第四十四話 セリアの想い
時はフラム達との戦闘が終わった頃までさかのぼる。
土煙が晴れると、そこにはフラム達の姿は無かった。身動きも出来ないようにしたし、魔法を使う暇もなかったはず。なら、どうやって逃げたんだ……?
『魔道具でも、使ったのかも、しれねぇな。かなり貴重で、しかも使い捨てに、なるが、転移できる、魔道具が、あったはずだ』
魔法のダメージがまだ残っているのか、ソルが苦しそうに途切れ途切れで言う。でも、冷たいようだけど、今はそれにかまっている余裕はない。
僕はソルに質問を重ねる。
「その魔道具で転移できる距離は? まだ近くにいる可能性は?」
『転移出来る距離は、物によるがざっと数千キロメートルは可能だ。近くにいるなんて淡い希望は抱かない方がいい』
完全に逃げられたってわけか。くそっ! 確実に仕留めるつもりだったのに。
だが、今はそんなことを悔やんでいる場合じゃない。今こうしている間にも、地下を通って魔物が村を襲っているかもしれないのだ。
「ソル、この穴、村のどこに繋がっていると思う?」
確実なのはこの穴を通って魔物を追いかけることだけど、それだとどうしても遅くなる。デコボコで動きづらい穴の中を通るよりも、地上を走った方が早いのは当然だ。
『フラムの狙いはオレ達だ。そしてフラムはオレ達がまだ怪我をしたままだと思っていた』
フラムは、僕達を殺すために作らせた穴だと言っていた。ってことは、穴は僕達がいると思われる場所に繋がっているはずだ。怪我人である僕達がいる場所。
ということは――
「避難所か!」
『あぁ、そうだろうな。急ぐぞ、あのガキが危ねぇ』
僕はフューを頭に乗せると、村に向かって走り出した。急がないと。地下からの襲撃は想定していなかった。
母さんが村の周りの落とし穴を水で満たしてくれたけど、この穴は落とし穴よりも深い。ということは水の影響を受けていないということだ。
戦闘を開始してから、かなりの時間がたっている。実際には、戦闘より少し前から穴を掘っていたと考えられるので、かれこれ数時間は穴を掘り続けていたはずだ。
ここから村まではかなりの距離があるが、それだけの時間掘り続けていたとなると、もうほとんど時間は残されていないだろう。穴を掘った魔物の中には、魔法が使える魔物もいるだろうし、既に村に着いてしまっているかもしれない。
「速く……もっと速く……」
力の限り速く足を回し、地面を全力で蹴る。後先考えない全力疾走だ。少しでも速く、その一心で走り続ける。
すると、急に体が速くなった。なんというか、何かに背中を押されているようなのだ。
『なるほどな、風の魔法で後押ししたわけか』
風の魔法を使った……ってことは、フューか!
頭に意識を向けてみると、フューが胸を張っていた。
「ありがとう、フュー! そうだ、前の風をどけたり出来ないかな?」
空気抵抗が無くなれば、もっと速くなれるはず。ダメ元でのお願いだったが、フューはしっかりと叶えてくれた。速度がまた上昇する。
やがて村が見えてきた。柵の周りには魔物達が相変わらず押し寄せているが、やはり士気は低下したままだ。渋々戦っている、という感じだ。
スコルがいなくなったことに気づけば、彼らは逃げ出すかもしれない。
ここはもう問題ない。直に戦いは終結するだろう。
僕は魔物達の頭を足場にし、蹴っ飛ばしながら柵を超える。驚く村人の声が聞こえてくるが、相手をしている暇はない。
柵を飛び越え、村の中に着地すると村の大人達が僕に近づいてきたが、僕はそれらを無視し、避難所に向かって再び走り出した。
走り出してすぐに、僕が鉄で補強した避難所が見えてきた。同時に、その避難所から逃げ出してくる女子供の姿も見えた。
魔物達の襲撃は既に始まっているようだ。
セリア……! どうか無事でいてくれよ……!!
逃げる人々を追いかけて、魔物が避難所の中から出てきた。逃げている人と魔物の距離はほとんどなく、今にも追いつかれてしまうだろう。
それは許せない。誰一人死なせないと決めたんだ。
「フュー! 頼んだよ!」
僕は頭の上のフューを思いきり投げ飛ばした。フューは空を舞いながらもしっかりと魔法を使う。土の刃が魔物達を襲う。魔物達はそんな不意打ちに対応できず、ほとんどが直撃を受け倒れた。
村人達は当然の出来事に驚きながらも、その足を止めなかった。彼らが向かうのは、父さんのいる場所のようだ。それは正しい判断だろう。避難所が襲われた今、一番安全なのは父さんの近くなのだから。
僕は逃げる人の中にセリアがいないか、よく探した。だがその姿を見つけることは叶わなかった。
「もしかしてまだ中に!?」
避難所の前まで来ると、中から誰かが戦っている音が聞こえる。だが、何かがおかしい。聞こえてくる音は武器同士がぶつかった金属音というより、炎が燃える音や、雷の音、風が吹く音などなのだ。
もしかして――セリアが魔法を!?
