第四十二話 魔族と人間
地面に着地した僕は、さっき見た穴についての考察を止め、フラムに直接聞くことにした。
「フラム! あっちの大きな穴はなんだ!」
フラムは一瞬訝しそうな顔をした。恐らく、僕の喋り方がソルと似ても似つかないからだろう。フラムは僕のことをソルだと思っていて、体に二つの人格があるだなんて想像すらしていないのだろうから、仕方がない。
それでも、気にしないことにしたのか僕の質問に答える。
「あぁ、あの穴? ふふっ、それはね! アンタの村の避難所に繋がる穴よ! 元々はアンタを殺すために作らせた穴だけど、アンタはここにいるんだから、作戦としては失敗ね」
失敗だと言いながらも、フラムは口角を上げ、嘲笑している。
「あの穴には大量の魔物を送り込んだわ。もう少ししたら、穴の出口にいる人間共を食い散らかしてくれるんじゃないかしら?」
「なっ――!」
『ちっ、ふざけた真似しやがって』
このままだと、避難している人たちを魔物が襲うことになる。避難所には、念のために配置した村の男衆が数人いるだけだ。
突然現れた大量の魔物から村人達を守れるかというと、期待はできないだろう。もしかすると、数分も持たないかもしれない。
すなわち、何か手を打たないと、避難した村人達が死んでしまうということだ。いや、避難所にいる人々だけではない。最前線で戦っている人達は、自分が守っている村の中から魔物が来るなんて想像していないだろう。
完全な不意打ちの形で、背後から魔物が襲い来る。そうなればあっという間に村の防衛戦は崩れてしまう。
フラムの作戦によって起こりうる可能性に考えを巡らせるが、何よりも気がかりなのは、戦いの前に僕のことを心配してくれた無口な少女のことだ。
自分も怖いだろうに、僕の身を案じてくれたセリア。彼女は僕の言いつけ通り、避難所にいるのだ。僕を信じて。
「ははっ! 凄い顔よ、アンタ。やっぱりあの村の人間共が大事なのね! 早く助けに行ってあげないと、全部死ぬわよ?」
助けに行こうとすれば、必ずフラムが邪魔してくるだろう。スコルが全力で追いかけてきたら、逃げきれない。
だからフラムを倒さなければならないのは変わらない。だが、長期戦はだめだ。短期決戦で一気に決めるしかない。
「なら、お前を倒してさっさと村に戻ることにするよ」
「はっ! 出来るものならやってみなさい! アンタがほとんど魔法を使えないのわかってるのよ!」
『さっきから魔法を使ってねぇしな。バレるのも当然か』
でも、魔法が使えないと思っているのなら、それを利用できるかもしれない。
僕は魔法を使えないが、フューは使えるのだ。そしてフラムはそれを知らない。フューの見た目はただのスライムだし、フラムが起きてからはフューは魔法を使っていない。
僕はフューに魔法の準備をするよう、指示を出す。強力な魔法を使うにはそれなりの時間が必要なのだ。だから、その時間を稼ぐ必要がある。
早く村に戻らなければならないのに、時間稼ぎが必要だというのはもどかしいが、仕方がない。不意の一撃に全てをかけるのが一番勝率の高い方法なのだ。
いつもなら、戦闘中に無駄な会話をすることは無いのだが、時間稼ぎのために僕は口を開く。
「そうだよ、魔法は使えない。だがそれはフラム、お前も同じだろう。禁術なんてものを使ったせいで、ボロボロじゃないか」
「アタシにはスコルがいるわ。魔法なんて使えなくても、アンタを殺すことは簡単よ。それより、さっきから気になってたんだけど、アンタ、何か雰囲気違わない?」
よし、会話に乗ってきた。意識してソルと口調を変えたりした甲斐があったな。
「僕は魔導師ソル=ヴィズハイムじゃないからね。僕の名前はソーマ。ソルは僕の中にいる別人格みたいなものだよ」
「ソルじゃない……? 別の人格? 良く分からないけど、アンタを殺せばソルも死ぬのよね。ならやることは変わらないわ。アンタは魔王様の仇で、さらに魔王様の願い――人間の滅亡を実現させるための邪魔になるのよ。だから、ここで殺す」
強い意志を目に宿し、フラムは冷たい声でそう言った。
今の言葉には聞き逃せない部分があった。
「人間の滅亡……?」
『魔族共が掲げる野望だ。魔族が人間を殺すのもこの野望のためだ』
互いに戦争していたから、人間を憎んでいるんじゃないのか? その言い方だと、人間を憎んでいるから戦争をしていたみたいじゃないか。
「そうよ! 憎き人間を滅ぼすのが魔王様の、いえ、魔族の宿願なのよ!」
「どうして人間をそこまで憎むんだ?」
「っ! 白々しいわね! アタシ達は絶対に忘れないわ! アンタ達がアタシ達魔族にした仕打ちを!」
このタイミングで、フューの準備が完了したようだ。話の続きが聞きたいが、今は時間が惜しい。これ以上話すことは出来ない。
仕掛けるなら、今すぐにだ。フューに合図を出すと共に、僕はフラム達に斬りかかった。だがフラム達の元にたどり着くよりも早く、スコルの魔法が発動した。
生まれたのはたった一つの黒い球体。だがその大きさはさっきの数倍はあり、秘める力は今までの比ではない。直径五メートル程の大きさの禍々しい物体が飛んでくる。
当然、僕はそれを回避しようとするが、
『そのまま突っ込め! これも精神攻撃の魔法だ! オレが受けてやるからお前は気にせず、スコルに一撃くらわせてやれ!』
横に跳ぼうと足に込めた力を前に進むために使う。加速した体はスコルの魔法に向かって直進する。そして僕の体が闇に包まれた。
一瞬違和感の覚えたかと思うと、ソルの絶叫が頭の中を埋め尽くす。
ソルに喉があれば破れていたであろうと思うほどの叫び声。のたうち回っている姿が目に浮かぶほど、苦痛に満ちた声だ。想像を絶する苦痛がソルを襲っているのは間違いない。
ソルに罪悪感と感謝を覚えつつ、僕はスコルの元へと辿り着いた。スコルは、僕が魔法を気にせず突っ込んでくるとは、ましてや魔法を受けて一切動きを鈍らせないとは思っていなかったのだろう。隙だらけだった。
僕は呆然としているスコルの右前脚に刀を突き刺した。スコルの脚を貫通した後も力を加えるのをやめず、地面深くにまで刀を沈める。
スコルを地面に縛り付けた後、僕はすぐさまそこから離れた。
僕が退避した直後、フラム立ちめがけて、先を尖らせた縦に長い岩が大量に降り注ぐ。フューの魔法が発動したのだ。
「ちっ、ここまでね……!」
フラムの声が微かに聞こえると、岩は地面に突き刺さり、爆音と共に土煙を上げフラム達の姿を隠す。
スコルの動きは封じたし、魔法を使う暇は無かったはずだ。これで仕留めきれたか……?
やがて、土煙が晴れると、そこにはフラム達の姿は無かった。




