなのだ。
どれだけ激しい訓練をしてもここまで酷い筋肉痛になったことは無かったし、ある程度体ができてからは筋肉痛なんかとは無縁だった。
だから、今の状況はかなりしんどい。
「はぁ、しばらくは大人しくするしかないか」
体をゆっくりと横たえ、なるべく痛みを感じないようにする。
「ソーマ……入るよ……?」
「えっ!?」
扉の方から突然、セリアの声が聞こえてきた。驚いた僕はがばっと身を起こした。瞬間、全身に走った激痛に声にならない叫び声を発する。
「――――っ!」
『馬鹿が』
痛みに悶えていると、がちゃりと扉が開く音がした。扉の方を見ると、セリアがこちらを窺っていた。
「や、やぁ、セリア」
昨日のことを思い出し、少し気まずく思いながらもセリアに声をかける。
『なに緊張してんだ?』
(な、なんでもないよ!)
実は、ソルは昨日の宴での出来事を知らない。スコルの魔法のダメージが余程大きかったのか、戦闘が終わったからずっと寝ていたようなのだ。
寝る、というのは体の無いソルに使うには、正確ではない言葉かもしれないが、眠っているのと同じ状態だった。
つまり、あの感触は僕だけのもの……って、何考えているんだ僕は!
僕が一人で慌てていると、セリアは部屋の中に入ってきた。
「何か用でもあるの?」
「ん……お見舞い……」
「僕の? 別に大したこと無いよ。ただの筋肉痛だから」
動けない程の、と付くけどね。流石に筋肉痛でまともに食事も出来ませんとは言えない。
「嘘……動けない、言ってた……」
母さんが教えちゃったのかぁ……。あぁ、情けないな……
「ソーマ、看病……する……」
「か、看病って……その手に持っているのは何かな?」
僕はセリアが持っている、美味しそうな食事を目で示しながらそう言った。
「お昼ご飯、だよ……?」
セリアが首を可愛く傾げながら、何故そんなことを聞くのかと不思議そうに言う。
「その、悪いんだけど、僕動けなくて食べれないんだ」
「知ってる……だから……私、食べさせる……」
「え、た、食べさせる!?」
『良かったなぁ、母親に食事の世話されなくて済むぞ。嫌がってたもんな』
ソルがからかうような声音でそう言う。
(何も良くない! セリアに食べさせてもらう方がよっぽど恥ずかしいよ!)
『じゃあな、楽しめよ』
ソルはそう言うと、感覚の共有を切ってしまった。朝食の時と同じだ。あの時もソルは逃げて、恥ずかしい思いをしたのは僕だけだった。
僕とソルがそんなやりとりをしている間に、セリアはベッドの横に椅子を持ってきて、そこに座った。
スプーンでスープを掬い、僕の顔に近づける。
「あーん」
「ちょ、ちょっと待って! 自分で、自分で食べるから!」
かなり近い距離にセリアの顔が来たことで昨日の出来事が頭をよぎり、顔が真っ赤になる。
セリアが近づいてきただけでもこんなに恥ずかしくなるんだ。この状態でセリアにご飯を食べさせてもらうなんて出来るわけがない。
僕は手をばたばたと振って拒絶を示す。もちろん、動かした両手には激痛が走る。
「――っ!! 忘れてた……!」
苦痛に顔を歪める僕を見て、セリアは少し頬を膨らませ、怒った表情を見せる。もちろん、よく見なければわからないほどの変化だが。
「無理……しないで……ほら、あーん」
うっ、ここで食べなかったらセリアは悲しむんだろうなぁ……。仕方ない、ここでいつまでもうだうだ言うのは男らしくないし、覚悟を決め用。
「あ、あーん」
僕はスプーンにかぶりつき、スープを喉に流し込む。
「美味しい……?」
「う、うん。とっても美味しいよ」
本当は緊張で味なんてわからなかったけど。
「よかった……頑張った甲斐……あった」
「え? これセリアが作ったの?」
「ん……ソレイユさん……手伝ってくれた、けど」
セリアが僕のためにわざわざ作ってくれたのか。そう思うと、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなってくる。
セリアは、褒められてもっと食べてほしくなったのか、すぐにまたスープを掬って僕の口元に差し出す。
「はい……あーん……」
「あーん」
今度はしっかりと味わって食べた。なんだか優しい味がするスープだった。
「本当に美味しい」
今度は心の底からの感想を言う。セリアはまた少しだけ嬉しそうな表情になると、食事を差し出すペースをあげた。
その後も、セリアの「あーん」は続き、僕は幸せなような、恥ずかしいような食事を続けたのだった。