僕はフューに残りの魔物を任せると、避難所の中に入った。
中に入った僕の目に映ったのは――両手を広げ、倒れている人を庇っているセリアの姿だった。足はガクガクと震えているのに、目はしっかりと襲ってくる魔物を見ている。
あぁ、凄いな、セリアは。あんなに怖がっているのに魔物と戦っている。両親に嫌われるのをあんなに恐れていたのに、嫌われるのを覚悟して魔法を使ったんだ。
倒れている人――自分の母親を守るために。
「もう大丈夫だよ。よくやった、セリア」
僕はセリアに襲いかかっている魔物を、刀を横に薙ぎ払あ、一刀両断した。セリアに背中を向けるように立ち、刀を構える。
「あとは任せて」
「そ、ソーマ!」
セリアが後ろから抱きついてきた。よほど怖かったのか、僕の服をぎゅっときつく握りしめて震えている。
僕は刀から左手を離し、セリアを抱きしめ返して頭を優しく撫でる。
「セリア、本当によく頑張ったね、偉いよ。もう大丈夫、あとは全部僕が終わらせるから、安心して?」
繰り返しもう危険はないのだと告げ、セリアを落ち着かせる。その間に襲ってきた魔物は右手だけで振った刀によって、地に倒れ付した。
しばらくしてようやく落ち着いたのか、セリアが僕を離してくれた。
僕は最後にもう一度頭を撫でた後、残りの魔物を始末していった。次々と魔物を斬っていく。穴を通れないからか、大きな魔物はおらず、強い魔物もほとんどいなかったのですぐに終わった。
刀を一度振り、血を振り払ってから鞘に収め、セリアの隣に戻る。周りを見渡してみると、倒れていたセリアの母親のイーナさんを、父親のイザギさんが助け起こしていた。
セリアのことで頭がいっぱいで気がつかなかったが、イザギさんもいたようだ。自分の奥さんが逃げ遅れたのに気づき助けようとしたのだろう。
僕がイーナさん達を見ていたことに気づいたセリアが、イーナさんたちの元に歩いていった。
「大丈夫……?」
イーナさんはその言葉には答えず、セリアの黄金色に輝く眼を指さす。
「セリア、その眼……! 属性眼、なの!?」
「そんな馬鹿な、魔王にしか使えないはずだろう!? 一体なぜ……」
二人は、セリアの眼を見て、属性眼という可能性に思い至ったようだ。二人の、セリアを見る目に明らかに怯えが混じった。
セリアに怯える? ふざけるな! あんた達は今まで何を見てきたんだ!
セリアも、二人が自分に怯えていることに気づいたのか、俯いて寂しそうな表情になる。二人はそんなことにも気づかずに、セリアに対する怯えを強めていく。
そんな二人の様子に、僕の我慢の限界が来た。
「あなた達はどうして怯えているんだ! 」
僕は二人に向かって叫んだ。二人だけでなく、セリアもびくっとしてこっちを見た。
「セリアはあなた達を助けるために、周囲から恐れられることになるのを覚悟して属性眼を使ったんだぞ!」
イーナさんがはっと息をのむ。
そうだ。セリアがどんな想いで助けたのか、それを考えないなんて許されない。
「だったら、するべき事は怯えることじゃなくて、セリアに言ってあげることだろう! ありがとう、助かったよって! 褒めてあげるべきだ! すごいねって!」
助けられておいて、怯えるなんて間違っている。セリアの立派な勇気は褒められるべきだ。セリアは、大好きな両親に嫌われることになろうと、二人を助けたいと思ったんだ。そのセリアが、二人から拒絶されるなんて、あってはならない。
「セリアは!......セリアはそれをずっと待っていたんだ......あなた達に認めて貰いたがってたんだ!」
イーナさんとイザギさんはセリアを見た。セリアは、顔を上げ、二人の顔を意思のこもった目で見つめ返して、おもむろに口を開く。
「......パパ、ママ、わたし頑張った。いっぱいいっぱい頑張った。パパとママにほめて欲しくて――認めて欲しくて! 流石わたしたちの子どもだなって言って欲しかった! わたしをパパとママの子どもだって......そう言って欲しかった!」
セリアは涙を流しながら、心の中を打ち明けた。そのセリアの必死の告白に、セリアが初めて見せた本音に、二人は俯き何かを考える。
やがて、イザギさんが苦々しい表情で言葉を発した。
「......こんな魔法が使えるほど練習していたんだな......。俺はそんなことも知らなかった......。お前がそんなことを思ってるなんてことも知らなかった」
イザギさんは天を仰いでから、セリアの眼をしっかりと見た。
「......すまなかった。私達が間違っていた。こんなにもお前が私達のことを想ってくれているというのに......私達はお前が本当の子どもかどうかを疑って、お前を見ていなかった。本当にすまなかった」
イザギさんはセリアに深く頭を下げた。今までの全てを謝罪するかのように、深く。
イーナさんは赤くなった目をこすり、セリアに近づく。
「......ごめんなさい。ううん、きっと謝って許されることじゃないわよね。それでも! それでも......もう一度だけチャンスをちょうだい。もう一度やり直させて欲しいの。もう一度家族になりたい! 虫の良い話なのはわかってる。それでも......お願いよ......」
涙を流しながら、後半部分が掠れ声になりながらも、必死に懇願する。
「俺からも、頼む。もう一度俺達の娘になってくれ。今度こそはお前を愛し、育てると誓う」
イザギさんは、決意を宿した目でセリアを見つめる。嘘偽りのない目だ。
セリアはそんな二人をじっと見つめ――
「......うん。家族になろ?」
飛びっきりの笑顔でそう言った。




